回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 リビングへ入ると、焼き立てマフィンのいい匂いがしてきた。さっそく腹が鳴り、引き寄せられるようにキッチンへ足が向いた。そこへ、アンが足元へすがりついて来たから抱き上げた。そして、門の側にいた男達のことを話した。

「ゆうとー。見かけた人って、どんな感じだった?珍しくないんだよ。防犯カメラを門へつけたいけど、のんびりした場所だからね。重々しくなるのは避けたいんだ」
「男2人だよ。最初は門の近くに居なかったんだ。もっと手前の方で……」

 リーーン、リーーン。

 するとその時だ。インターフォンが鳴り、モニターに男性の姿が映った。黒崎家のお父さんだ。大きな紙ぶくろを下げている。アンが走って行き、俺達も玄関へ向かった。

 インターフォンを鳴らさなくても構わないのに。玄関に入って声をかけてほしい。そう言って、夏樹が笑っていたのが印象的だった。

(本当に仲が良いんだな。時間が短いとか長いとか関係ないなあ……)

 早瀬と知り合った時に引っかかった部分だ。短い時間でわかり合えるわけが無いと思っていた。それを乗り越えると、俺の方に厚い壁を作っていたのだと分かった。

「悠人君、いらっしゃい」
「こんにちは!お邪魔しています」
「近くの店で買って来たものだよ。口に合うといいが……」
「ありがとうございます。……あ、チキンサラダの匂いがします」

 お父さんが買ってきてくれたのは、美味しいテイクアウトの店のおかずだった。ここから少し遠い。俺が好きだと言っていたのを覚えてくれていたようだ。

「お義父さん。フレンドリーラブリーへ行って来たんだね?俺達と一緒に行けばいいのに」
「散歩のついでだ。じゃあ、帰るよ。……構わない」
「だめだよ。遠慮しないでね。はいはい」

 お父さんが遠慮して帰ろうとしている。そこで夏樹がお父さんの背中を押して、家の中へ促した。俺の方は紙袋を持って、リビングで待った。こうすれば断れないだろう。

 お父さんは今年で80歳になるというから、母方の祖父と同じ年代だ。ソフトは一度会ったことがあるそうだが、その後は電話すらかかってこない。森井物産の経営者だということと、母がデキ婚したことで勘当状態だったことと、ビジネスの相手として行き来が始まったことは知っている。俺にとっては知らない人のようだ。

「悠人君、どうしたんだい?」
「お腹が空いて、ボーっとしていました。ぐーー、あああー、ごめんなさい」

 早瀬というパートナーが出来た後、無関係だと思っていた両親とのかかわりができた。冷たく拒むのではなく、どこかに着地点を見つけて向かっている状況だ。お互いの岸に橋がかかっていくのが黒崎家だ。俺達の方は、岸以外の待ち合わせ場所という感じだ。できれば悩みたくない。どうにかして詰まったものを解消できないだろうか?スポン!と抜けたらいいのに。

 ダイニングテーブルに料理を並べると、お父さんが俺に食べさせてくれようとした。夏樹が言うには、黒崎さんが子供の頃にしてやれなかったことを後悔しているからだという。

「……かぼちゃが好きなのかい?食べさせてあげよう」
「は、はい。あーーん。ふむふむ」
「いい食べっぷりだ。圭一から嫌味を言われてね、夏樹君にはできない」
「お義父さん。2口目はやめてよ。大学生だもん」
「ううん。食べさせてもらうよー。お父さん、ありがとう」
「そうか?食べようか……」

 お父さんから、かぼちゃサラダをスプーンで口に入れられた。夏樹から謝られて首を振り、遠慮なく2口目を食べさせてもらった。

 お互いに真剣な顔をしているらしい。夏樹が笑っている。これがお父さんの愛情表現だそうだ。可愛いから食べさせてあげたい。自分は後で構わないのだと言っている。せっかくの温かい料理なのに。

 祖母のことを思い出した。小さな頃は同じようにしてくれたのだろう。恥ずかしさよりも、懐かしい気持ちの方が強かった。
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