【完結】欠損アルファは、実験体のオメガを愛しすぎている

Marine

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# act10 嫉妬

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 夢の中で、これは夢だ、と気づくことがある。
 今日もそうだった。
 孤独な闇の中で、たった一人でぽつんと座っている。
 でも現実は違うはずだ。だって僕には、観察してくれる人がいるから。

――セシル先生……。

 無意識に探った手をぎゅっと握られて、目が開いた。
 目の前に、椅子に座ってこちらを見ているセシル先生の顔があった。

「ユウくん、おはよう。起きたかな?」

 モニタリングバンドを外しながら「ゆっくり眠れたようだね」なんて言ってくる。
 いきなり部屋にいたからびっくりしたけど、僕は先生の所有物。
 好きな時に好きなことをされるのは当たり前なんだ。
 だけど、目が覚めたときに一緒にいてくれるのは、凄く安心する。

 セシル先生はゆったりしたチャコールの服を着ていた。
 朝の光のなかで、銀髪が輝いている。

――部屋着の先生だ、貴重……。

 そう思った瞬間、パシャと電子音が響いた。見ると、彼の手には携帯が握られている。

「え~、こんなところも撮るんですか?」
「……貴重な記録だから」


 朝食なんて、いつもは食べないかシリアルなのに、たっぷりのフルーツと、卵、ベーコン、パンケーキ、スープやフレッシュジュースが並んでいた。
 
「朝から豪華ですね……」
「朝食は体調管理の基本だよ。周期的な発情を促すためには、ストレスのない生活と食生活が肝心だ」

 座って食べ始めて、はっと気づいた。

「あっ、今日は昼からバイトでした!」
「バイトか……」

 セシル先生が呟いた。
 その瞳が一瞬曇ったような気がして、気分を害したのではないかと不安になった。

「あの、バイトはやめたほうがいいでしょうか?」

 だが、その陰りはすぐに消えて、いつもの笑みが口元にのぼった。
「ここにいれば衣食住に困ることはないが……ユウくんはバイトが好きかな?」
「は、はい。楽しいです」
「では続けたほうがいいだろう。私もずっと病院だから退屈だろうし。……何時からかな」

「12時半です」
「ちょうど昼の休診の時間だね、送っていくよ。それと……」

 セシル先生は傍らに用意してあった箱からスマートウォッチを取り出した。

「これを着けていってほしい」
「わぁ、これ出たばっかりのスマートウォッチじゃないですか! 格好いい」
「これは保護者モードで私の携帯から位置情報、体温、心拍数が分かるようになっている」

 当たり前のように言うセシル先生にぞくっとした。
 バイト先でも観察されている。
 でもそれが、先生との絆のように思えた。


 ※ ※ ※


 セシル先生の車がバイト先のカフェ『アロマダイブ』に横付けされると、注目の的だった。
 こんな高くて高級な車だと知っていたら送って貰う事なんてしなかったのに。
 バイトが高級カーで出勤なんて聞いたこともない。

「あ、ありがとうございます」
「待って、念のために誘発フェロモン耐性薬を飲んで行きなさい」
「はい」

 口元に運ばれて、素直に口を開けて飲み込んだ。
 セシル先生の指が唇に触れる。それはわざと下唇を少しだけなぞり、離れていった。
 通行人が見ていないかどきどきして……体が少しだけ熱くなった。


 カフェに行くと、仲のいいバイト仲間に「さっきの彼氏?」とこっそり聞かれた。
 「すごい、いいアルファ捕まえたね!」と興奮気味に話されて、高級車を見たからだな、と小さくため息をついた。

 セシル先生は誘発フェロモンを出せないアルファだ。
 医者という地位にいるから社会的な強者ではあるけど、恋愛の相手としてはオメガたちには評価されない。
 ……でもそこが、僕には安心ポイントなんだけど。


 カフェのバイトはほとんどがオメガで、ベータの大学生が少しいるくらい。
 オメガは安定した職につけないから、みんなバイトをして生活している。
 でも、ベータは営業時間中、必ず各店舗に一人はいなくてはいけない決まりになっている。
 何故なら……。

 ビー、ビー、ビー

 入口にある誘発フェロモンセンサーが音を立てた。
 ティアB以上のアルファが来店したらしい。

「ごめんっ、あとよろしく!」
「はいはい」

 みんなが休憩室に走り込んでいく中、ベータのバイトくんが接客に立とうとレジに向かった。

「あれ? ユウ、早く休憩室に行けよ」

 そんな中、僕はぼうっと突っ立っていた。
 だって入って来たのはラゼルだったから。

「おいっ、わけわかんねーメールだけよこしやがって。俺はあれ見て叫んだぞ。
 まさか本当に契約したんじゃぇだろうな」
「……しました」
「お前、正気か? ちょっとここじゃ話せねぇからこっちに来い」

 そこにベータのバイトが立ちはだかった。
 大学生のキアスという名で、栗色の髪のがっしりした体格の持ち主だ。
 武道をやっているといっていたが、それでもラゼルとはかなり差がある。
 まるで柴犬がゴールデンレトリバーに立ち向かっているようだ。
 カタカタと震えながら、キアスはそれでも自分の職務を遂行しようとしていた。

「お客様、大変申し訳ありませんが……オメガはカウンターより外へ出てはいけない決まりになっています」
「はあっ!? ナンパじゃねぇぞ」
「ヒッ」

 僕は慌てて助け舟を出した。
「……ラゼルさん、お店が終わったらあとで話しますから」
「チッ、何時だ」
「夕方5時30分です。だからあと……20分くらい」
「わかった。……兄ちゃん、騒がせて悪かったな。
 注文いいか? ヴェロニカ・プレスのグランデ。アロマショット追加で」

