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遠距離通話①
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水曜日の夜。
桐生部長がニューヨークに出張してから丸一日が経った。
「牧田さん、また今日も残業ですか?」
いつも定時で帰る瀬名が、今日はなぜか遅くまで残っている。
「あと少し、ね」
「そんなに頑張っても給料上がらないのに」
18時、最後に残った営業が「お疲れ様です」と言って出ていった。
彼らはこれから接待や商談がある。
瀬名は俺のデスクの隣に座った。
「うわ、凄い威圧感。よく牧田さん普通に仕事していられますね。こんな部長の席の近くで」
「慣れだよ。それより、何かあるの?」
いかにも話したそうな雰囲気を出している瀬名に水を向けてみた。
「牧田さん、合コン行きません? 俺、セッティングしますよ」
「え? いや、そういうのいいから」
「もう会社にお見合い言われたんでしょ。これ最後通牒ですよ。でも会社が出してくるのなんて、オッサンだし、真面目だけが取り柄のハズレ物件。結婚したらつまらない人生の始まりですよ。その前にちょっと楽しんじゃいませんか?」
「いや、本当にそういうの苦手で……」
牧田は、指でコツコツと机をリズムよく叩いた。
その顔にはじれったそうな表情が浮かんでいる。
「恋愛とか苦手なのは分かりますけど、その結果がこれなんですよ。売れ残って、会社に男をあてがわれるのを、どう思ってます?」
「確かに、それは嫌だけど」
「それに、食わず嫌いなんですよ。一度恋愛の楽しさを知ってしまったら、ずっとしてこなかったのを後悔すると思いますよ」
彼の言うことはもっともな部分もある。
恋愛はしてこなかったし、今、部長とこうやって関係をもって……自分の感情が、こんなに動くんだ、ということを自覚させられている。
「でも合コンとかは……それに、俺には……」
「分かりましたよ。でもちょっと合コンって言葉にとらわれ過ぎじゃないかな。……まあ、合コンは諦めます。それはそうと、明日の部の飲み会はちゃんと来てくださいよ」
「もちろん、部の飲み会は行くよ」
「部長が出張中だから安い店ですけど、その分羽を伸ばせますね」
「ははは」
そこで、ピン! と着信音が響いた。
送信者は<桐生晃(エンタープライズ事業本部 統括部長)>となっている。
《kiryuu:通話できるか?》
瀬名に見えないように、ノートパソコンの位置を微妙に変えつつ、俺はそのメッセージに急いで返信した。
《wataru:まだ瀬名が残ってます》
「こんな時間にチャット? 誰ですか?」
「部長だよ」
「そうか、ニューヨークは朝ですもんね。相変わらず仕事の鬼だな。よく付き合えますね」
《kiryuu:通話できるようになったら言ってくれ。待っている》
《wataru:でも、もうすぐ仕事なのに》
《kiryuu:お前と話さないと仕事にならない》
そのメッセージに、胸に電流が走った。
どういう意味だろう。熱い、恋愛のメッセージのように見える。
でも、もう24時間はとっくに経過しているのに。
カタカタッとキーボードをたたく俺に、瀬名は腕を組んだ。
「返信するからだめなんですよ。もう定時過ぎてるんですから、明日にすれば」
「うん、これが終わったら帰るから。瀬名くんも、もう帰ったほうがいいよ」
「仕事の邪魔しちゃってますよね、すいません。じゃあ俺、帰るんで」
「気を付けてね」
ブブッと瀬名の私用携帯が揺れた。
「おっ、彼氏からだ。牧田さんにもこういう楽しみを味わってほしいのに」
「気持ちは受け取っておくから」
「はぁ~、本当に、体験してみたらわかるのになぁ」
瀬名はため息をつきながら「お疲れさまっしたー」と帰っていった。
本当に悪い子ではないが、放っておいて欲しい。
俺は急いでイヤホンを付けて、チャットで《通話OKです》と送った――瞬間、着信があった。
