回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 18時半。

 我が家のキッチンに立ち、晩ご飯を作っているところだ。早瀬はまだ帰って来ていない。今夜はお祝いだからと外食しようと言われたが、こんな日だからこそ、家の中で過ごしたい。きっと泣くだろうし、はしゃぐかもしれないからだ。

 今は別の意味で泣きたい。早瀬との昼ご飯のビデオ通話では、今夜のことが話題に出たからだ。人のいるところで、堂々とこんなことを言われた。

(ふむふむ。特製オムレツを焼いてくれるのー?デミグラスソースがいいな。久しぶりに)
(いいよ。材料がある。俺が頑張るのは別のことだ)
(何だよー?)
(キミのことを気持ちよくさせる。色んな意味で……)
(げえええええっ。ここは人がいるのにーー)
(最近は感度が増したからな。楽しみだ)
(ひいいいいいっ、オフィスに居るんだよねーー。あああ……)

 その時、早瀬の後ろを、黒崎さんが通りかかった。こっちの音声は聞こえていないだろうが、早瀬の発言は耳にしただろう。あのやり取りでリアクションを起こし、落ち着いていた学生の視線を奪ってしまった。合いの手まで入れられた。

「いよーー!久田屋ーー!だめだだめだだめだーーー!」

 目指すのはカッコいいミュージシャンだ。クールな男は卒業した。しっかりした、頼れる男を目指している。藍生が大きくなった時に、自慢になる兄貴になりたい。いつかは自分のバンドを持ちたい。そのときには必ず、アリーナツアーが出来るぐらいになっていたい。

 所詮は夢だと思う時点で、夢でしかないだろう。そうならないように、これは現実化すると思い込むようにしているが、途中で消えてしまう。その繰り返しだ。ネガティブとポジティブが混在している。

 こう思うようになったのは、佐久弥から次のバンド活動の誘いを受けたからだ。一年間の活動後、ヴィジブルレイは終了する予定だ。その後は、”Dear Drops” としてバンドをやろうと誘われている。

 今回は新人とのコラボもコンセプトだ。ヴィジブルレイなら、下手くそな自分の演奏を披露してもOKだ。その先は通用しない。

 佐久弥と一緒にやるからには、相当の技術が必要だ。ツインギターの合い方として。ファンは耳が肥えている。佐久弥の演奏技術と楽曲に惹かれた人たちだ。佐久弥がデビューした時の話を遠藤さんから聞いた。凄く人気があったそうだ。そして、あることを聞いた。

「裕理さんが、ディアドロップの名付け親だったのかー」

 佐久弥がプロデビューする当初のバンド名は、アマチュアで使っていた、”アンディープ”だったと教えてもらった。デビュー3か月前に、ディアドロップに変更した。早瀬が名付け親だ。早瀬と別れた後のことだから不思議に思ったが、踏み込んで聞けなかった。よっぽどの理由があるはずだ。

 ディアドロップは、”親愛なる雫”という意味だ。それが今度は英語表記に変わる。バンドを引き継げたようで嬉しい。

「ふむふむ。佐久弥からの誘いを受けたい。実力をつけないとなーー。あああ。ネガティブの呪いがかかったよーー」
「あああーー」
「あああ。ネガティブの呪いがーー」
「今度はポジティブの呪いがーー」
「うひぇーー?」
「ただいま。メリーゴーランド思考の悠人君」
「げえええっ」

 いつの間に帰って来たのか?早瀬が背後に立っていた。大きなラッピング袋を抱えている。テーブルからは、美味しそうな匂いが漂っている。3つの紙袋からだ。

「おかえりーー!」
「ただいま」
「何を買ってきてくれたの?」
「当ててごらん。キミの好きなものばかりだ」
「クンクン……。煮込みハンバーグだね」
「当たり。まだあるぞーー」

 早瀬の体に抱きついたまま、ずるずるとテーブルまで歩いた。後ろ向きに歩いているから、全く見えない。それでも離れる気が起こらない。しかし、腹の虫の方が、早瀬から離れろと訴えている。襲われて食べ損ねる恐れがある。
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