隠居したいのでいい加減、婚約破棄してくれませんか?

小梅りこ

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「……そこまでですわ、シビラ・フォン・ノイシュタイン公爵令嬢! あなたの悪行、すべて白日の下に晒させていただきますわ!」


王宮の御前会議。突如として扉を蹴破り、一人の令嬢が乱入してきた。


彼女の名は、ミカエラ・フォン・ブルグ。保守派の重鎮であるブルグ公爵の娘であり、かねてより王妃の座を狙っていると噂の女性だ。


彼女の背後には、数名の憲兵と、苦虫を噛み潰したような顔の文官たちが控えている。


(……あら。この展開、もしや……!)


シビラは内心で小躍りした。


これだ。これこそが、自分が待ち望んでいた「真のライバルによる、決定的な断罪劇」ではないか。


「……ミカエラ様。御前会議の最中に無作法ですわね。私の悪行とは、一体何のことかしら?」


シビラは扇で口元を隠し、わざとらしく冷徹な声を出す。


さあ、来なさい。私の横領、職権乱用、あるいは性格の悪さを、これでもかとぶちまけてちょうだい!


「しらばっくれないで! あなたが偽名を使って運営している『レッド・フォックス商会』! あそこで得た莫大な利益を、国の会計を通さず、秘密の口座へ流している証拠を掴んでいますのよ!」


ミカエラが叩きつけたのは、十数枚の帳簿の写しだった。


「これは、明白な国家資産の私物化ですわ! 陛下! このような強欲な女を王妃に据えれば、この国は数年で食い潰されてしまいます!」


(きたああああ!! 横領! しかも国家反逆レベルの重罪ですわ!)


シビラは感動のあまり、震える手でその帳簿を手に取った。


「……ええ、認めますわ。この口座は私のものです。そこには、数千万ゴールドに及ぶ、国に報告していない資金が眠っておりますの。……さあ、どうされますの、殿下? これでも私を、王妃に選ぶとおっしゃる?」


シビラは勝ち誇った顔で、アルフォンスを見上げた。


これで終わりだ。横領犯を妻にする王子など、歴史に泥を塗るようなもの。今度こそ、私は北の果ての極寒の地へ追放され、そこで誰にも邪魔されずに自給自足の隠居生活を……!


しかし、アルフォンスは帳簿をパラパラと捲ると、ふっと寂しげに笑った。


「……シビラ。君という人は、どこまで無欲なんだ」


「…………はい?」


アルフォンスは、隣に座る財務卿へと帳簿を回した。


財務卿はそれを一目見るなり、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで叫んだ。


「こ、これは……!? シビラ様、この口座に貯められていた資金……すべて『将来の年金制度の設立』と『孤児院への教育支援』に割り振るための、積立金ではありませんか!」


「……は?」


「見てください、この緻密な運用計画! 商会の利益をあえて表に出さず、有事の際の『第二国庫』として運用されていた……。ミカエラ嬢、あなたはなんてことを! シビラ様が命を削って蓄えていた、国民のための守り刀を晒すなんて!」


財務卿は涙を流しながら、ミカエラを糾弾した。


「違うわ! それは……彼女が自分一人で贅沢をするために貯めていたはずよ!」


「ミカエラ様。私はその資金を使って、南の島に『隠居用』の別荘を買うつもりでしたのよ!?」


シビラは必死に反論した。本当だ。あれは私の、私による、私のためのバカンス資金なのだ。


しかし、アルフォンスはシビラの肩を優しく抱き寄せた。


「シビラ……。君が買ったというその『南の島』。……あそこは、海賊の拠点になっていた岩礁だろう? 君がそこを買い取って整備したおかげで、南方の貿易航路の安全が確保されたんだ。……自分の別荘と偽って、国の防衛ラインを整えるなんて。君の愛国心には、僕も頭が下がるよ」


「…………海賊? 防衛ライン?」


「ええ、そうですわシビラ様!」


そこへ、いつの間にかミカエラの背後に回っていたリュミエールが、憲兵から取り上げた書類を突きつけた。


「ミカエラ様が連れてきたこの文官たち、実は隣国のスパイと通じていた汚職役人でしたわ! シビラ様の『秘密口座』を暴くことで、我が国の経済基盤を揺るがそうとしたのですね! ……でも残念! シビラ様の有能さは、悪意すらも国益に変えてしまうのですわ!」


リュミエールは、ミカエラを「フンッ」と鼻で笑い飛ばした。


「シビラ様! このミカエラ様を唆した黒幕も、すでに私の調査で特定済みです! シビラ様の手を煩わせるまでもありませんわ。私が、完膚なきまでに叩き潰して参ります!」


「あ、ちょっと、リュミエール様……!」


「ミカエラ嬢。君の不敬な振る舞いは許されない。……だが、シビラの慈悲深い性格を考えれば、死罪までは望まないだろう。……シビラ、彼女の処遇はどうする?」


アルフォンスがシビラに判断を仰ぐ。


シビラは、自分の「断罪チャンス」を完全に粉砕したミカエラを、恨めしげに見つめた。


(……この女、中途半端に突っついてくるから、かえって私の株が上がってしまったじゃないの!)


「……彼女も、踊らされただけですわ。……どこか、遠い地方の、そう……仕事が山積みで人手が足りない開拓地へでも送ってあげなさいな。彼女なら、きっとそこで『働く喜び』を見つけるはずですわよ」


シビラの言葉に、文官たちが一斉に唱和した。


「「「おお、流石はシビラ様! 罪人にも労働という名の救いを与えられるとは!」」」


「……もう、どうにでもなさい……」


シビラは、もはや怒る気力もなく、椅子に深く沈み込んだ。


どんでん返しの陰謀は、シビラの「救国の聖女」としての伝説をまた一つ増やし、彼女の隠居への扉を鉄板で溶接して閉ざす結果となったのである。


「シビラ。君が国民のために貯めていたというあの裏金……いや、積立金。……結婚式の費用に上乗せしてもいいかな? 国民が、君に盛大なパレードをしてほしいと願っているんだ」


「……私のバカンス資金が、見世物小屋の費用に……っ!」


シビラの絶叫は、歓喜に沸く王宮の喧騒にかき消されていった。
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