13 / 26
13
しおりを挟む
「……やはり、最後に信じられるのは愛ではなく『金』。これに尽きますわ!」
アルフォンス殿下の「本気の甘やかし」に胃もたれを起こしたシビラは、自室の地下にある隠し部屋で、帳簿を広げて目を血走らせていた。
今回の作戦は、単なる嫌がらせではない。隠居後の「絶対的な安全」を確保するための軍資金稼ぎである。
(王家に没収された隠し財産なんて、私の資産の氷山の一角に過ぎませんわ。こうなったら、偽名を使って市場を支配し、国中の富を吸い上げてやりますわよ!)
シビラはすでに、信頼できる(金で縛り上げた)商人たちを通じて、正体不明の商会『レッド・フォックス』を立ち上げていた。
「……お呼びでしょうか、会長」
暗闇から姿を現したのは、シビラがかつて救い(こき使い)、今では忠実な番頭となった男、ロベルトだ。
「ええ。ロベルト、準備はいいかしら? 今すぐ国内の『羊毛』と『保存食』を買い占めなさい。市場価格の二割増しでも構わないわ」
「……買い占め、ですか? それでは民衆の生活が苦しくなりますが……」
「それが狙いですわ! 私が市場を独占し、価格を吊り上げれば、私は『強欲な死の商人』として歴史に名を刻むことになりますわよ。教皇様が黙っていないはずですわ。そうすれば、婚約破棄なんて朝飯前ですわ!」
シビラは扇で口元を隠し、暗い部屋で「おーほっほっほ!」と高笑いした。
これぞ悪役。これぞ、国の経済を揺るがす稀代の悪女。
(買い占めた物資は、価格が高騰したところで他国に高値で売り払い、その利益で南の島を買い取ってやるんですの!)
一週間後。
シビラは、王宮の執務室で「そろそろ暴動の報告が来るかしら?」とワクワクしながら待っていた。
しかし、飛び込んできたのは、顔を青ざめさせたカイルだった。
「シビラ様! 大変です! 隣国のバルバロス帝国が、我が国に対して突然の『食料および衣類』の輸出禁止を宣言しました!」
「……えっ?」
「本来なら、我が国の北部領民は今冬、凍死と飢餓の危機に瀕するところでした。……ところが!」
カイルは、シビラの手を握りしめんばかりの勢いで詰め寄った。
「正体不明の『レッド・フォックス商会』が、事前に大量の物資を備蓄していたおかげで、国中の供給が安定しているのです! それどころか、商会は備蓄分を『定価』で放出し始めました! 国民は今、謎の商会長を『救国の慈父』と呼んで讃えています!」
「……定価? ちょっと待ちなさい、ロベルトに『二倍の値段で売れ』と指示したはずよ!?」
「いえ、商会長からのメッセージが届いています。『今は利益よりも、顧客(国民)の生存を優先する。これこそが真の投資である』と……。なんて先見の明だ! 殿下も陛下も、この商会のバックにいるのは誰かと、血眼になって探しておられます!」
シビラは、椅子から転げ落ちそうになった。
(ロベルト……! あなた、私の指示を勝手に『高度な経営戦略』に翻訳したわね!?)
そこへ、アルフォンス殿下が満面の笑みで入ってきた。
「シビラ! 聞いたよ。君が裏で動かしていた商会が、国を救ったんだってね」
「……なぜ、私が『レッド・フォックス』の会長だと分かったのですわ?」
「君以外に、帝国の輸出禁止を三手先まで読んで、完璧なタイミングで物資を買い占められる人間がこの国にいると思うかい? 流石だよ、シビラ。君は自分の私産を投げ打ってまで、この国を守ろうとしたんだね」
「違いますわ! 私は、私腹を肥やそうとしただけで……!」
「ははは、相変わらず照れ屋だな。君が『二倍の値段で売れ』とロベルトに言ったのも、万が一の際の『調整金』として確保するためだったんだろう? 結局すべて還元したと聞いて、僕は君の清廉潔白さに改めて惚れ直したよ」
アルフォンスはシビラの額に、優しく口づけをした。
「陛下も感激しておられたよ。『シビラ嬢には、国家経済顧問の称号と、商売による利益の非課税権を与えよう』とな」
「非課税……。つまり、稼げば稼ぐほど、国が私を逃さなくなるということではありませんか……!」
「その通りだ。君はもう、この国の心臓そのものなんだよ。シビラ」
シビラは、自分の有能さが生み出した「救国の英雄」という名の巨大な鎖に、全身を縛り付けられたような心地がした。
「……ロベルト。今すぐ、あの番頭をクビにして差し上げますわ……っ!」
「無理だよ、シビラ。彼は今、君のことを『生ける経済の神』と呼んで、執務室に君の肖像画を飾っているらしいからね」
(私の周囲には、まともな部下はいないんですの!?)
