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「……覚悟なさい、アルフォンス殿下。これが私の、最後にして最大の攻撃ですわ!」
昨夜の脱走失敗から一夜。シビラは一睡もせず、一枚の書面を書き上げていた。
それは、公爵令嬢としての権限、そして蓄えてきた知略のすべてを注ぎ込んだ「究極の二択」である。
シビラは堂々と執務室に乗り込み、机を挟んで座るアルフォンスの前に、バサリと二枚の紙を叩きつけた。
「――左にあるのは、私との『婚約解消届』。そして右にあるのは、殿下の『王位継承権放棄、および退位の署名』ですわ!」
アルフォンスは、差し出された書類に目を落とし、片方の眉を上げた。
「ほう。これはまた、穏やかじゃないね」
「穏やかではありませんわよ! 殿下、あなたは常々おっしゃっていますわね。『君がいない国に価値はない』と。……ならば、証明していただきましょう。私を愛するがゆえに国を捨てるか。それとも、国を守るために、不敬で傲慢な私を切り捨てるか!」
シビラは扇を広げ、傲然と言い放った。
(ふふ、勝ったわ。殿下は責任感の塊ですもの。私一人のために、この国を放り出すはずがありませんわ。そうなれば、消去法で『婚約解消』を選ぶしかない! 私は晴れて自由の身、殿下は立派な王様! 完璧な解決策ですわ!)
シビラは内心で勝利の舞を踊っていた。
しかし、アルフォンスは驚くほど迷いのない手つきで、羽根ペンを手に取った。
「……なるほど。僕の愛を試そうというわけだね、シビラ」
「ええ。さあ、どちらに署名されますの? 王冠か、私か。選ぶのですわ!」
アルフォンスは微笑むと、躊躇なく右側の書類――『退位の署名』にペンを走らせた。
「…………はい?」
シビラは、自分の視力が狂ったのかと思った。
「よし、書けたよ。これで僕は今日からただの『アルフォンス』だ。王位も、義務も、全部父上と弟に投げ出してきた。……さあシビラ、約束通り、君と一緒に隠居しようじゃないか」
「な、ななな、何を言っていますの!? 殿下、正気ですか!? 国を捨てるなんて、一国の王子がすることではありませんわよ!」
「君が選べと言ったんだろう? 僕は君を選んだ。それだけのことだ。……さあ、早速荷物をまとめて、昨日君が逃げようとしたあの森へ行こうか。二人きりで自給自足の生活、それもまた趣があっていい」
(違う! そうじゃないのよ! 私はあなたに国を守ってほしかったのよ!)
シビラは青ざめた。
王位を捨てた王子と、婚約破棄されなかった(どころか執着が増した)元公爵令嬢。
そんな二人が一緒に隠居したところで、待っているのは「王子の世話」という名の、さらなる重労働ではないか。
そこへ、扉が勢いよく開き、リュミエールが泣きながら飛び込んできた。
「殿下! 本当に署名しちゃったんですか!? シビラ様! 大変です、王宮が大パニックですわ!」
「リュミエール様! そうでしょう、早く殿下を止めて……」
「いいえ! パニックの内容が違います! 陛下が『アルフォンスが辞めるなら、私も隠居する! あとはリュミエール、お前がやれ!』と叫んで、荷物をまとめて旅立たれました!」
「……陛下まで!? っていうか、リュミエール様に丸投げ!?」
「はい! 現在、私が暫定的に『臨時摂政』に就任いたしました! ……ああっ、シビラ様! 私、一人では不安です! 殿下が無職になったのなら、その分シビラ様が私の『最高顧問』として、二十四時間体制で私を支えてください!」
リュミエールはシビラの両手を握り、これまでにないほどの力で詰め寄った。
「殿下は無職。陛下は失踪。国を回せるのは私とシビラ様だけ……。さあ、シビラ様! 新しい国の形、二人で一から作り上げましょう!」
「……無職になった元王子はどうするんですの?」
「もちろん、シビラ様の『専属秘書』として、お茶汲みと肩揉みを徹底させます! これでシビラ様の執務環境は完璧ですわ!」
(……ああ、もう。私の周りには、ブレーキという言葉を知っている人間が一人もいないのかしら……)
シビラが突きつけた「究極の二択」は、王家全体の「隠居ドミノ」を引き起こした。
結果として、彼女は「王妃」という立場以上の、さらに逃げ場のない「国家の柱」へと祭り上げられてしまったのだ。
「シビラ、嬉しいよ。これでようやく、肩書きを気にせず君を愛せる。……さあ、秘書としての最初の仕事だ。君の膝枕を要求してもいいかな?」
