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「……今日という日を、私は一生忘れませんわ。なぜなら、今日こそが私の『本当の』自由を手に入れる記念日になるからですの!」
王立アカデミー、卒業パーティー会場。
数週間前、ここでアルフォンス殿下(当時は王子)から婚約破棄を言い渡されるはずだった、因縁の場所である。
シビラは鏡の前で、一切の装飾を排した、地味なグレーのドレスに身を包んでいた。
(ふふ、ふふふ。見てなさい。今日の私は、華やかな公爵令嬢でもなければ、有能な聖女でもありませんわ。ただの、やる気ゼロの退職希望者ですわよ!)
会場には、シビラを崇拝する令嬢たち、彼女に胃袋を掴まれた官僚たち、そして臨時摂政としてバリバリ働くリュミエールの姿があった。
「シビラ様! 今日も素敵ですわ! そのあえて地味な装い……『私は地位や名誉に興味はない、ただ国を愛しているだけ』という、強烈なメッセージを感じますわ!」
「……リュミエール様。深読みを通り越して、もはや妄想の域ですわよ」
シビラは冷ややかに言い放つと、壇上へと歩みを進めた。
アルフォンスは壇上の袖で、相変わらず「専属秘書」として時計を見ながら微笑んでいる。
「さあ、シビラ。国民が、そして僕が、君の言葉を待っているよ」
「ええ。驚かせて差し上げますわ」
シビラはマイク代わりの拡声魔導具を手に取った。会場が静まり返る。
「皆様、お聞きなさい。……私は、本日をもって、すべての公務から身を引かせていただきます! 王妃教育も、国家顧問も、商会の会長も、すべて辞任いたしますわ!」
会場が、ざわめきに包まれた。
「……私は、疲れましたの。これからは、誰にも知られず、どこか遠い場所で、ただひたすらにダラダラと過ごす。それこそが私の本望。……おーほっほっほ! さあ、私を軽蔑しなさい! 責任感のない、無責任な女だと罵るがいいわ!」
シビラは会心の笑みを浮かべた。
(……決まった。これで私は、ただの『逃げ出した女』として歴史に名を残し、自由を謳歌するのよ!)
しかし。
会場のざわめきは、非難ではなく、なぜか嗚咽へと変わっていった。
「……ああ、なんということだ。シビラ様は、あれほどまでに働いて……ご自分の限界まで、私たちのために尽くしてくださっていたんだ……」
「『疲れました』という言葉の重み……。僕たちが彼女に甘えすぎていたせいで、聖女様をここまで追い詰めてしまった……っ!」
(……えっ?)
「シビラ様! 行かないでください! 辞任なんて言わずに、まずは百年の休暇を取ってください! その間、私たちが国を守りますから!」
「「「シビラ様! シビラ様!!」」」
地響きのようなシビラ・コールが沸き起こる。
(……違う。百年の休暇じゃなくて、永久退職なのよ! なんで誰も私の話をまともに聞かないの!?)
シビラがパニックに陥っていると、会場の奥から、トランペットの音色が鳴り響いた。
「――道を開けよ! 大陸連合商制会議、特使のお入りである!」
現れたのは、かつてシビラが下町で救った、あの「いかさま商人」のロベルトだった。
だが、今の彼は、金糸の刺繍が入った豪華な礼服に身を包み、堂々たる体躯で歩いてくる。
「……ロベルト? あなた、どうしてここに?」
「シビラ会長。……いえ、シビラ様。あなたの隠居宣言、聞き捨てなりませんな」
ロベルトは壇上に上がると、一枚の巨大な羊皮紙を広げた。
「あなたが『レッド・フォックス商会』を通じて行った、全大陸規模の物流革命。……その功績を讃え、近隣諸国すべての国王・領主たちが合意いたしました。……本日、あなたを『大陸経済聖域・最高管理者』に推薦いたします!」
「…………はい? 経済聖域? 管理者?」
「平たく言えば、この大陸全体の『お金の流れ』の最終決定権を、シビラ様に委ねるということです。……シビラ様が『辞める』とおっしゃるなら、大陸中の港が閉鎖され、すべての商取引が停止します。……民の生活を守るため、どうか、引退を撤回していただきたい!」
ロベルトは、シビラの足元に深々と頭を下げた。
背後では、他国の使節団たちが一斉に膝を突く。
(……ロベルト。あなた、私の軍資金を増やしてくれた恩人だと思っていたけれど……とんでもない『爆弾』を抱えて持ってきたわね!?)
大陸規模の役職。それは、一国の王妃よりも遥かに多忙で、遥かに逃げ道のない、「超・終身名誉ブラック職」であった。
「シビラ、聞いたかい? 君が辞めると、大陸が滅びるそうだ。……流石は僕の自慢の婚約者だ」
アルフォンスが背後から、シビラの腰を優しく抱き寄せた。
「逃がさないと言っただろう? ……さあ、大陸の最高管理者として、最初の仕事だ。……僕との結婚式の予算案に、承認の印をいただけないかな?」
「……アルフォンスさん。……あなた、確信犯ですわね?」
「ふふ。さて、何のことかな?」
シビラは、卒業パーティーという名の「完全拘束式」の壇上で、あまりにも有能すぎた自分を、心の底から呪うのであった。
「……お、おーほっほっほ……。……もう、笑うしかありませんわ……」
シビラの乾いた高笑いが、会場中の熱狂的な拍手にかき消されていった。
王立アカデミー、卒業パーティー会場。
数週間前、ここでアルフォンス殿下(当時は王子)から婚約破棄を言い渡されるはずだった、因縁の場所である。
シビラは鏡の前で、一切の装飾を排した、地味なグレーのドレスに身を包んでいた。
(ふふ、ふふふ。見てなさい。今日の私は、華やかな公爵令嬢でもなければ、有能な聖女でもありませんわ。ただの、やる気ゼロの退職希望者ですわよ!)
