上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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28-18(夏樹視点)

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 20時。

 今、お義父さんの家でお茶を飲んでいる。一貴さんも一緒だ。怜さんとコラボするブランドのデザインを見せてもらったところだ。和風の柄の巾着や、綺麗な色味のシャツを展開するそうだ。怜さんが普段している服装や、使っている物に近いと思った。仲良くなっていて良かったと思った。

 タブレットがテーブルの上に置かれている。さっきまで一貴さんが見ていた。今、彼は電話中だ。廊下に出ている。すると、リビングに戻ってきた。電話をしながらだ。

「夏樹君。圭一だ」
「黒崎さん?どうしたの?カズ兄さんに先に電話するって事は……」

 何かあったのだろう。ちょうど式典が始まる時間だ。中止になったのだろうか。

「圭一が喘息の発作が起きて、午後から一日入院するそうだ。でも、式典の挨拶には出ると言っている。今、バーテルスさんの車で会場に向かっているそうだ。さあ、代わってくれ」
「うん!もしもし!黒崎さん。どうしたんだよ。疲れが出たんじゃないのかな?」

 向こうはドイツだ。駆けつけることができなくはない。出来ればそうしたい。しかし、黒崎はもうすぐ戻ってくる。待つしか無いのか。電話の向こうの黒崎は落ち着いている。

「夏樹。体調管理を怠った」
「そんなことないよ。無理してない?」
「少しだけ無理をしている。式典の終了後は病院に戻る。ユーリーが送迎してくれる」
「良かった。後でお礼を言うよ」
「こっちに来るな。その家で待っていてくれ」
「黒崎さん……。うん!」
「良い返事だ」

 そこで、早瀬さんから預かった楽譜のことが思い浮かんだ。フェリックスさんに返すことになっていた。バーテルスさんも同席すると聞いている。何かあったのだろうか。聞いた方がいいだろうか。それとも、今は黙っていた方がいいだろうか。すると、黒崎が笑った。何か聞きたいことがあるんだろうと言いながら。だから、はっきり聞くことにした。

「楽譜はどうなったの?返せた?何か文句を言われた?」
「喧嘩になった。お互いに無傷じゃない」
「ええ!?」
「夏樹!僕が父に喧嘩を吹っかけたんだ!」

 電話の向こうから、バーテルスさんの声がした。怪我をしたのだろうか。

「怪我は?」
「フェリックス氏もユーリーも怪我はない。ただし、心が傷ついている。なあ、そうだろう?ユーリー」
「夏樹!後で電話する!」
「そんな……」

 言い争いになったということだ。そして、黒崎は喘息の発作を起こした。よっぽどだ。バーテルスさんは、黒崎のことを思って付き添ってくれた。フェリックスさんことが嫌いだというのは聞いている。早瀬さんに伝えた方がいいだろうか。これもはっきり聞くと、式典の終了後に黒崎の方から伝えるそうだ。

「黒崎さん。大丈夫?」
「大丈夫だ。咳が治まった。スピーチは14時に変更してもらった」
「そうなんだね……」
「ユーリーが楽しい場所に連れて行ってくれる。アントンの絵本が発売されるから、フェアをやるそうだ。セレモニーもある。観てくる」
「よかった。少しは楽しいこともしてこないとね。観光はしないって言っていたからさ」
「ドライブしてくれた。おとぎの国のような建物があるぞ。お前が来たがりそうだ」
「うん」
「会場に着いた。また後で連絡する」
「うん。気を付けてね」

 電話を終えて、心臓の鼓動が高鳴っていることに気づいた。まさか言い争いになるとは思っていなかった。フェリックスさんはどんな人なのだろう。二葉はドイツに着いたときに、一度だけ挨拶だけしたと言っていた。その後は、バーテルスさんのお母さん達とスイーツショップの店頭に立ち、ケーキや焼き菓子を売る手伝いをしたと言っていた。そして、とても良くしてくれたと言っていた。

「カズ兄さん。向こうで、フェリックスさんと言い争いになったんだって。バーテルスさんが喧嘩を吹っかけたそうだよ。よっぽど積もった感情があったんだよ」
「圭一から聞いた。バーテルスさんがお父さんと決別したそうだ」
「そうなんだね……」

 かつて一貴さんもお義父さんのことを嫌っていた。いや、好きだった。大きなストレスを抱えて、身の置き所がなくて、混乱していた。今は落ち着いている。決別を選ぶということは、大嫌いだということだ。今、バーテルスさんに出来ることなのだろう。一人の女性の運命を変えてしまったのだから。巻き込まれたといってもいいだろう。お店にフェリックスさんが来なかったら、早瀬さんが生まれていない。悠人が幸せになっていないかも知れない。そう思うと、何が正解なのか分からない。

「答えを出すのが全てじゃ無いんだ……」

 もしも、万理に菜々子さんのようなことが起きたらと考えると、憤りが生まれた。感情の持って行き場がない。早瀬さんはフェリックスさんにNOだという答えを出した。そして、黒崎に楽譜を預けた。

 俺はどうしたら良いだろう。答えを出せない。モヤモヤした感情を引きずり、考え込んだ。一貴さんが背中をさすってくれている。ありがとう。そうお礼を言い、肩にもたれ掛かった。
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