回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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26-15(悠人視点)

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 ……Visible ray……ray of light、光線……

 ……3、2、1……


 開演10分前だ。夏樹の声で吹き込んだアナウンスが流れた。ステージのサイドから観客席と眺めると、早瀬たちが笑っていた。

 伊吹さんの隣に桜木さんがいる。電話で話した時、冗談を言って笑わせてくれた。少しぐらいは失敗してもいいかと思えた。そういう気持ちでやろう。

 ステージ裏やサイドでは話し声がしていたが、ほとんど聞こえなくなった。物音と照明を動かしている機械音だけだ。観客席からの話し声は聞こえている。

 そばにいた佐久弥から肩を抱かれた。少しは吹っ切れたか?と。軽く頷いたら、右手を握られた。すでにサポーターは巻いていないから、ダイレクトに体温を感じた。

「よく頑張ってきた。セーブするのはツラかっただろう」
「うん。それをやってこそプロだもん」
「カッコいいぞ!なつきーー!」

 信頼と尊敬をしているミュージシャンが、俺たちのことを抱きしめた。同じステージに立てることが信じられない。光栄なことだ。

 この体温の持ち主は、31歳の佐伯久弥だ。ステージでは華やかで毒々しくても、ざっくばらんで繊細な、可視光線のような人だ。

「なつきー。ゆうとー。これからも頑張っていこう。ここからがスタートだぞ」
「うん!」
「おーー!」
「友達、仲間としての誓いを立てる。聞いてくれ」
「うん……」

 佐久弥が深呼吸をした。俺たちを見つめている。どれだけ支えてもらっただろうか。恩返しをしたい。もちろん、これからも仲間として励んでいく。

「……夏樹、悠人。……健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを……誓う!」
「うひぇーー?」
「ええーー?」
「夏樹、悠人、これが俺の気持ちだ!!返事は強要しない!」
「あああ……」
「あああーー」

 どうしよう?これは結婚の誓いの言葉だ。佐久弥の両目が潤んでいる。顔も紅潮している。本気で口にしたのは間違いない。いろんなことを知っているくせに、天然ボケな一面もあったのか。そう思っていると、佐久弥からアイコンタクトを受けた。ツッコめというのか?すると、夏樹が佐久弥に声をかけた。

「あの……、佐久弥。じつはね……」
「さくやーー、さっきのは結婚の誓いだって分かっているよねー?」
「はあ?なんだそれ?」

 佐久弥がキョトンとした顔になった。夏樹が意を決したかのように口を開いた。マジで受け取っている。ますます緊張感が増した。マズい展開だ。

「あの……、佐久弥!」
「どうしよう?クラに……、蔵之介に言うべき言葉だったのか?」
「そうだよーー。パートナーになる人に言わないと」
「クラに謝ってくる!!」
「さくやーーー!」

 佐久弥が、マネージャーの蓮司さんの元へ行った。その直後に、ステージ担当スタッフから、ポジショニングの声がかかった。これはチャンスだ。ボケの仕上げが手伝える。

 佐久弥のことを追いかけて行った。佐久弥はステージサイドで待っていた。ハイタッチをして、お互いの健闘を称え合った。夏樹の緊張感を解くためだった。まだ終わっていないし、これからスタートするというのに。なんて慣れているミュージシャンなのか?

 夏樹の姿をこっそり眺めると、笑いながらスタイリストと話していた。赤い着物を羽織らされて、しっかりと頷いていた。

「あの着物はな。桑園怜氏がデザインしたものだ。黒崎さんの友達だそうだ。生まれ変わりの意味で、あの着物をデザインした。そう聞いた」
「へえ……。黒崎さんは知っていたのかな?夏樹は何も言ってなかったけど」
「知らないんじゃないのか?今回使わせてもらったのは、有難い縁だ。悠人と出会えたことも、神さまからのご褒美だと思っている。初対面のときはごめんな。いくら謝っても済まない」
「さくやー、謝るなって言っただろ?」

 あれは去年の夏のことだった。このホールでイベントが開かれた。その通路で佐久弥と遭遇した。こんな嫌なことを言われた。

(……遊び感覚の結婚のことだよ。朝起きたらキス、行ってきますのキス、目の前には夢が広がってる。家はお城なの。現実が分からなくて愛が醒める……)

 それを言われた時は腹が立った。今なら理解できる。佐久弥はバンド活動に限界を感じ、ギタリストとしての活動にも嫌になっていた。そういう例えだろう。

 あの日、俺の演奏を褒めてくれて、率直な感想を聞かされた。ギタリストとして向き合ってくれた。そして、俺と早瀬のことをステージに引き上げた。こうしてデビューを迎えた。

 ガーーーー、ざわざわ……。

 ふと現実に帰って来た。ステージ裏でスタンバイを迎えている。この緊張感のなか、佐久弥の頬を包み込んで、ぐりぐりを撫でてやった。

「さくやー。君はネガティブだよねー?」
「バレたかーー。ぎゃははーー」

 それ以上は言葉は要らない。胸もとには親愛なる雫があり、絆創膏の抜け殻という、あるミュージシャンの分身がある。それでいい。お互いに肩を叩き合った後、ステージへと進んだ。
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