上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

文字の大きさ
396 / 514

25-8

しおりを挟む
 サイドへ戻ろうとした時、イヤモニから声が聞こえた。正木プロデューサーから呼びかけられて、そばのスタンドマイクから返事をした。まだ流れる汗をタオルで拭き、首筋に保冷剤を当てた。さらに指示が入った。

「8番方向へ進んでください!アルバム収録分を録ります」
「りょーかいです!……黒崎です。今から入ります」

 指示された8番サイドは、観客席アリーナへ張り出したステージになっている。ちょうど正木さんも向かっている。

 後ろからローザーさんのアシスタントが走って来て、新しいタオルに交換してくれた。濡れたTシャツを着替えるかと聞かれて、大丈夫だよと首を振った。これからまた汗をかくだろう。

「どれを録るのかなあ。ステージメイキングは終わったんだけど。……正木さん」
「そのメイキングに入れる関連だよ。……ミカちゃーん。これを忘れているよ」
「ありがとうございます。ローザー先生はっと……。やべーー!」

 正木さんからファイルを受け取り、ミカさんが走って戻って行った。大変だなと、他人事のように心の中で呟いた。その先では、ローザーさんが大和のヘアスタイルを直していた。ベタベタ触りすぎだと、大和に嫌がられている様子だ。

 それを悠人が仲裁して、ミカさんが加わった。ほんの数回仕事をしただけなのに、自然と気が合った。特に大和だろう。あの人から逃げたくて、緊張している心の余裕が無いそうだ。こう話していた。

(……“俺は女性が好きなんです。いくらローザーさんが男前でもダメです。付き合っている子はいないけど、お姉ちゃんと遊びたい!年上女性とです”、か。……大和はしっかりしているなあ。俺なんか警戒心ゼロだって笑われたし。伊吹お兄ちゃんが大好きだから。そういう事にしよう……)

 黒崎から記事のことでラインが入る直前に、伊吹からも入った。TDDのナツキとは兄弟だということ、黒崎と俺の馴れ初めも語ったことを。IKUの許可が出ている。

 責任感が強くて優しい黒崎社長と出会い、弟がいい影響を受けた。なんせ兄貴が世話を焼いていたから、年上の人に警戒心が薄くて困っていました。今は幸せに過ごしているので安心しています。そう答えたそうだ。

 何もかも”変な社長”として振舞うことはない。プライベートでは穏やかな人だと思われると得だ。そう付け足しで入った。

 今回は不安を持っていない。恥ずかしい程度だ。聡太郎のことが関わっている以上、綿密に計画を立てて、打ち合わせをしたはずだ。ここにも応援団がいる。

「……まだ準備中だ。少し話そうか。顔色がいいじゃないか。さっきのステージもよかった」
「ありがとうございます!声の伸びが良かったです」
「そうだろう。いい映像が撮れているはずだよ。この周辺を案内する映像を録りたい。5分程度の簡単なものだ。……山岸ドクターがいらっしゃる。ついでに、ミカちゃんの診察をしてもらおうかと……。君たちの先生なのに、すまない」
「いえ。とんでもないです。何かありましたか?」
「風邪を引いているぐらいだ。病院嫌いでね。ローザーが心配している。優しい先生なんだろう?」
「はい。とにかく話を聞いてくれる先生です」

 悠人が悲鳴を上げているのを、ミカさんが目撃している。怖がりそうだ。この本音を飲み込んだ。自分のことをペラペラ喋るのはいけない。すると、正木さんがクスッと笑った。

「ガンジス先生だろう?黒崎君、よかったら打ち解けてもらえないか。君たちには危険人物は近づかない。僕は佐伯君の10年来の友人だ。……どうかな?」
「はい。ありがとうございます。遠慮の塊でした。……山岸先生が来てくれました。わあー、逃げています……」
「そう。怖い先生なのか。……よーし。始めようか!」

 さっと表情が変わった。話している間に撮影の段取りが完了していた。全く見ていないのに分かったのか。すごいなと驚く時間がない。頭を切り替えて、カメラの前に立った。アナウンサーになったつもりで、アリーナ付近を案内しながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのアルフレッドが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 アルフレッドの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...