【完結】欠損アルファは、実験体のオメガを愛しすぎている

Marine

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# act9 同居観察、始動。

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 夜中に家から飛び出して、セシル先生の病院で『等級Ⅴ 実験体』の契約を結んだ次の日。
僕は小さなボストンバッグを片手に、セシル先生のもとに向かった。

 セシル先生の家は、かなり高級でセキュリティがしっかりしたマンションだった。
 自分のボロアパートとは比べ物にならない。
 考えるまでもなく、カフェのバイトと医者では、収入も段違いだろう。

 セシル先生に連れられてマンションの中に入った。
 広いエントランスホールには、コンシェルジュや各種サービスが揃っている。
 周りのもの全てが珍しくて、僕はきょろきょろしながらエレベーターに乗った。

「荷物はそれだけかい?」

 セシル先生に言われて、ちょっと恥ずかしくなりながら頷いた。
 もともと、たいしたものは持っていない。
 アルファに支配され、破局しての繰り返しで、仕事が続けられない時期もあった。
 今のバリスタは長く続いているほうで、それでも給料は食べていくのがやっとだ。

 それに、実験体として飼われるのに、大げさな荷物は迷惑だろう。

 生態認証の玄関を開けると、中はアイボリーが基調のモダンな空間だった。
 デザイナーズマンションらしく、間取りが凝っていて、無駄な空間がない。
 間接照明がふんだんに取り入れられていて、一つ一つの場所に、意味があるように感じられる。

 一通り家の中を見て回り、最後案内されたのは、十畳ほどの、広くて心地良さそうな空間だった。
 中は丸みを帯びたドーム状で、たくさんのふわふわなクッションやかわいいぬいぐるみが詰め込まれている。
 そしてまだ空っぽの本棚と、広めのベッドなどが置かれていた。

「ここが君の部屋だ」
「えっ、こんなに豪華な……」

 元のアパートよりずっと広くて快適そうだ。

「周期発情を起こすためには、なるべくストレスが無く、快適な空間でなければならないからね」
「そういうものなんですね」

 夕食までの時間は与えられた自分のスペースでゆっくり過ごした。
 ここに入ってみると、想像以上に快適だった。床はふかふかのカーペットで覆われているし、色調がベージュを基本に整えられているから、とても落ち着く。
 僕はこれからのことを考えながら、可愛いうさぎのぬいぐるみを両手で抱え込んで、ぼんやりしていた。
 これをセシル先生が買ったのだろうか……想像できない。
 
 小さなノックの音と共に、扉が開いた。

「ユウくん、夕飯……」

 そこまで言ったセシル先生は、すぐに携帯を取り出して、素早く写真を撮った。

「どうしたんですか?」
「……記録だよ、君の状態は常に記録しておく。拒否権はないからね」
「それはいいんですけど」
「ところで、そのぬいぐるみが気に入ったのかな。欲しければもっと……」
「いえ、そんなにたくさんはいらないです」

 一緒にリビングに行くと、そこにはいい匂いが立ち込めていた。
 カウンターとシステムキッチンも一体になっているから、シンクに調理器具などが置いてあるのが見えた。

「もしかして、セシル先生が作ったんですか?」
「そうだよ、オメガの体調管理は食事が大事だからね」

 ダイニングテーブルの上には美味しそうな食事が並んでいる。
 低温調理された鳥胸肉は柔らかくて、たっぷりとかかった野菜の香味だれが食欲をそそる。
 キノコのスープ、カボチャとサツマイモのサラダ、チーズ揚げなど、ついお腹いっぱいになるまで食べてしまった。

「あまり食べ過ぎないように。食後はケーキを用意してある」
「えっ、ケーキまで?」
「オメガは体質的に積極的に糖分を摂取することが推奨されている。だから毎食後にはデザートを用意する。もちろん、体調管理のためだ」
「……えっ、夢?」
 毎食後にデザートなんて嬉しすぎる。
 貧乏だったから、なかなか甘いものを買えなくて、カフェでもらった砂糖を舐めていたから特に嬉しい。
 しかも、セシル先生が持ってきたケーキの箱を見た瞬間、信じられなくて両手で口元を押さえた。

