回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 ……ありがとうございましたーー
 ……本日限定、スタンプ7倍ですーー

 クリーム色の石鹸からは、アーモンドの匂いがしている。そばにあるのは、ハチミツ入りの石鹸だ。こっちにはミントで、隣にあるのはベルガモットの匂いがするスプレーを置いてある。

「裕理さん。ベルガモットがあるよ。好きだよね。アールグレイ紅茶の匂い」
「ああ、好きだよ。君の好きなハチミツもある。ポイポイポイ」
「ポイポイポイ……」

 石鹸をいくつかカゴに放り込んだ。福袋もカゴに入れると、早瀬がサーッとレジに向かった。手早い買い物だ。段取りがいい人だと思った。

 レジのそばには、ペースト状の洗顔料が置いてあった。ボディークリームもある。てっきり入浴剤と石鹸だけの店かと思っていたのに。そこへ、早瀬が戻って来た。まだ欲しいものがあるようだ。妙に嬉しそうにしている。

「何だよー、クリームを付けないでよー」
「フェイスにもOK。使ってみるといい。アーモンド、ミルク、甘めの匂いだ。どれがいいかな?」
「女の子じゃないから」
「……クールな男はスキンケアもやっているぞ。なんせ清潔感が大事だから。化粧水やクリームを塗っているはずだ」
「うひぇー?そうなんだ?裕理さんは何もしてないじゃん。ヒゲ剃り後の化粧水ぐらいで……」
「クランユーリは、その程度でいい。クールな男じゃないから。カッコ悪いし」
「そんなことないよ!かっこいいよ!あああ……」

 どうしよう?勢い余って本音が出てしまった。いくら新婚でもノロケすぎる。これではどこかのカップルのようだ。カアッと顔が熱くなり、すごすごと場所を移動した。

「ゆうとー、迷子になるぞー」
「アプリが……。人混みだもんね。ふむふむ」

 上手く乗せられてしまった。好きそうな匂いのものを選んだ後、今度こそレジに並ぼうとすると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。それは俺の父親の声だ。その父の隣に立っているのが、先月結婚した宮田さんだ。早瀬と同じ年の31歳になった。すでに久田涼花になったが、まだ名字で呼んでいる。

 ところで、父のカジュアルな服装に驚いた。休日でもパリッとしたシャツを着ていたのに、二ットとジーンズ姿だ。そして、分厚い本のページをめくっていたはずの指先で、アーモンドの匂いのハンドクリームを手に取っている。何て似合わないのか。

「お父さーん、宮田さーん」
「……来ていたのか」
「それはこっちのセリフだよ。げえええっ、クリームを塗り込むなよーー」
「……これはハンドクリームだ」
「そうじゃないよ。似合わないことをするなよ」
「乾燥するからだ」
「モモラインでも塗っておけよー」

 とっさに悲鳴を上げたくなる状況が増えた。親子関係の糸が緩んだのはいいことだろう。遠慮なく電話をかけてくるようになった。それは母も同じだ。きっと俺の変化が大きいのだろう。適度な距離間の親子だ。一方的に毛嫌いしていたのは、自分の考えの狭さからだ。やっとそれが分かった。すると、早瀬が宮田さんに話しかけて、体調を気遣う会話を始めた。

「予定日は1月19日ですけど、遅れるかもしれません。達弘さんには、26日のコンテストを観に行ってもらいます。そばに居てもらっても、やることがないですし」
「いや、大事なことですから。悠人も理解しています」
「悠人、大学のことだが……」
「インスタント父親のくせにーー」
「ゆうとー、何てことを言うんだ」

 大人の会話が繰り広げられている中、俺は父親に言いたいことをズケズケ口にしている。こんなこと、一年前には考えられなかった。

 これからカフェで珈琲を飲もうという誘いを断った。夏樹の家に届け物をしたいからだ。それに、新婚の邪魔をしたくない。本当は誘ってもらえて嬉しかった。

「じゃあね!明日にでも連絡するよ」
「気をつけてね」
「はーい」

 バイバイと大きく手を振って、ショップの前で別れた。俺は今、大きな紙袋を持っている。父からのクリスマスプレゼントがわりの、スペシャル福袋だ。バスタイムが充実することだろう。こういう光景も考えられなかった。
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