シビラの隠居資金は、非課税権という最強のブーストを得て爆発的に膨れ上がった。しかし、それを「自由に使う権利」だけが、どこにも見当たらなかった。
アルフォンス殿下の「本気の甘やかし」に胃もたれを起こしたシビラは、自室の地下にある隠し部屋で、帳簿を広げて目を血走らせていた。
今回の作戦は、単なる嫌がらせではない。隠居後の「絶対的な安全」を確保するための軍資金稼ぎである。
(王家に没収された隠し財産なんて、私の資産の氷山の一角に過ぎませんわ。こうなったら、偽名を使って市場を支配し、国中の富を吸い上げてやりますわよ!)
シビラはすでに、信頼できる(金で縛り上げた)商人たちを通じて、正体不明の商会『レッド・フォックス』を立ち上げていた。
「……お呼びでしょうか、会長」
暗闇から姿を現したのは、シビラがかつて救い(こき使い)、今では忠実な番頭となった男、ロベルトだ。
「ええ。ロベルト、準備はいいかしら? 今すぐ国内の『羊毛』と『保存食』を買い占めなさい。市場価格の二割増しでも構わないわ」
「……買い占め、ですか? それでは民衆の生活が苦しくなりますが……」
「それが狙いですわ! 私が市場を独占し、価格を吊り上げれば、私は『強欲な死の商人』として歴史に名を刻むことになりますわよ。教皇様が黙っていないはずですわ。そうすれば、婚約破棄なんて朝飯前ですわ!」
シビラは扇で口元を隠し、暗い部屋で「おーほっほっほ!」と高笑いした。
これぞ悪役。これぞ、国の経済を揺るがす稀代の悪女。
(買い占めた物資は、価格が高騰したところで他国に高値で売り払い、その利益で南の島を買い取ってやるんですの!)
一週間後。
シビラは、王宮の執務室で「そろそろ暴動の報告が来るかしら?」とワクワクしながら待っていた。
しかし、飛び込んできたのは、顔を青ざめさせたカイルだった。
「シビラ様! 大変です! 隣国のバルバロス帝国が、我が国に対して突然の『食料および衣類』の輸出禁止を宣言しました!」
「……えっ?」
「本来なら、我が国の北部領民は今冬、凍死と飢餓の危機に瀕するところでした。……ところが!」
カイルは、シビラの手を握りしめんばかりの勢いで詰め寄った。
「正体不明の『レッド・フォックス商会』が、事前に大量の物資を備蓄していたおかげで、国中の供給が安定しているのです! それどころか、商会は備蓄分を『定価』で放出し始めました! 国民は今、謎の商会長を『救国の慈父』と呼んで讃えています!」
「……定価? ちょっと待ちなさい、ロベルトに『二倍の値段で売れ』と指示したはずよ!?」
「いえ、商会長からのメッセージが届いています。『今は利益よりも、顧客(国民)の生存を優先する。これこそが真の投資である』と……。なんて先見の明だ! 殿下も陛下も、この商会のバックにいるのは誰かと、血眼になって探しておられます!」
シビラは、椅子から転げ落ちそうになった。
(ロベルト……! あなた、私の指示を勝手に『高度な経営戦略』に翻訳したわね!?)
そこへ、アルフォンス殿下が満面の笑みで入ってきた。
「シビラ! 聞いたよ。君が裏で動かしていた商会が、国を救ったんだってね」
「……なぜ、私が『レッド・フォックス』の会長だと分かったのですわ?」
「君以外に、帝国の輸出禁止を三手先まで読んで、完璧なタイミングで物資を買い占められる人間がこの国にいると思うかい? 流石だよ、シビラ。君は自分の私産を投げ打ってまで、この国を守ろうとしたんだね」
「違いますわ! 私は、私腹を肥やそうとしただけで……!」
「ははは、相変わらず照れ屋だな。君が『二倍の値段で売れ』とロベルトに言ったのも、万が一の際の『調整金』として確保するためだったんだろう? 結局すべて還元したと聞いて、僕は君の清廉潔白さに改めて惚れ直したよ」
アルフォンスはシビラの額に、優しく口づけをした。
「陛下も感激しておられたよ。『シビラ嬢には、国家経済顧問の称号と、商売による利益の非課税権を与えよう』とな」
「非課税……。つまり、稼げば稼ぐほど、国が私を逃さなくなるということではありませんか……!」
「その通りだ。君はもう、この国の心臓そのものなんだよ。シビラ」
シビラは、自分の有能さが生み出した「救国の英雄」という名の巨大な鎖に、全身を縛り付けられたような心地がした。
「……ロベルト。今すぐ、あの番頭をクビにして差し上げますわ……っ!」
「無理だよ、シビラ。彼は今、君のことを『生ける経済の神』と呼んで、執務室に君の肖像画を飾っているらしいからね」
(私の周囲には、まともな部下はいないんですの!?)
シビラの隠居資金は、非課税権という最強のブーストを得て爆発的に膨れ上がった。しかし、それを「自由に使う権利」だけが、どこにも見当たらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので……
短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
このお話は小説家になろう様にも掲載しています。
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる