回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 今も控え室にいる。わたしは向かいの部屋にいるからね。そう言って、控え室から加藤さんが出て行った。来客の対応を手伝ってくるそうだ。

 けっこう広い控え室には、着替えの衣装やソファーなどが置かれている。そこに腰かけているのが、早瀬のお父さんだ。お茶のおかわりを用意していると、莉奈さんが手伝ってくれた。

「大丈夫だよー?」
「わたしがやりたいの。悠人君は座ってて。これから大事なステージなんだから」
「いいよ。座っててよーー」

 ほんの数分話しただけなのに、すぐに打ち解けた。早瀬から聞いたイメージとは違う人だ。神経質だし、とげとげしていると聞いたのに。実際はよく笑う人だった。早瀬と2人で冗談を言い合っている。兄妹だから悪く言うのだろう。ネガティブなところがあるから、気が合ったのか。

 ふたたび4人でお茶を飲んでいると、どんどんリラックスしていった。母の実家の件や将来のことではなく、お互いの毎日のことを話した。父と娘の二人暮らしの家事のこと。早瀬との喧嘩の話などだ。 

 コンコン!

 ノック音がした。返事をすると、加藤さんと一緒に佐久弥が入って来た。お久しぶりですと、早瀬親子と声を掛け合っている。そして、佐久弥と早瀬親子にしかない空気が流れ出した。自分にとっては知らないものだ。

(寂しくないなあ。これからだって思うからか……)

 ポジティブになれたのは、新しい居場所が出来たことを知ったからだ。いつでも迎えられる場所だ。すると、早瀬から肩を抱かれて、イジられ始めた。

「ゆうとー、ネガティブの呪いをかけてみろ」
「きいいいいいっ」

 今朝の味噌汁の出来栄えのこと、卵焼きの焼き加減を口にされた。緊張していたから失敗した。ワカメ大増量と全体的に固い卵焼きだった。ふと、ここに居ない妹のことが頭によぎった。

(藍生はどうしているかな?配信まで起きていられるかな?ちょっとだけ見せるって、言ってたけど……) 

 父と宮田さんには、家に居てもらっている。父だけが来ると言っていたが、こういう時にかぎって、藍生に何かあるといけないからだ。配信生中継を観てもらう。

 母も観てくれている。さっきそう電話がかかっていた。既に両親が早瀬のお父さんと会っていた。森井産業の件がある前から段取りが取られていた。もちろん、遠藤さんとも会っていた。

(なんだよ……。言ってくれたらいいだろー)

 そっとネックレスの雫に触れた。言葉にしなくても伝わるものがある。そういうことか?

 しんみりしていると、佐久弥から鼻をつままれて我に返った。喧嘩に発展しかけた頃に取材が入り、まずはお開きになった。早瀬たちは観客席へ向かい、俺たちは夏樹の控え室へ行った。

 コンコン!

 ノックをしてドアを開くと、衣装の赤い着物を眺めている夏樹が立っていた。その横顔は、気迫が感じられるものだった。佐久弥と顔を見合わせた後、そっとドアを閉じた。

 パタン……。

 あまりの気迫だったから、声をかけるタイミングを失った。そっとドアを閉じて廊下へ戻った。佐久弥も何も言わなかった。

「長谷部さんを待つか……」
「うん。ああいう集中は危ないんだよね。黒崎さんが言っていたんだ。ステージ前だからそうなるんだよね……」

 控え室のドアには ”Visible ray 黒崎夏樹様” と貼り紙がある。このドアの向こうに居たのは、ノンビリした夏樹ではなかった。ある意味、恐れていた夏樹だった。気迫に圧倒されてしまった。

 フロントマンとして、観客の目を集める役目を担っている。ギターソロで前に出て行くときも、ボーカルがいてこそ引き立つ。今までにないぐらいの表情をしているのは、不思議ではないだろう。

 着ているのは黒のジャケット、白のTシャツだった。ステージに上がる前に、その上から赤い着物を羽織る。イメトレをやっているなら邪魔はできない。

(邪魔って?メンバーなのに?)

 どうしてこんなことを思うのか。胸もとの親愛なる雫に触れた。そばに居るのに、近づけない。

「ゆうとー、怖いだろう?夏樹のことが」
「うん。はっきり言える。怖いよ」
「それでよし」
「どうして?」
「メンバーとして近くにいる証だからだ。他の人にとっては普段と変わらないぞ。……長谷部さんや黒崎さんは分かっているだろうけど。怖いと感じたのは悠人だけだ。些細な違いを理解している。さすがだな」
「そうなんだ……」

 カタ……。

 そっとドアを開いた。いくら通路が騒がしくても、この室内は静まり返っている。たった一人、大きな鏡の前で中央に立っている。力強い目には攻撃性を感じる。普段の夏樹は、どこにもいない。

(こうやってドアを開けてみたら、あの子がいた。同じ夏樹だ……)

 あの子には、いくつもの呪いが掛かっている。人に頼れない、強くあるべき、何かを攻撃しようとしている姿。それらを一つずつ解こうとしていた。しかし、それは間違いだと知った。
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