「……一文字も仕事が進まないでしょうが!!」
シビラの絶叫は、新しい時代の幕開けを告げる鐘の音のように、王宮中に鳴り響いた。
昨夜の脱走失敗から一夜。シビラは一睡もせず、一枚の書面を書き上げていた。
それは、公爵令嬢としての権限、そして蓄えてきた知略のすべてを注ぎ込んだ「究極の二択」である。
シビラは堂々と執務室に乗り込み、机を挟んで座るアルフォンスの前に、バサリと二枚の紙を叩きつけた。
「――左にあるのは、私との『婚約解消届』。そして右にあるのは、殿下の『王位継承権放棄、および退位の署名』ですわ!」
アルフォンスは、差し出された書類に目を落とし、片方の眉を上げた。
「ほう。これはまた、穏やかじゃないね」
「穏やかではありませんわよ! 殿下、あなたは常々おっしゃっていますわね。『君がいない国に価値はない』と。……ならば、証明していただきましょう。私を愛するがゆえに国を捨てるか。それとも、国を守るために、不敬で傲慢な私を切り捨てるか!」
シビラは扇を広げ、傲然と言い放った。
(ふふ、勝ったわ。殿下は責任感の塊ですもの。私一人のために、この国を放り出すはずがありませんわ。そうなれば、消去法で『婚約解消』を選ぶしかない! 私は晴れて自由の身、殿下は立派な王様! 完璧な解決策ですわ!)
シビラは内心で勝利の舞を踊っていた。
しかし、アルフォンスは驚くほど迷いのない手つきで、羽根ペンを手に取った。
「……なるほど。僕の愛を試そうというわけだね、シビラ」
「ええ。さあ、どちらに署名されますの? 王冠か、私か。選ぶのですわ!」
アルフォンスは微笑むと、躊躇なく右側の書類――『退位の署名』にペンを走らせた。
「…………はい?」
シビラは、自分の視力が狂ったのかと思った。
「よし、書けたよ。これで僕は今日からただの『アルフォンス』だ。王位も、義務も、全部父上と弟に投げ出してきた。……さあシビラ、約束通り、君と一緒に隠居しようじゃないか」
「な、ななな、何を言っていますの!? 殿下、正気ですか!? 国を捨てるなんて、一国の王子がすることではありませんわよ!」
「君が選べと言ったんだろう? 僕は君を選んだ。それだけのことだ。……さあ、早速荷物をまとめて、昨日君が逃げようとしたあの森へ行こうか。二人きりで自給自足の生活、それもまた趣があっていい」
(違う! そうじゃないのよ! 私はあなたに国を守ってほしかったのよ!)
シビラは青ざめた。
王位を捨てた王子と、婚約破棄されなかった(どころか執着が増した)元公爵令嬢。
そんな二人が一緒に隠居したところで、待っているのは「王子の世話」という名の、さらなる重労働ではないか。
そこへ、扉が勢いよく開き、リュミエールが泣きながら飛び込んできた。
「殿下! 本当に署名しちゃったんですか!? シビラ様! 大変です、王宮が大パニックですわ!」
「リュミエール様! そうでしょう、早く殿下を止めて……」
「いいえ! パニックの内容が違います! 陛下が『アルフォンスが辞めるなら、私も隠居する! あとはリュミエール、お前がやれ!』と叫んで、荷物をまとめて旅立たれました!」
「……陛下まで!? っていうか、リュミエール様に丸投げ!?」
「はい! 現在、私が暫定的に『臨時摂政』に就任いたしました! ……ああっ、シビラ様! 私、一人では不安です! 殿下が無職になったのなら、その分シビラ様が私の『最高顧問』として、二十四時間体制で私を支えてください!」
リュミエールはシビラの両手を握り、これまでにないほどの力で詰め寄った。
「殿下は無職。陛下は失踪。国を回せるのは私とシビラ様だけ……。さあ、シビラ様! 新しい国の形、二人で一から作り上げましょう!」
「……無職になった元王子はどうするんですの?」
「もちろん、シビラ様の『専属秘書』として、お茶汲みと肩揉みを徹底させます! これでシビラ様の執務環境は完璧ですわ!」
(……ああ、もう。私の周りには、ブレーキという言葉を知っている人間が一人もいないのかしら……)
シビラが突きつけた「究極の二択」は、王家全体の「隠居ドミノ」を引き起こした。
結果として、彼女は「王妃」という立場以上の、さらに逃げ場のない「国家の柱」へと祭り上げられてしまったのだ。
「シビラ、嬉しいよ。これでようやく、肩書きを気にせず君を愛せる。……さあ、秘書としての最初の仕事だ。君の膝枕を要求してもいいかな?」
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