「わあっ、これ、コンディトライ・シュネーの『ノクターン・カシス』じゃないですか!」
「……よく知ってるね」
「スイーツには詳しいんですよ。……あの『スウィーテスト・モーメント』で1位のケーキだ……この美しさ……生で見れるなんて」
「…………」
 僕は息を呑んでケーキを見つめた。
「ふわぁ……この、濃厚なチョコレートとカシスのムースが……口の中でとろけて……はぁ、たまんない……」
 突然、カメラの連続音が鳴った。
「わあっ、なに撮ってるんですか」
「……記録だ、君はこれからシャッター音が鳴っても、気にせず続けなければいけない。ありのままの記録がとれないからね」
「はぁ……」
 最初は気になっていたシャッター音だったが、ケーキを食べているうちにだんだんと意識からはずれていった。
「おいしかった~」
 幸せな吐息を付きながらフォークを置くと、セシル先生がの指がせまってきた。そしてそれは、僕の唇の端をそっとぬぐっていった。
「あっ」
「……クリームがついてた」
「す、すいませ……」
 セシル先生が指に付いたクリームを舐めたのを見て、ドキッとしてしまった。
 ……もしかして今夜、そういうこともするのだろうか。
 発情観察だから、当然だよね。


 最新式のバスルームはとても綺麗だった。
 隅々まで体を清めて湯船に浸かっていると、突然、真正面の液晶画面に電源が入った。

「わあっ!」
「すまない、驚かせたかな」

 そこに映っているのはセシル先生だった。

「ここはキッチンと繋がっているモニターがある。双方向でビデオ通話ができるんだ」
「びっくりしました」
「長めの入浴だから、のぼせていないかを確認するためにつけてみた。
 湯船での事故を避けるために、今後はお湯に入ったらビデオ通話を開始するルールとする」
「は、はい」

 画面の向こうのセシル先生は、微笑んでいた。
 高級そうなグレーのシャツを着て、キッチンに立っている。
 研究の一環だってわかってるのに……どうして、裸を見られているのに、安心するんだろう。

 バスルームから出ると、部屋で休んでいいと言われた。
「実験とかはしなくていいんですか?」
「周期発情にはフェロモン曝露のような実験はない。
自然に生活している上で、季節によって発情が起こるかを観察するだけだ」

 実験は無いと聞いて、ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちになった。
 セシル先生に色々してほしい……されたいという気持ちが僕の中にあって……少し変態的に感じて恥ずかしかった。

「ただ、君が本当にリラックスして休めているか、モニタリングの機械は置かせてもらう」

 それが置かれることによってゆっくりできないのでは、と思ったが、指摘はできない。
 拒否権が無いのはもちろんなんだけど、先生が一生懸命やっているところが可愛かったからだ。

 でも、そうか。僕は観察対象だから、性的な奉仕とかはないんだ。
 性処理でいいから、抱いてほしかったかも。
 
 セシル先生は僕の部屋に機械を設置した。腕にモニタリングバンドが巻かれる。

「おやすみ、ユウくん」
「おやすみなさい……」

 部屋の電気を消すと、機械のランプがいやに目に入る。目を閉じていても光を感じて眉をひそめてしまった。
 機械の低い唸りや、ファンが回る音も気になるし、時々「ピピッ」となるのでビクッとなってしまう。
 それでも、観察対象なんだから仕方ないか。
 居心地のいい巣のような部屋で、その機械は異様な存在感を放っていた。

 ――でも、それがついていなかったら、僕はきっと、ひとりだと思ってしまうだろう。

 ※  ※  ※

――セシルside――

【観察記録:No.005(同居観察1日目)】
被験体:ユウ(等級Ⅴ 実験体)
契約に基づき、本日より被験体との共同生活を開始。
生活空間全般における心理・生理的反応を中長期的に観察し、
周期発情の有無、生活環境と精神状態の相関、発情に至る経過と要因の解析を目的とする。

1.空間への順応性
柔らかなぬいぐるみに対し接触行動(抱擁、撫でる等)を自発的に行った。
※即時記録を行った。

2.糖分摂取による快感反応
コンディトライ・シュネー製ケーキへの反応は顕著であり、味覚的な快感が豊かな表情変化に現れていた。
※即時記録を行った。

3.入浴中の反応
映像越しの視線に対して羞恥反応はみせたものの、安心傾向が強くうかがえた。

【所感】
被験体との生活初日を経て、
〝観察されていること〟そのものが被験体の安心感に繋がっている可能性があると感じた。
これは今後の密着観察計画における肯定的指標となる可能性がある。
【END】

 セシルはペンを置いた。
 この家にユウがいる、今後もずっと……そう思うと、体中から沸き立つような興奮が昇ってくる。

 デスクの上のモニターが、ユウの睡眠時の生理反応を記録し続けている。
 しかし、足りない。こんなに様々なデータが分かっているのに、まだ足りない。
 彼の睡眠時の呼吸、体温、匂い。それらをもっと近くで観察しなければ。


 セシルはそっと自分の部屋を出て、ユウの寝室へと向かっていった。
 ドアの隙間から漏れる、規則正しい寝息。
 それを聞いているうちに、いつしかセシルの呼吸もぴったりと同じリズムを刻んでいた。
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