 急に優しくなったラゼルの声に、それでもマークは怯えていた。

「は、はい。アロマショットは何になさいますか?」
「ローストフィグ&スパイスベリー」
「かしこまりました。あちらの受け渡しカウンターで少々お待ちください」

 コーヒーを受け取ったラゼルは、自分からガラスで区切られたティアB以上のスペースに入っていった。
 この特Bスペースへの隔離は強制ではないから、入りたがらないアルファがいるときは困ってしまう。
 アロマダイブはオメガフレンドリーを売りにしていてるカフェだからなおのことだ。

 それから僕は、ラゼルとの関係を知りたがるバイト仲間を回避して、なんとか仕事を終えることができた。
 帰り際にキアスに「気を付けてくださいね」と言われて、小さく頷いた。
 
 私服に着替えて特Bスペースに行くと、ラゼルは立ち上がった。

「場所変えるか?」
「いえ、ここで手短に」

 そう言ってスマートウォッチを指さした。

「……あいつ、位置情報まで」
「気にかけてくださっているのは嬉しいのですが」
「いつ契約したんだ」
「ラゼルさんが帰った後、すぐにです」
「…………」
「僕はセシル先生の傍にいたほうが、安心できるんです」
「お前は……大切にしてくれるアルファと出会っていないだけだ」

 そのとき、また入り口のセンサーが鳴った。
 ティアB以上のアルファなんて、月に1回来ればいいほうなのに、今日は二人も来るなんて。
 みんながバタバタと休憩室に行くのが見えた。キアスが一人で応対して、そいつはこの区画に入ってきた。

「耐性薬、飲んでるのか」
「はい」
「ちょっと庇護フェロモンを強くするぞ」
「……はい」

 ラゼルにまとわりつくフェロモンが濃くなった。僕は一歩、ラゼルに近づく。
 彼がフェロモンでバリアを張ってくれている。
 この庇護下にいれば、他のアルファの影響は受けない。
 しかし耐性薬を飲んでいるとはいえ、彼のフェロモンも結構きつい。

「ラゼルさん……」
 小さく声を出すと、ラゼルは頷いた。
「出ようか」
 片手で背に手を回して、アルファの横を通り抜けた。
 そいつは興味深げにこちらを見ているだけだった。攻撃的じゃなくて助かった。

 外に出ると、じんじんした熱は収まらなかった。
 気持ちが悪い、アルファの強制発情はウイルスが入ったみたいに悪寒がする。

「僕、もう帰ります」
「まあ、今日のところはもういいだろう。お前が自発的にセシルの元に行ったのが分かったからな」
「セシル先生を怒らないで」
「いくら興味深くても、超えてはいけない一線はある」
「僕が行きたかったんです」
「………」
「今日はありがとうございました」
「送っていく」
「一人で帰れます」


 そのとき、キキュッと音をさせて、一台の高級車が目の前に走り込んできた。
 珍しい青い色、セシル先生だ。

 運転席から先生が颯爽と降りてきた。

「おい、セシル……」
「ラゼル、会話は聞いていた。話はあとでゆっくりしよう。今はユウくんを休ませたい」
「……わかった」
「ユウくん、乗って」
「はい」

 シートに横たわると、車が動き出した。
 窓から見えるラゼルが遠ざかっていく。
 彼は見えなくなるまでそこに立ち止まっていた。


 家に戻り、僕の部屋に行くと、セシル先生は早速、バイタルモニタリングバンドをつけさせた。
 途端にピーッと警告音が鳴る。

「……発情しちゃってるね。ちょうど耐性薬の効果がなくなる時間だから」
「す、すいません……」
「謝る必要はない。バイトを許したのは私だ。そして、フェロモン曝露も不可抗力だった」

 セシル先生は、一度言葉を呑み込んだが、すぐに続きを話し出した。

「だが、せっかくすり込みをリセットした個体が、またアルファのフェロモンに汚染されたことは事実だ。
 観察個体としてはこのままでは使えない……また上書きしなくては、ね」

「……は、はい」

 僕は俯くしかなかった。彼にとって有用であることが僕の存在意義なのに、自らそれを穢したんだ。

 ガンッ!
 壁が揺れて、僕はびくっとして彼を見た。
 拳が握られていて、それが壁に打ち付けられているのが分かった。

「……すまない、私は何を言っているんだ。
 君はもう実験個体ではない。観察対象だ。アルファのフェロモンを曝露しても、問題ないはずなのに……
 ましてや、上書きの必要など……」

 セシル先生の拳が、かすかに震えていた。
 普段は知的で冷静そのものの先生が、こんなに言葉を乱すなんて。
 知的な興奮で変態的な態度をとっても、怒ったり乱暴な態度をとるなんてことはなかった。

――僕に他の雄の匂いがついたのが、嫌だったの? セシル先生。

 そう思った瞬間、胸が熱くなる。
 でも、僕は“観察対象”のはずで。
 じゃあこれは、なんの感情?

「……すまなかった、ケアしようか」
「もうケアはいいです」

 息が上がっているのは、発情しているからだろうか。
 他のアルファにもたらされたこれが、気持ち悪くて仕方なかった。
 一刻も早く、拭い去りたい。

「上書きしてください。
 奥まで全部……フェロモンが染み込んだところに、セシル先生を刻み込んでください」

 言い切った直後に、とても恥ずかしくなった。
 でも、無理だった。セシル先生で満たされないと、どうにかなってしまいそうだ。

 セシル先生は驚いたように僕を見て――小さく頷いた。
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