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「……というわけで、お父様。シビラの婚約破棄の件ですが、全面的に白紙撤回。むしろ婚姻を早めることで合意しました」
王宮の奥深く、国王の執務室。
アルフォンス殿下は、こともなげにそう報告した。
デスクの向こう側で、威厳たっぷりに座る国王陛下が「ほう」と眉を上げる。
(違う、そうじゃないんです陛下! 今の報告には重大な虚偽が含まれていますわ!)
シビラは隣で膝を突きながら、心の中で激しく抗議した。
合意なんてしていない。あれは一方的な通告だ。ブラック企業の社長が、辞表を出した社員を「君、来月から部長ね」と強引に引き止めるような暴挙である。
「待ってください、陛下! 私は……私はリュミエール様に、精神的苦痛を与えたのです。先ほど殿下も、大衆の前で私の罪状を読み上げられたではありませんか!」
シビラは必死に食い下がる。
ここで陛下に「不届き者め!」と言ってもらえれば、まだ望みはある。
「うむ。アルフォンス、先ほどのパーティーでの騒ぎは耳に入っている。シビラ嬢が、リュミエール嬢を執務室に三日三晩監禁したというのは、事実か?」
「はい! 事実でございます! 私は彼女に、寝る間も惜しんで膨大な量の書類を処理させたのです! これこそ、貴族令嬢としてあるまじき虐待ではありませんか!」
シビラは胸を張って答えた。
さあ、言って。早く「そんな残酷な女は王宮から出ていけ」と言って。
しかし、陛下は深く溜息をつくと、なぜか慈愛に満ちた目でシビラを見つめた。
「……シビラ嬢。お前のその『厳しさ』こそが、今のこの国に必要なのだ。あの怠慢な財務官たちでさえ一週間かかる予算の組み直しを、わずか三日で終わらせるよう指導したというのだろう? それは虐待ではなく、奇跡の教育術だ」
「えっ」
「リュミエール嬢からも先ほど手紙が届いた。『シビラ様のおかげで、自分の限界を超えた景色を見ることができました。一生ついていきます』とな。お前は彼女に、労働の喜びを教えたのだな」
(違う。彼女がちょっと労働のしすぎで、脳内麻薬が出ちゃってるだけですわ陛下!)
シビラは頭を抱えた。
リュミエールは天才すぎて、過酷な環境を「自分の成長のための修行」と捉えてしまったらしい。
「陛下! それだけではありません。私は彼女の私物を隠し、高価な魔導具を無理やり押し付けたのです! これは贅沢の強要……」
「シビラ、もういいんだ」
アルフォンスが、シビラの肩を優しく抱き寄せる。
その手には、絶対に逃がさないという強い力がこもっていた。
「父上も見ての通り、彼女はあまりにも謙虚なんです。自分の功績を、わざわざ『悪事』と称して隠そうとする。これほど王妃にふさわしい奥ゆかしい女性が、他にいるでしょうか?」
「いかにも。シビラ嬢、お前がこれほどまでに国を思い、後進の育成に励んでいたとは知らなかった。これまでの苦労、報いねばなるまい」
陛下は満足げに頷くと、傍らに控えていた文官に告げた。
「シビラ嬢に、王宮内の第一執務室の使用権を与えよ。さらに、全省庁の書類の閲覧権限を付与する。彼女がより円滑に、次世代の官僚たちを教育できるようにな」
「……は?」
シビラは耳を疑った。
閲覧権限? 第一執務室?
それは、今まで以上に働けということではないか。
「おめでとう、シビラ。これで君の指導を仰ぎたいという若手官僚たちが、行列を作って待つことになるね」
「殿下……。私は、隠居したいと言ったはずですが……」
「おや、そんな話は聞いていないな。君の言っていた『自由になりたい』というのは、『もっと権限を増やして自由に国を動かしたい』という意味だろう? ちゃんと察しているよ」
(察し方が最悪ですわ! 誰か、この有能すぎる王子を止めて!)
シビラの理想とする「自堕落な隠居生活」は、もはや蜃気楼のように遠のいている。
断罪されるはずのパーティーは、蓋を開けてみれば「シビラ有能説」を公式が追認するだけのイベントに成り下がっていた。
「陛下、もう一度だけ……! 私は本当に、性格が歪んでいるんです! 今日も、殿下を困らせるために、わざと宝石店で一番高いネックレスを注文したんですのよ!」
「ほう、それはいい。王妃となる者が、自国の経済を回すのは良いことだ。その店は私の馴染みだ、領収書は王宮に回しておけ」
「……っ!」
何を言っても、すべて「良い方向」に解釈されてしまう。
これが有能すぎる者の悲劇なのか。
シビラは、冷たい床に膝をつき、天を仰いだ。
「ああ……。私の朝寝坊プランが、バカンス計画が……」
「シビラ、早速だけど、来週の外交官との会食の資料、目を通しておいてくれるかな? 君の意見がないと、僕は不安で夜も眠れないんだ」
「殿下の不眠症なんて知ったことではありませんわ! 私は今すぐ、永遠に眠りたいんですの!」
「ははは、相変わらず冗談が上手いな。さあ、執務室へ行こうか。君の大好きな高級茶葉と、新作の焼き菓子を用意させてあるから」
(……食べ物の誘惑に、負けてたまるもんですか……!)