会場には、シビラを崇拝する令嬢たち、彼女に胃袋を掴まれた官僚たち、そして臨時摂政としてバリバリ働くリュミエールの姿があった。
「シビラ様! 今日も素敵ですわ! そのあえて地味な装い……『私は地位や名誉に興味はない、ただ国を愛しているだけ』という、強烈なメッセージを感じますわ!」
「……リュミエール様。深読みを通り越して、もはや妄想の域ですわよ」
シビラは冷ややかに言い放つと、壇上へと歩みを進めた。
アルフォンスは壇上の袖で、相変わらず「専属秘書」として時計を見ながら微笑んでいる。
「さあ、シビラ。国民が、そして僕が、君の言葉を待っているよ」
「ええ。驚かせて差し上げますわ」
シビラはマイク代わりの拡声魔導具を手に取った。会場が静まり返る。
「皆様、お聞きなさい。……私は、本日をもって、すべての公務から身を引かせていただきます! 王妃教育も、国家顧問も、商会の会長も、すべて辞任いたしますわ!」
会場が、ざわめきに包まれた。
「……私は、疲れましたの。これからは、誰にも知られず、どこか遠い場所で、ただひたすらにダラダラと過ごす。それこそが私の本望。……おーほっほっほ! さあ、私を軽蔑しなさい! 責任感のない、無責任な女だと罵るがいいわ!」
シビラは会心の笑みを浮かべた。
(……決まった。これで私は、ただの『逃げ出した女』として歴史に名を残し、自由を謳歌するのよ!)
しかし。
会場のざわめきは、非難ではなく、なぜか嗚咽へと変わっていった。
「……ああ、なんということだ。シビラ様は、あれほどまでに働いて……ご自分の限界まで、私たちのために尽くしてくださっていたんだ……」
「『疲れました』という言葉の重み……。僕たちが彼女に甘えすぎていたせいで、聖女様をここまで追い詰めてしまった……っ!」
(……えっ?)
「シビラ様! 行かないでください! 辞任なんて言わずに、まずは百年の休暇を取ってください! その間、私たちが国を守りますから!」
「「「シビラ様! シビラ様!!」」」
地響きのようなシビラ・コールが沸き起こる。
(……違う。百年の休暇じゃなくて、永久退職なのよ! なんで誰も私の話をまともに聞かないの!?)
シビラがパニックに陥っていると、会場の奥から、トランペットの音色が鳴り響いた。
「――道を開けよ! 大陸連合商制会議、特使のお入りである!」
現れたのは、かつてシビラが下町で救った、あの「いかさま商人」のロベルトだった。
だが、今の彼は、金糸の刺繍が入った豪華な礼服に身を包み、堂々たる体躯で歩いてくる。
「……ロベルト? あなた、どうしてここに?」
「シビラ会長。……いえ、シビラ様。あなたの隠居宣言、聞き捨てなりませんな」
ロベルトは壇上に上がると、一枚の巨大な羊皮紙を広げた。
「あなたが『レッド・フォックス商会』を通じて行った、全大陸規模の物流革命。……その功績を讃え、近隣諸国すべての国王・領主たちが合意いたしました。……本日、あなたを『大陸経済聖域・最高管理者』に推薦いたします!」
「…………はい? 経済聖域? 管理者?」
「平たく言えば、この大陸全体の『お金の流れ』の最終決定権を、シビラ様に委ねるということです。……シビラ様が『辞める』とおっしゃるなら、大陸中の港が閉鎖され、すべての商取引が停止します。……民の生活を守るため、どうか、引退を撤回していただきたい!」
ロベルトは、シビラの足元に深々と頭を下げた。
背後では、他国の使節団たちが一斉に膝を突く。
(……ロベルト。あなた、私の軍資金を増やしてくれた恩人だと思っていたけれど……とんでもない『爆弾』を抱えて持ってきたわね!?)
大陸規模の役職。それは、一国の王妃よりも遥かに多忙で、遥かに逃げ道のない、「超・終身名誉ブラック職」であった。
「シビラ、聞いたかい? 君が辞めると、大陸が滅びるそうだ。……流石は僕の自慢の婚約者だ」
アルフォンスが背後から、シビラの腰を優しく抱き寄せた。
「逃がさないと言っただろう? ……さあ、大陸の最高管理者として、最初の仕事だ。……僕との結婚式の予算案に、承認の印をいただけないかな?」
「……アルフォンスさん。……あなた、確信犯ですわね?」
「ふふ。さて、何のことかな?」
シビラは、卒業パーティーという名の「完全拘束式」の壇上で、あまりにも有能すぎた自分を、心の底から呪うのであった。
「……お、おーほっほっほ……。……もう、笑うしかありませんわ……」
シビラの乾いた高笑いが、会場中の熱狂的な拍手にかき消されていった。
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