コンマ数秒の反応の良さにどきどきしながら、俺は通話ボタンを押した。
桐生部長がニューヨークに出張してから丸一日が経った。
「牧田さん、また今日も残業ですか?」
いつも定時で帰る瀬名が、今日はなぜか遅くまで残っている。
「あと少し、ね」
「そんなに頑張っても給料上がらないのに」
18時、最後に残った営業が「お疲れ様です」と言って出ていった。
彼らはこれから接待や商談がある。
瀬名は俺のデスクの隣に座った。
「うわ、凄い威圧感。よく牧田さん普通に仕事していられますね。こんな部長の席の近くで」
「慣れだよ。それより、何かあるの?」
いかにも話したそうな雰囲気を出している瀬名に水を向けてみた。
「牧田さん、合コン行きません? 俺、セッティングしますよ」
「え? いや、そういうのいいから」
「もう会社にお見合い言われたんでしょ。これ最後通牒ですよ。でも会社が出してくるのなんて、オッサンだし、真面目だけが取り柄のハズレ物件。結婚したらつまらない人生の始まりですよ。その前にちょっと楽しんじゃいませんか?」
「いや、本当にそういうの苦手で……」
牧田は、指でコツコツと机をリズムよく叩いた。
その顔にはじれったそうな表情が浮かんでいる。
「恋愛とか苦手なのは分かりますけど、その結果がこれなんですよ。売れ残って、会社に男をあてがわれるのを、どう思ってます?」
「確かに、それは嫌だけど」
「それに、食わず嫌いなんですよ。一度恋愛の楽しさを知ってしまったら、ずっとしてこなかったのを後悔すると思いますよ」
彼の言うことはもっともな部分もある。
恋愛はしてこなかったし、今、部長とこうやって関係をもって……自分の感情が、こんなに動くんだ、ということを自覚させられている。
「でも合コンとかは……それに、俺には……」
「分かりましたよ。でもちょっと合コンって言葉にとらわれ過ぎじゃないかな。……まあ、合コンは諦めます。それはそうと、明日の部の飲み会はちゃんと来てくださいよ」
「もちろん、部の飲み会は行くよ」
「部長が出張中だから安い店ですけど、その分羽を伸ばせますね」
「ははは」
そこで、ピン! と着信音が響いた。
送信者は<桐生晃(エンタープライズ事業本部 統括部長)>となっている。
《kiryuu:通話できるか?》
瀬名に見えないように、ノートパソコンの位置を微妙に変えつつ、俺はそのメッセージに急いで返信した。
《wataru:まだ瀬名が残ってます》
「こんな時間にチャット? 誰ですか?」
「部長だよ」
「そうか、ニューヨークは朝ですもんね。相変わらず仕事の鬼だな。よく付き合えますね」
《kiryuu:通話できるようになったら言ってくれ。待っている》
《wataru:でも、もうすぐ仕事なのに》
《kiryuu:お前と話さないと仕事にならない》
そのメッセージに、胸に電流が走った。
どういう意味だろう。熱い、恋愛のメッセージのように見える。
でも、もう24時間はとっくに経過しているのに。
カタカタッとキーボードをたたく俺に、瀬名は腕を組んだ。
「返信するからだめなんですよ。もう定時過ぎてるんですから、明日にすれば」
「うん、これが終わったら帰るから。瀬名くんも、もう帰ったほうがいいよ」
「仕事の邪魔しちゃってますよね、すいません。じゃあ俺、帰るんで」
「気を付けてね」
ブブッと瀬名の私用携帯が揺れた。
「おっ、彼氏からだ。牧田さんにもこういう楽しみを味わってほしいのに」
「気持ちは受け取っておくから」
「はぁ~、本当に、体験してみたらわかるのになぁ」
瀬名はため息をつきながら「お疲れさまっしたー」と帰っていった。
本当に悪い子ではないが、放っておいて欲しい。
俺は急いでイヤホンを付けて、チャットで《通話OKです》と送った――瞬間、着信があった。
コンマ数秒の反応の良さにどきどきしながら、俺は通話ボタンを押した。
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