隠居したいのでいい加減、婚約破棄してくれませんか?

小梅りこ

文字の大きさ
25 / 26

25

しおりを挟む
「……決まりましたわ。今日、この瞬間。私はついに、王宮の全権限を返上し、真の自由を手に入れますわ!」


それから数年後。
かつて「悪役令嬢」と呼ばれた女性、シビラ・フォン・ノイシュタインは、今や大陸全土から「慈愛の女帝」と崇められる王妃となっていた。


彼女の統治により、国は富み、隣国との争いは消え、教育と福祉は完璧に整った。
つまり――「私がいなくても、もう大丈夫」という、完璧な隠居の舞台が整ったのである。


シビラは深夜の寝室で、密かに荷造りを終えていた。
行き先は、数年前に「海賊の拠点」から「地上の楽園」へと自らリフォームした、例の南の島だ。


「ふふ、ふふふ。今回はカイルもリュミエール様も巻き込みませんわ。ただ一人、夜風と共に消えるのです……」


シビラが窓枠に足をかけた、その時。


「――おや。夜逃げの準備にしては、ずいぶんと軽装だね。シビラ」


背後から聞こえてきたのは、聞き慣れた、甘く、そして逃がす気のない王の声。
振り返れば、アルフォンス国王が扉の影から、優雅にワイングラスを傾けて立っていた。


「で、殿下! なぜここに!? 今夜は隣国の親善大使と徹夜で宴会をしていたはずでは……!」


「君が『窓の鍵の術式』を微調整した瞬間に、僕の指輪に通知が来るよう設定してあるんだ。……それに、大使たちならリュミエール嬢が『三秒で酔い潰して、ついでに条約に署名させておきましたわ!』と言って、もう帰したよ」


(……あの子、また進化しましたの!?)


シビラは、自分の育てた「怪物」たちの有能さに戦慄した。


「シビラ、諦めなさい。君が隠居したい場所は、すでに僕が買い取って、王宮の『別館』として登録しておいたよ。明日から公務をそこに持ち込んで、二人でバカンス(執務)をしようじゃないか」


「……バカンスと執務は、水と油くらい混ざり合いませんわよ!!」


シビラが絶叫したその時、扉が勢いよく開き、今や「国家宰相」へと上り詰めたリュミエールが飛び込んできた。


「シビラ様! 大変です! シビラ様が考案された『新・共通貨幣制度』のせいで、経済が活性化しすぎて、他国の王様たちが『シビラ様を大陸皇帝に!』とデモを起こしていますわ!」


「皇帝!? 何を言っていますの、私は今すぐニートになりたいと言っているんですのよ!」


「シビラ様が動けば国が動き、シビラ様が休めば世界が泣く……。さあ、シビラ様! 世界を救うために、あと五十年ほど頑張りましょう!」


リュミエールは、瞳に狂気的な尊敬の念を宿しながら、シビラの足元に大量の「次世代教育法案」を積み上げた。


「……アルフォンスさん。私、気づきましたわ」


シビラは、窓枠に足をかけたまま、遠い空を見つめた。


「……有能すぎるって、最大の罰ゲームですわね」


「ははは。僕は、そんな君を一生かけて愛する刑に処されているよ。……さあ、寝室に戻ろうか。明日は朝一番で、大陸皇帝の就任式の打ち合わせだ」


「就任しませんわよ!!」


シビラの隠居への野望は、彼女自身の「有能さ」という名の無限地獄(あるいは無限の栄光)によって、今日も阻まれる。


大陸の歴史書には、後にこう記されることとなる。
『聖妃シビラ。彼女は生涯を通じて「休みたい」と口にしながら、その手で人類史上最も輝かしい時代を築き上げた、史上最高の皮肉屋で、最も愛された女性である』と。


「……おーほっほっほ! いいでしょう、受けて立ちますわ! 私が完全に隠居するその日まで、世界を私の思うがままに、完璧に整えて差し上げますわよ!」


シビラの高笑いは、今日も平和な王宮に、そして希望に満ちた大陸全土へと、鳴り響き続けるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

処理中です...