隠居したいのでいい加減、婚約破棄してくれませんか?

小梅りこ

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「……もう無理ですわ。働きません。一歩も動きません。私は今日から、ただの動かない置物になりますわよ!」


王宮の裏庭、美しく手入れされたガゼボ。


シビラは真昼間から、最高級の寝椅子に寝そべり、ふてぶてしく宣言した。


目の前には、午後の執務を抜け出してきたアルフォンス殿下が立っている。


「おや、置物にしては随分と艶やかで美しいな。噴水の女神像と入れ替えても、誰も文句は言わないだろう」


「嫌味は結構ですわ! 見てください、この真っ白な手! 今日は指一本、ペンを握っておりませんの! これこそが、国を愛さぬ堕落した悪女の姿ですわよ!」


シビラは誇らしげに、書類のインク汚れ一つない手を見せつけた。


有能だの聖女だのと持ち上げられるから、仕事が増えるのだ。


ならば、究極の「怠慢」を見せつければいい。


「リュミエール様にも言っておきましたわ。『私はもう疲れたから、あとの国家予算の調整は全部一人でやりなさい』と! 今頃彼女は、私の無責任さに涙を流して絶望しているはずですわ!」


「……いや、彼女ならさっき『シビラ様から自立を促すための最終試験をいただきました! 私の成長を信じてくださっているんですね!』と、鼻血を出しながら書類の山にダイブしていたよ」


「あの天才児の思考回路、一回バラバラにして組み直したいですわ……っ!」


シビラは枕を叩いた。


何をやっても「愛のムチ」に変換される。ならば、標的を王子本人に変えるしかない。


「殿下! とにかく私は、王妃の公務を放棄します! 毎日昼まで寝て、午後は宝石を眺め、夜は美食に溺れる。そんな自堕落な女、お嫌いでしょう? 愛想が尽きたでしょう?」


「いいや。むしろ、ようやく君が『自分へのご褒美』を受け入れる気になってくれて、僕は嬉しいよ」


アルフォンスは優雅に微笑むと、背後に控えていたカイルに合図を送った。


カイルが差し出したのは、銀のトレイに乗った数枚のパンフレットだった。


「……なんですの、これ?」


シビラが不審げに手に取ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。


『南国リゾート・隠居用プライベートアイランド』
『最新建築・朝寝坊専用の防音魔法付き離宮』
『一生働かなくていい・王家直轄の終身年金プラン』


「なっ……!?」


「君がずっと隠居したがっていたのは知っている。だから、僕が本気で君にふさわしい『隠居先』をリストアップしておいたんだ。どれも最高級の物件ばかりだよ」


シビラの瞳が、かつてないほど激しく輝いた。


(これ……! これこそが私の求めていた楽園! しかも王家公認!?)


「殿下……! 話が分かるようになりましたのね! では、私はこの一番下の『孤島の別荘』を……」


「ああ、いいよ。ただし、条件がある」


アルフォンスは、シビラの頬を指先でなぞった。


その瞳は、獲物を罠に誘い込む猟師のように、甘く、そして鋭い。


「その隠居生活には、必ず『僕』を同行させること。そして、毎日最低一時間は、僕と愛を語らう時間を設けること。これが、この隠居パッケージの利用条件だ」


「…………はい?」


シビラは固まった。


「孤島の別荘で、二人きり。執務も、社交も、いじめっ子(のフリ)も必要ない。ただ僕だけを見て過ごす、永遠の休日だ。どうかな、シビラ?」


「……それは、隠居ではなく、ただの『拘束』ではありませんか?」


「心外だな。君は働きたくないんだろう? 僕も、君が働いている姿を見るのは忍びない。だから、二人で仕事を全部放り出して、どこか遠くへ逃げようと言っているんだ」


(この王子……自分が働きたくないからって、私を道連れにする気ですわ!?)


いや、違う。彼の目は本気だ。


シビラを逃がすくらいなら、国ごと放り出しても構わないという、狂気じみた愛の形。


「殿下、正気に戻ってください! あなたが隠居してどうするんですの! この国は誰が守るんです!?」


「リュミエール嬢がいるじゃないか。君が完璧に育て上げた、あの『有能な後釜』が」


「……あ」


シビラは、自分の首を自分で絞めていたことに気づいた。


彼女がリュミエールを有能にすればするほど、アルフォンスが「自分の代わり」として彼女を使い、自分たちは自由になれる――という理屈が成立してしまう。


「さあ、シビラ。契約書にサインを。これを書けば、明日から君は仕事から解放される。その代わり、僕の腕からも一生解放されないけれどね」


「……くっ、この卑怯者! 私の『一人で楽しむ自堕落な隠居』という夢を、甘い毒で汚しましたわね!」


「褒め言葉として受け取っておくよ。さあ、どうする? サインするか、それとも今まで通り、僕の隣で一生馬車馬のように働くか。二つに一つだ」


(どっちを選んでも地獄(天国付き)じゃないのよ!!)


シビラは、目の前に突きつけられた「究極の選択」に、これまでにないほど激しく悶絶した。


有能すぎる王子のカウンターは、シビラの弱点を的確に、そして最も残酷な形で撃ち抜いてきたのである。
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