上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

文字の大きさ
454 / 514

26-22

しおりを挟む
 理久と会うのは月に2回程度だ。開発部のオフィスに出勤して商品サンプルの件でミーティングをやって、帰るときに声をかける。時間が合えば休憩室で珈琲を飲み、一階のシャルロットキッチンで食事をしようねと誘いあっている。

 大学生としてキャンパスをメインに過ごしているのなら、明日にでも叶う話だが、そうできない環境に入った。時間をやりくりして折り合いをつけている。それが楽しめることならラッキーだ。理久は満足できない。それはネガティブな理由だけだろうか?

「理久は、一つだけの世界に閉じこもるのが嫌なんじゃないかな?」
「どうだろう……。理久は人間関係を作るのが苦手だ。大学では何とかなっているぐらいだ。瞬発力もある。持久力も。教授陣とは上手くいっている。でも、同年代の学生相手がネックだ。気が合わないようだ。藤沢君はモデル業界に住んでいる。倉口君も社会人だ」
「高校まではクラスの子に会いたくなかったんだよ。ガキだもん。天真爛漫なふりをしておけば人気者だから、深く考えなくていい。でも、大学ではそれをやめたんだ。つらいと思うよ。……大学でも騒ぐやつが多いじゃん。理久にとっては学ぶ場なんだから、けじめがない子が嫌なんだよ。でも、その波に乗らないといけない空気だから我慢した。……だから、仕事では力が発揮できる。その仕事をやる義務がある。歓迎会も楽しめたんだよね?やっと振り返る余裕ができたと思う。今まで我慢してたことが爆発した。反抗期だよ」

 枝川さんがハッとした顔になった。それも理解している。でも、急き立てられている理由が分からないと言った。久弥のようにピアノとギターが弾けるようになった。ヴァイオリンまでは行きついていないが、満足しているのにと。

 本当はピアノを習いたかった話に通じると思う。久弥には音楽のことではかなわないからこそ、別のことで頑張ろうとした。それが発明だ。しっかりしている。すると、黒崎が枝川さんの名前を呼んだ。

「オフィスでは楽しんでいるぞ。知らなかったのか?チーム内で上手くいっている」
「そうなんですか?疲れているのに」
「帰りだろう?……自分のことを思い出せ。へとへとだろうが。理久君は心の余裕ができたから、夏樹が言うように爆発した。エネルギーの塊だ。お前よりも肝が据わっている」
「はっきり言わないでください。もう立つ瀬がないーー。支えないでください。床で寝たい」

 疲れ切っている。せめてキッチンで休んでもらうことにした。椅子もあるし、ここよりも温かい。このホールが開放的だから、落ち着ける視線の着地点が定まらない。

 黒崎が枝川さんを椅子から立たせた時、本当の話をすると言い出した。胸の鼓動が高鳴ったのは、枝川さんが子供っぽい表情と仕草を始めたからだ。まるで駄々っ子のようだ。それを笑って見ている黒崎がお兄ちゃんに思えた。

「優しくするな!」
「なんだって?」
「どうせ俺は頼りにならない。いつもそうだ。一番最初に打ち明けてもらえない」
「まわり道するな。はっきり言え」
「理久は早瀬専務に打ち明けていました。今日の会議のことで電話連絡をした際に聞きました。誇らしげにされました。そうです、俺はいつも負けています……」
「……将来の自分の姿に近いからだろう」

(え?目標ってことかな……)

 枝川さんが驚いた。俺も同じ反応だ。言葉を失った。黒崎は的外れなことを言う人ではないし、ほとんど的中すると言っても大げさではない。

「それは知らない!副社長にも打ち明けたんですか?理久は早瀬専務が理想だって」
「自分と似ていると言っていたぞ。春ぐらいに。早瀬も同じことを言った。自分の学生時代と重なる部分があるそうだ。俺はそう思わないが」
「そうでしょう?そう思うでしょう?……理久の初恋の相手ですから」
「……それが何の関係があるんだ?」
「そんなに言い切らなくてもいいでしょう……。目標が、ぱーんと消えました……」

 枝川さんが黒崎のことを食い入るように見た。悔しさの塊だ。こんな風にぶつけられる人だったのか。気迫があるのに怖さを感じない。すっきりした感まである。何かを手放したのか?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのアルフレッドが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 アルフレッドの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...