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「……ふふ、ふふふ。追えるものなら追ってごらんなさい、アルフォンス殿下!」
王宮を脱出して三日。シビラは、国境近くの深い森にひっそりと佇む「聖セレスティア修道院」の門前に立っていた。
ここは戒律が厳しいことで知られ、一度門を潜れば王族といえども容易には干渉できない、いわば治外法権の聖域。
質素な麻の法衣に身を包み、贅沢を捨て、祈りと労働に明け暮れる日々。
(それこそが私の求めていた『究極の隠居』! 誰にも邪魔されず、静かに、そしてダラダラと過ごすのですわ!)
シビラは固く閉ざされた鉄の門を、力いっぱい叩いた。
「開けなさい! 私は罪深き公爵令嬢シビラですわ! 自らの過ちを悔い、この身を神に捧げるために参りましたの! さあ、早く私を一番汚くて狭い独房へ閉じ込めてちょうだい!」
バタン、と小さな覗き窓が開いた。
中から顔を出した年配の修道女が、シビラの顔を見るなり、目を見開いて絶叫した。
「……お、おおお! このお方は……もしや、聖女シビラ様ではございませんか!?」
「はい? 聖女? いえ、私は悪役令嬢……」
「門を開けなさい! 我らが修道院の救世主、シビラ様がお見えよ!」
轟音とともに門が開き、中から数十人の修道女たちが飛び出してきた。彼女たちはシビラの周囲を取り囲むと、拝むように手を合わせ、涙を流し始めた。
「お待ちしておりました! シビラ様が三年前、節税……いえ、匿名で寄付してくださった多額の資金のおかげで、この修道院は生まれ変わったのです!」
「……三年前? ああ、あの持て余していた裏金を適当に放り投げた時の……」
シビラは嫌な予感を抱きながら、修道女たちに促されて中へと足を踏み入れた。
そこにあったのは、シビラの想像していた「質素で陰気な修道院」ではなかった。
「……なんですの、この床は。大理石? しかも、ほんのり温かい……?」
「はい! シビラ様が考案された『魔導式床暖房』を全館に完備いたしました。おかげで冬の祈りも快適です!」
「あちらに見える、あの巨大なガラス張りの建物は……?」
「シビラ様の寄付で建てた、全自動薬草栽培温室です! 労働時間が五分の一に短縮され、今では修道女全員、午後はティータイムを楽しんでおりますの!」
シビラは目眩を覚えた。
案内された「独房」は、王宮の自室よりも日当たりが良く、最高級の羽毛布団が備え付けられたスイートルームのような空間だった。
「……あ、あの。私は、労働に明け暮れる厳しい生活を求めてきたのですが」
「まあ、シビラ様ったらお冗談を! シビラ様が作ってくださった『修道院経営マニュアル』のおかげで、ここは今や、国内屈指の黒字経営。労働なんて、ロボット……いえ、魔導人形がすべてやってくれますわ!」
(自分の有能さが、過去の自分を殺しに来ている……!)
シビラは絶望のあまり、ふかふかのベッドに倒れ込んだ。
ここなら隠居はできる。だが、これは「悪役令嬢としての罰」ではなく、ただの「豪華なバカンス」だ。これでは殿下に連れ戻される口実を与えてしまう。
その時、部屋の扉がノックもなしに開かれた。
「……やあ、シビラ。やはりここにいたんだね」
聞き慣れた、そして今一番聞きたくない声。
アルフォンス殿下が、なぜか修道騎士のような格好をして立っていた。
「で、殿下!? どうしてここが分かったのですわ!?」
「この修道院の会計監査役は、僕の息がかかった者だと忘れたのかい? それにしてもシビラ、君は本当に素晴らしいな。こんな辺境の修道院まで、最新技術を導入してパラダイスに変えていたなんて」
アルフォンスはシビラの隣に腰を下ろすと、その手を取って優しく微笑んだ。
「院長から聞いたよ。君が『一番狭い部屋で、一歩も外に出たくない』と言ったそうじゃないか。そんなに僕と二人きりになりたかったのかい?」
「……一言もそんなことは言っておりませんわ!」
「照れなくていい。この修道院は今日から、王家の直轄保養所に指定された。つまり、僕と君の『婚前旅行』の場として完璧に整ったというわけだ」
「…………はい?」
シビラは、自分の耳を疑った。
「さあ、シビラ。せっかく床暖房も完備されているんだ。二人でゆっくり、これからの国の予算案について……おっと、愛の言葉について語り合おうじゃないか」
「結局仕事(と愛)が増えてるじゃありませんの!!」
シビラは、ふかふかの枕を王子に向かって投げつけた。
逃げ場を求めてやってきた聖域は、シビラ自身の手によって、逃げ場のない「超快適な檻」へと改造されていたのである。
(三年前の私! 余計な寄付なんてするんじゃありませんわよ!!)