しかし、シビラの胃袋は、あまりにも正直に反応してしまう。
有能な王子に腕を引かれ、シビラは絶望の表情(と、わずかな食欲)を浮かべながら、再びブラックな職場へと連行されていくのだった。
王宮の奥深く、国王の執務室。
アルフォンス殿下は、こともなげにそう報告した。
デスクの向こう側で、威厳たっぷりに座る国王陛下が「ほう」と眉を上げる。
(違う、そうじゃないんです陛下! 今の報告には重大な虚偽が含まれていますわ!)
シビラは隣で膝を突きながら、心の中で激しく抗議した。
合意なんてしていない。あれは一方的な通告だ。ブラック企業の社長が、辞表を出した社員を「君、来月から部長ね」と強引に引き止めるような暴挙である。
「待ってください、陛下! 私は……私はリュミエール様に、精神的苦痛を与えたのです。先ほど殿下も、大衆の前で私の罪状を読み上げられたではありませんか!」
シビラは必死に食い下がる。
ここで陛下に「不届き者め!」と言ってもらえれば、まだ望みはある。
「うむ。アルフォンス、先ほどのパーティーでの騒ぎは耳に入っている。シビラ嬢が、リュミエール嬢を執務室に三日三晩監禁したというのは、事実か?」
「はい! 事実でございます! 私は彼女に、寝る間も惜しんで膨大な量の書類を処理させたのです! これこそ、貴族令嬢としてあるまじき虐待ではありませんか!」
シビラは胸を張って答えた。
さあ、言って。早く「そんな残酷な女は王宮から出ていけ」と言って。
しかし、陛下は深く溜息をつくと、なぜか慈愛に満ちた目でシビラを見つめた。
「……シビラ嬢。お前のその『厳しさ』こそが、今のこの国に必要なのだ。あの怠慢な財務官たちでさえ一週間かかる予算の組み直しを、わずか三日で終わらせるよう指導したというのだろう? それは虐待ではなく、奇跡の教育術だ」
「えっ」
「リュミエール嬢からも先ほど手紙が届いた。『シビラ様のおかげで、自分の限界を超えた景色を見ることができました。一生ついていきます』とな。お前は彼女に、労働の喜びを教えたのだな」
(違う。彼女がちょっと労働のしすぎで、脳内麻薬が出ちゃってるだけですわ陛下!)
シビラは頭を抱えた。
リュミエールは天才すぎて、過酷な環境を「自分の成長のための修行」と捉えてしまったらしい。
「陛下! それだけではありません。私は彼女の私物を隠し、高価な魔導具を無理やり押し付けたのです! これは贅沢の強要……」
「シビラ、もういいんだ」
アルフォンスが、シビラの肩を優しく抱き寄せる。
その手には、絶対に逃がさないという強い力がこもっていた。
「父上も見ての通り、彼女はあまりにも謙虚なんです。自分の功績を、わざわざ『悪事』と称して隠そうとする。これほど王妃にふさわしい奥ゆかしい女性が、他にいるでしょうか?」
「いかにも。シビラ嬢、お前がこれほどまでに国を思い、後進の育成に励んでいたとは知らなかった。これまでの苦労、報いねばなるまい」
陛下は満足げに頷くと、傍らに控えていた文官に告げた。
「シビラ嬢に、王宮内の第一執務室の使用権を与えよ。さらに、全省庁の書類の閲覧権限を付与する。彼女がより円滑に、次世代の官僚たちを教育できるようにな」
「……は?」
シビラは耳を疑った。
閲覧権限? 第一執務室?
それは、今まで以上に働けということではないか。
「おめでとう、シビラ。これで君の指導を仰ぎたいという若手官僚たちが、行列を作って待つことになるね」
「殿下……。私は、隠居したいと言ったはずですが……」
「おや、そんな話は聞いていないな。君の言っていた『自由になりたい』というのは、『もっと権限を増やして自由に国を動かしたい』という意味だろう? ちゃんと察しているよ」
(察し方が最悪ですわ! 誰か、この有能すぎる王子を止めて!)
シビラの理想とする「自堕落な隠居生活」は、もはや蜃気楼のように遠のいている。
断罪されるはずのパーティーは、蓋を開けてみれば「シビラ有能説」を公式が追認するだけのイベントに成り下がっていた。
「陛下、もう一度だけ……! 私は本当に、性格が歪んでいるんです! 今日も、殿下を困らせるために、わざと宝石店で一番高いネックレスを注文したんですのよ!」
「ほう、それはいい。王妃となる者が、自国の経済を回すのは良いことだ。その店は私の馴染みだ、領収書は王宮に回しておけ」
「……っ!」
何を言っても、すべて「良い方向」に解釈されてしまう。
これが有能すぎる者の悲劇なのか。
シビラは、冷たい床に膝をつき、天を仰いだ。
「ああ……。私の朝寝坊プランが、バカンス計画が……」
「シビラ、早速だけど、来週の外交官との会食の資料、目を通しておいてくれるかな? 君の意見がないと、僕は不安で夜も眠れないんだ」
「殿下の不眠症なんて知ったことではありませんわ! 私は今すぐ、永遠に眠りたいんですの!」
「ははは、相変わらず冗談が上手いな。さあ、執務室へ行こうか。君の大好きな高級茶葉と、新作の焼き菓子を用意させてあるから」
(……食べ物の誘惑に、負けてたまるもんですか……!)
しかし、シビラの胃袋は、あまりにも正直に反応してしまう。
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