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夏樹は攻撃性と、優しさの二つの顔を持っている。今の姿は戦場に出向くように見えた。それは自分との戦いという意味だ。出来るだけの力を発揮して、このステージを成功させようとしている。今の姿から変わらなくてOKだ。
こういう夏樹だからこそ出来ることだ。どうして否定ができる?変わらないことも大事だ。これがありのままの姿だ。
「ごめんね。否定していたよ……」
ここでは抱きつかない。もしも倒れそうになったら支えに行く。今はそれでOKだ。ギリギリ下敷きにはなれるだろう。
「優しい子だけがよくて。うぇうぇ……」
後ろを人が通り過ぎていく。ドアの隙間から覗きながら泣いているなど、おかしな光景だ。そんな自分の背中を叩いてくれているのは、心優しいミュージシャンだ。
「罰当たりな例えだけど。仏教にもいるだろ?怖い顔と優しい顔の、二つの顔を持つ神さま。誰でも同じだぞ?悠人だって怖い顔をしている。ギターの演奏中、すっごい時があるぞー?」
「俺がー?」
「あれで俺の気分が整っている。ステージの用心棒みたいだ。”漢・ユート”だ」
「うん……」
佐久弥のタオルで顔を拭いた。汗の匂いがして、うえっとなった。失礼だな、くさいからだよー。そんなやり取りをしていると、肩に新しい重みが加わった。見上げると、観客席へ行ったはずの早瀬が立っていた。
ポジティブの呪いをかけ忘れていた。そう言って笑っていた。佐久弥が気を利かせてくれて、俺たちを控え室に押し戻した。長谷部さんが戻り次第、呼びに来るからと言って。セットとメイクが乱れることはするなという、余計な一言つきだった。
あたらめて向かい合うと照れくさい。ステージ仕様になった自分としては、家でどうしていたのか忘れてしまった。それを口にすると、吹き出して笑われた。
「君の方こそ気合十分だ。気迫があるぞ?」
「そんなにある?ガチガチだけど……」
「ギタリストモードに切り替わっている。しっかりと目を開いているからだ。ステージから観客席を眺めて来てごらん。どんな風だったのか、終わったら教えてくれ。いいか?」
「うん!一緒に立つよ。シズクさんも」
向かい合っている早瀬の両目は、淡いグリーンをしている。蛍光灯の下では、別の色味に変化した。その中には俺の姿が映っている。ステージに立っている俺のことも、映してくれるだろう。
「悠人、ここからがポジティブの呪いだぞー?」
「うん!やってよ!借りたネコネコ、ネコネコ。ん?んん……んん……」
ユーリの呪文を阻まれてしまった。メイクが落ちてしまうからと、気をつけて唇にキスをされた。回数が多いから息をするのが大変だ。何度も見つめ合い、微笑み合った。
部屋を出るときには、ネックレスには新しいものがぶら下がっていた。早瀬の指にはめていた絆創膏だ。この抜け殻も一緒にステージに立つ。これがポジティブの呪いだった。
部屋から出た後、佐久弥と合流して、夏樹の控え室の前に立った。ギタリストとして、ボーカリストの夏樹を迎えに行った。
ガチャ……。
そっとドアを開けると、夏樹がこっちを見て、キョトンとしていた。いつの間に来ていたんだよ?そう言って笑っていた。完全にいつもの夏樹だ。誰にも変身していない、そのままの姿だ。さっきの姿も同じだ。
「いくぞー!なつきー!」
「佐久弥、来てくれたんだね~」
「俺もいるよーー」
「ゆうとー、お疲れさま」
俺たちの控え室も同じだが、この部屋にはたくさんの花が置かれている。今日のデビューステージへのお祝いだ。打ち上げよりも増えている。これだけ応援してくれている。出来る限りの力を発揮しよう。早瀬には観客席で待ってもらった。終わった後の一番のご褒美にしたいからだ。
「さっき黒崎さんに会ったよ。頑張れって。裕理さんからも。伊吹さんと、万理ちゃん、お父さんとお母さんも」
「ありがとう」
「黒崎さんは、終わったら控え室で待つそうだ。心配するなと伝言しておいた」
「うん。ありがとう」
「コンコンーー。お疲れ様でーす」
「長谷部さーん」
長谷部さんがドアから顔を覗かせた。出番が来るからステージへ行きましょうと促された。夏樹が立ち上ったから、ささっと左側に立った。下敷きになるから倒れろ。そう告げてやった。そしたら、いつでも倒れ掛かってやると言い返された。やってみろ、そう言い返すと、本当に倒れてきた。
「なつきー、わわわ!」
「寄りかかっていいんだよね?連れて行ってよ~」
