上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 あの誕生日の夜、夏樹が俺達を飲みに行かせる予定を立てていた。久弥の方から具体的な予定を持ち掛けられて、その場で確認しあった。社交辞令ではない。

 一対一での付き合いをしたかった。久弥も同じ思いだと感じていたが、どういうわけか先に進まずにいた。このタイミングが良かったのだろう。早瀬からは相槌が返ってきた。

「人の縁は不思議だ。黒崎ホールディングスとサエキ酒造の提携時に会って、夏樹君の恩人になり、彼の手を引く先輩として再会した。信頼関係を築くまでに時間がかかったんだろう。圭一さんの方じゃないよ。久弥の方だ」
「それも感じていた。今のIKUでのポジションは、並み大抵の努力じゃたどり着けない。この業界で地位を欲しがったのか?」
「蔵之介に言わせると、”ご名答”だよ。いい音楽を作る人がいても、表に出られないケースの方が多い。……遠藤さんが代表に就いて気難しい人になったのは、心が疲弊したからだ。……久弥はプロデューサー業として、アーティスト側を優先する方向に進ませたがっている。高宮さんが影響を受けたんだぞ?」
「夏樹を、R&Bで売り出そうとしたことがあったな。今ならソロ活動でやってもいい。本人が望むなら……」
「大きな企業がバックに付くのを、久弥は拒んできた。スカイレールレコードから破格の条件で誘いを受けても、上手にスルーした。……その頃に、ディアドロップのメンバーが大麻所持で捕まった。一回目の分だ。それを断って、風当たりが強かったそうだ。その後も大企業のバックを拒んだよ。制約を受けない形を実現する目的だ」

 その企業はどこだ?言葉に出さずに、顔を見合わせて答えを知った。それはプラセルだ。NOだと返事をされたことで、音楽活動を邪魔したのか?一貴は妨害を否定していたが、深層心理では反対のことがある。嘘をつかないからこそだ。

「プラセルだな。一時の妨害の原因か?ご名答でも驚かない」
「俺から見ると”ご名答”だ。それにしても、あんたは優しくなった」
「兄貴のことでは諦めている。プラセルの部下が邪魔をするようになった」
「ご名答だと思う。些細なきっかけが元で頼まれたんだろう。……ここで話しても大丈夫だろう?あんたが話すことは不穏だらけだ」
「……失礼だぞ。んん?」
「へえ。珍しい反応だね?」

 自分でも驚いた。そういう事はやらないと、冗談でも返したことがない。これでもよく見せようとしたくなったのか。今の混雑した関係者席では、近い距離で顔を見合わせるしかない。薄暗い中に立っていても、早瀬の表情がはっきり見えた。屈託のない笑顔をしている。大学生の頃に浮かべていたものだ。いや、初めて会ったときだ。

 急に昔の光景を思い出した。昔のハロウィンイベントの時だ。綺麗な淡い緑色の瞳をした子が遊びに来て、拓海兄さんが優しく手を引いて連れて来た。

 あの時に弟が欲しくなった。また会って遊べないか?そう聞けなかった。最後まで怖がられていたからだ。このまま早瀬の方を見ていると、本人が眉をしかめた。

「……圭一さん。やめてくれ」
「……どうした?」
「こういう距離で見つめ合いたくない。誤解を受ける」
「綺麗な緑色の瞳だ。そう思っただけだ。……気色悪いだと?」
「島川さんから同じことを言われたのを思い出した。トラウマだ」
「すまない。その主に文句を言ってくれ」
「遠慮するよ……」
「そうか?」

 その時だ。周りのざわめきが大きくなり、誰かに道を開ける流れが起きた。振り返るとカメラマンの姿があり、司会のアナウンサーが関係者席に来ていた。目指すは伊吹だろう。桜木が向かっているのが見えた。

「予定より早い。次のバンドが出る手前だぞ」
「ああ。その次に、久弥と植本のコラボ演奏がある。それに絡めてのことかな……。ははは。圭一さんも一緒に出てくれだそうだ」
「それはできない……」

 早瀬から背中を押されて促された。勝手に顔を出すわけにはいかない。副社長には決定権限があるとはいえ。すると、アナウンサーが伊吹の元へ行き、インタビューの交渉を始めた。打ち合わせ通りの流れだ。
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