【完結】欠損アルファは、実験体のオメガを愛しすぎている

Marine

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# act22 T-null【最終話】

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 朝、目覚めると、セシル先生が隣でまだ寝ていた。
 そういえばこの人の寝顔って初めて見るかも。
 高い鼻梁に、顎のラインがシャープで、骨格からして格好いいんだよな。
 そう思いながら見ていると、ふいに悪戯心が湧き上がってきて、そっと唇を合わせた。
 途端、セシル先生の目がぱっちりと開き、僕を見つめて瞬きした。
 
「おはようのキスです」
「……検温じゃないんだね」
「違います。愛の挨拶です」

 そう言うと、セシル先生は楽しそうに笑った。
「そうか。じゃあ、私もお返ししないとね」
 そういって押し倒されて、朝から濃厚なキスをしてしまった。
 
 病院が大好きな先生としては珍しいと思いながら、二人でベッドでいちゃいちゃを楽しんだ。
 
 先生は自分の体に僕をのせてキスしたり、肌の感触を楽しむことに全く飽きないようだった。
 昼近くになって、もうお腹が限界になった僕が音を上げると、しぶしぶ服を着てご飯を作りに行ってくれた。

 ライ麦パン、ベーコンエッグにホットサラダ、野菜スープ、そしてたくさんのフルーツ。

「うわあ、美味しそう! いただきまーす」
「タンパク質とビタミンを意識したブランチにしてある」

 そのときはもう食べることしか頭になくて、食事を詰め込んでいる僕を、セシル先生はじっと見つめていた。
 それはかつてのような「観察」の目じゃなかった。
 もっと熱くて、飢えたような……ただの「恋する男」の目だ。

「食べないんですか?」

 気になって聞くと、「食べるよ。ただちょっと――」セシル先生は喉につっかえた塊を吐き出すように言った。

「この家に君と戻って来れるとは思っていなかったから……ちょっと、胸がいっぱいになってしまって」
「僕がラゼルを選ぶとでも思っていたんですか?」
「いや、だが、自分が選ばれるとも思っていなかった」

 その言葉が、胸にじんと響いた。
 自信の無さそうな彼のほうが可愛くて愛しいなんて……。

「私を……選んでくれてありがとう」

 セシル先生の目は、泣いているみたいに光っていた。
 青灰の綺麗な瞳。やっと今、雨が降ったんだ。

 食事が終わって、僕は先生に契約書を出してとお願いした。
 等級Ⅴの契約書。
 あんなに興奮したこの書類に、破棄の文字を書き加えた。

 セシル先生は少し心配そうだった。

「今すぐに破棄しなくても……それは本当に私を信頼できると思った後でもいいんだよ」
「大丈夫です。だって、アルファのフェロモンが、発情も恋も作り出す世界で……」

 そこで僕は少し言葉を止めた。
 胸に色々な感情が溢れて来て、止まらなかったからだ。

「この、気持ちをくれたのが、セシル先生だったから」

 この世界で〝恋〟ができた。それは奇跡に近いことなんじゃないのか。
 本当に僕はそう思っている。

「だから、この先、なにがあっても、いいんです」
「そうか。ではその覚悟に精一杯、応えるようにしよう」

 セシル先生は引き出しから別の紙を取り出した。
 そこには〝つがい届け〟と書いてあった。
 
「フェロモンのない私が君とつがいとして認められるのかは分からないが……一応、出してみようか」
「……えっ、これって」

 ドラマや映画の中にはよく出て来るから、見たことはある。
 しかし今は形骸化していて、出す人はあまりいないと聞いたことがある。
 そういえば、先生とビュー・スイートで見た映画の中にも出て来たっけ。
 
 そういえば、あのラストはあれからどうなったんだろう。
 先生がキスしてきたから、分からないままだった。
 
「先生、今夜、あの映画をもう一度、一緒に見たいです」
「いいよ。私の開いている時間は全て君に捧げよう。これからずっと」

 ハッピーエンドをもう一度、二人で確かめるために。
 そして虚構の幸せは終わりを告げて、僕たちは現実を歩きだすんだ。
 
 つがい届けのフェロモン強度記入欄には「T-null」の文字。
 僕はそれを愛おしそうに撫でて、セシル先生の隣に自分の名を書いた。
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みんなの感想(1件)

しぶしぶ
2026.01.10 しぶしぶ

こちりも楽しく読ませて頂きました。両片想いのすれ違っているあいだの切ない気持ちが伝わってきました。

2026.01.10 Marine

こちらも読んでいただきありがとうございます!
両片思いのすれ違い、もどかしくて切ないですよね。その気持ちが伝わってとても嬉しいです。
温かい感想、ありがとうございました。

解除

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