「わわわーー。ばかーー!」
「うん。否定はしない」
わあわあ言い合いをして、笑いながらステージへ向かった。
こういう夏樹だからこそ出来ることだ。どうして否定ができる?変わらないことも大事だ。これがありのままの姿だ。
「ごめんね。否定していたよ……」
ここでは抱きつかない。もしも倒れそうになったら支えに行く。今はそれでOKだ。ギリギリ下敷きにはなれるだろう。
「優しい子だけがよくて。うぇうぇ……」
後ろを人が通り過ぎていく。ドアの隙間から覗きながら泣いているなど、おかしな光景だ。そんな自分の背中を叩いてくれているのは、心優しいミュージシャンだ。
「罰当たりな例えだけど。仏教にもいるだろ?怖い顔と優しい顔の、二つの顔を持つ神さま。誰でも同じだぞ?悠人だって怖い顔をしている。ギターの演奏中、すっごい時があるぞー?」
「俺がー?」
「あれで俺の気分が整っている。ステージの用心棒みたいだ。”漢・ユート”だ」
「うん……」
佐久弥のタオルで顔を拭いた。汗の匂いがして、うえっとなった。失礼だな、くさいからだよー。そんなやり取りをしていると、肩に新しい重みが加わった。見上げると、観客席へ行ったはずの早瀬が立っていた。
ポジティブの呪いをかけ忘れていた。そう言って笑っていた。佐久弥が気を利かせてくれて、俺たちを控え室に押し戻した。長谷部さんが戻り次第、呼びに来るからと言って。セットとメイクが乱れることはするなという、余計な一言つきだった。
あたらめて向かい合うと照れくさい。ステージ仕様になった自分としては、家でどうしていたのか忘れてしまった。それを口にすると、吹き出して笑われた。
「君の方こそ気合十分だ。気迫があるぞ?」
「そんなにある?ガチガチだけど……」
「ギタリストモードに切り替わっている。しっかりと目を開いているからだ。ステージから観客席を眺めて来てごらん。どんな風だったのか、終わったら教えてくれ。いいか?」
「うん!一緒に立つよ。シズクさんも」
向かい合っている早瀬の両目は、淡いグリーンをしている。蛍光灯の下では、別の色味に変化した。その中には俺の姿が映っている。ステージに立っている俺のことも、映してくれるだろう。
「悠人、ここからがポジティブの呪いだぞー?」
「うん!やってよ!借りたネコネコ、ネコネコ。ん?んん……んん……」
ユーリの呪文を阻まれてしまった。メイクが落ちてしまうからと、気をつけて唇にキスをされた。回数が多いから息をするのが大変だ。何度も見つめ合い、微笑み合った。
部屋を出るときには、ネックレスには新しいものがぶら下がっていた。早瀬の指にはめていた絆創膏だ。この抜け殻も一緒にステージに立つ。これがポジティブの呪いだった。
部屋から出た後、佐久弥と合流して、夏樹の控え室の前に立った。ギタリストとして、ボーカリストの夏樹を迎えに行った。
ガチャ……。
そっとドアを開けると、夏樹がこっちを見て、キョトンとしていた。いつの間に来ていたんだよ?そう言って笑っていた。完全にいつもの夏樹だ。誰にも変身していない、そのままの姿だ。さっきの姿も同じだ。
「いくぞー!なつきー!」
「佐久弥、来てくれたんだね~」
「俺もいるよーー」
「ゆうとー、お疲れさま」
俺たちの控え室も同じだが、この部屋にはたくさんの花が置かれている。今日のデビューステージへのお祝いだ。打ち上げよりも増えている。これだけ応援してくれている。出来る限りの力を発揮しよう。早瀬には観客席で待ってもらった。終わった後の一番のご褒美にしたいからだ。
「さっき黒崎さんに会ったよ。頑張れって。裕理さんからも。伊吹さんと、万理ちゃん、お父さんとお母さんも」
「ありがとう」
「黒崎さんは、終わったら控え室で待つそうだ。心配するなと伝言しておいた」
「うん。ありがとう」
「コンコンーー。お疲れ様でーす」
「長谷部さーん」
長谷部さんがドアから顔を覗かせた。出番が来るからステージへ行きましょうと促された。夏樹が立ち上ったから、ささっと左側に立った。下敷きになるから倒れろ。そう告げてやった。そしたら、いつでも倒れ掛かってやると言い返された。やってみろ、そう言い返すと、本当に倒れてきた。
「なつきー、わわわ!」
「寄りかかっていいんだよね?連れて行ってよ~」
「わわわーー。ばかーー!」
「うん。否定はしない」
わあわあ言い合いをして、笑いながらステージへ向かった。
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