上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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25-23(黒崎視点)

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 19時。

 オープニングステージがフィナーレを飾り、ホール全体から地鳴りするほどの歓声が起こっている。ここの観客席からステージを眺めた。夏樹がR&Bのリズムで身体を揺らして、ミュージシャンそのものの姿で出演者に溶け込んでいた。去年10月以来、大規模なホールでのステージをやっていなかった。記憶の中よりも歌が上達したと感じる。歌わない自分でも分かるほどだ。

(デビューして、たった2年だ……。衣装がよく似合っている……)

 今夜の衣装も溶け込んでいるのが不思議だ。畑でトマトを収穫している姿は大学生だ。その場で歌い始めても、夏樹のままだ。ステージに立っているボーカルは、どこから来たのだろう?

「……裕理。悠人君が輝いているじゃないか。祭典で乗り越えたものがある。そうだろう?」
「ああ。カモメになって迷子になっても、仲間が探しに来てくれることが分かった。植本のインスタが印象的だ。悠人に似ていると思ったそうだ。夏樹君たちが気づく前に。……久弥が自由になる。それも話していた。夏樹君のイメージが反対の方へ行きそうだ。そう思わないか?」
「漠然としたものを感じていた。そういうことか……」

 夏樹は、山岡達也の件は乗り越えた。目の前に現れる日を怖がっていた。芝生で尻もちをついたままで会話をつづけて、見事に心の中から消えた。過去から自由になった後、新しいものが現れている。早瀬の言葉で腑に落ちた。

「今夜の衣装のことは、サプライズだけが理由だと思うか?今後のイメージにつながる予感する。本人は望んでいないパターンだ」
「……大げさに言ってしまったね。ごめん。久弥の件を知っている以上、先にその発想が浮かぶ。メディアでは、普段の夏樹君そのままだ。悠人はシブい男のイメージを欲しがっているけど。……ああいう姿もいいね。3年後の夏樹君は、色気のある男になる。IKUの先取りだ」
「……あの歓声が引っかかる」
「ははは、島川さんまで言い出したそうだね?藤沢君から聞いたよ」
「ああ……」

 その一方で、伊吹が冷静なままでステージを眺めていた。今は制作会社側の担当者と話している。この後、久弥とコラボした中山社長の姿に変わる。

「伊吹君のインタビューは、司会のアナウンサーが来てやるそうだ。当初は司会のアシスタントが予定されていたけど……」
「急に派手な登場になりそうだな。……理久君はどうした?ここで観ているだろう?」
「後ろの方にいる。桜木君と話しているところだ。久しぶりに楽しそうにしている顔を見られた。たまに家に遊びに来ているそうだよ。伊吹君は忙しくて来られないみたいだ。図々しいことをしない」
「そうか……」

 久弥と桜木は兄弟だと名乗り合っていない。久弥が実母に会いに行ったのは、彼女が息子の話題を雑誌のインタビューで出したからだ。息子に会いたいと思っている。同じ音楽業界にいるから可能だろうと。

 それを知った後、久弥から相談を受けた。名前を出されていないが、何かに利用する目的だとしか受け止められないと言っていた。自分のことよりも、育ての母と弟に影響しないように対処したい。そう相談されて、スポンサー企業としての協力を引き受けた。

(……お世話になりっぱなしです)
(……そう言わないでくれ。余計なことを掲載しないように手配する。すでに近い関係者は知っているだろうが、今後は表立って話すことはない。俺の得意分野だ。柔らかい手段が取れない。すまない……)
(……いえ。ありがとうございます)

 リッターラグナ時代の自分が戻った感覚が起きた時、たまたまテレビ画面に映った番組を観て、今の自分の笑い声がもれた。ある番組の特集の中で、動物園の着ぐるみに脅かされた夏樹が出てきたからだ。

 あの姿を見られたのは、久弥のおかげだ。それを伝えて握手をかわし、2人で飲みに行く約束をした。日程は決まっていない。このイベント後に行こうと誘われている。
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