シビラの叫びは、高性能な防音壁に遮られ、誰にも届くことはなかった。
王宮を脱出して三日。シビラは、国境近くの深い森にひっそりと佇む「聖セレスティア修道院」の門前に立っていた。
ここは戒律が厳しいことで知られ、一度門を潜れば王族といえども容易には干渉できない、いわば治外法権の聖域。
質素な麻の法衣に身を包み、贅沢を捨て、祈りと労働に明け暮れる日々。
(それこそが私の求めていた『究極の隠居』! 誰にも邪魔されず、静かに、そしてダラダラと過ごすのですわ!)
シビラは固く閉ざされた鉄の門を、力いっぱい叩いた。
「開けなさい! 私は罪深き公爵令嬢シビラですわ! 自らの過ちを悔い、この身を神に捧げるために参りましたの! さあ、早く私を一番汚くて狭い独房へ閉じ込めてちょうだい!」
バタン、と小さな覗き窓が開いた。
中から顔を出した年配の修道女が、シビラの顔を見るなり、目を見開いて絶叫した。
「……お、おおお! このお方は……もしや、聖女シビラ様ではございませんか!?」
「はい? 聖女? いえ、私は悪役令嬢……」
「門を開けなさい! 我らが修道院の救世主、シビラ様がお見えよ!」
轟音とともに門が開き、中から数十人の修道女たちが飛び出してきた。彼女たちはシビラの周囲を取り囲むと、拝むように手を合わせ、涙を流し始めた。
「お待ちしておりました! シビラ様が三年前、節税……いえ、匿名で寄付してくださった多額の資金のおかげで、この修道院は生まれ変わったのです!」
「……三年前? ああ、あの持て余していた裏金を適当に放り投げた時の……」
シビラは嫌な予感を抱きながら、修道女たちに促されて中へと足を踏み入れた。
そこにあったのは、シビラの想像していた「質素で陰気な修道院」ではなかった。
「……なんですの、この床は。大理石? しかも、ほんのり温かい……?」
「はい! シビラ様が考案された『魔導式床暖房』を全館に完備いたしました。おかげで冬の祈りも快適です!」
「あちらに見える、あの巨大なガラス張りの建物は……?」
「シビラ様の寄付で建てた、全自動薬草栽培温室です! 労働時間が五分の一に短縮され、今では修道女全員、午後はティータイムを楽しんでおりますの!」
シビラは目眩を覚えた。
案内された「独房」は、王宮の自室よりも日当たりが良く、最高級の羽毛布団が備え付けられたスイートルームのような空間だった。
「……あ、あの。私は、労働に明け暮れる厳しい生活を求めてきたのですが」
「まあ、シビラ様ったらお冗談を! シビラ様が作ってくださった『修道院経営マニュアル』のおかげで、ここは今や、国内屈指の黒字経営。労働なんて、ロボット……いえ、魔導人形がすべてやってくれますわ!」
(自分の有能さが、過去の自分を殺しに来ている……!)
シビラは絶望のあまり、ふかふかのベッドに倒れ込んだ。
ここなら隠居はできる。だが、これは「悪役令嬢としての罰」ではなく、ただの「豪華なバカンス」だ。これでは殿下に連れ戻される口実を与えてしまう。
その時、部屋の扉がノックもなしに開かれた。
「……やあ、シビラ。やはりここにいたんだね」
聞き慣れた、そして今一番聞きたくない声。
アルフォンス殿下が、なぜか修道騎士のような格好をして立っていた。
「で、殿下!? どうしてここが分かったのですわ!?」
「この修道院の会計監査役は、僕の息がかかった者だと忘れたのかい? それにしてもシビラ、君は本当に素晴らしいな。こんな辺境の修道院まで、最新技術を導入してパラダイスに変えていたなんて」
アルフォンスはシビラの隣に腰を下ろすと、その手を取って優しく微笑んだ。
「院長から聞いたよ。君が『一番狭い部屋で、一歩も外に出たくない』と言ったそうじゃないか。そんなに僕と二人きりになりたかったのかい?」
「……一言もそんなことは言っておりませんわ!」
「照れなくていい。この修道院は今日から、王家の直轄保養所に指定された。つまり、僕と君の『婚前旅行』の場として完璧に整ったというわけだ」
「…………はい?」
シビラは、自分の耳を疑った。
「さあ、シビラ。せっかく床暖房も完備されているんだ。二人でゆっくり、これからの国の予算案について……おっと、愛の言葉について語り合おうじゃないか」
「結局仕事(と愛)が増えてるじゃありませんの!!」
シビラは、ふかふかの枕を王子に向かって投げつけた。
逃げ場を求めてやってきた聖域は、シビラ自身の手によって、逃げ場のない「超快適な檻」へと改造されていたのである。
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