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「……は? ユリウス様が『新たな婚約者候補』を募っている?」
エーミは、王都から届いたばかりの社交界新聞を広げ、心底どうでもよさそうに鼻を鳴らした。
「ええ、お嬢様。フローラ様との仲が、どうやら『経済的理由』で急速に冷え込んでいるらしく。王宮側も、実家の公爵家(うち)からの融資が止まった補填として、資産家の令嬢を公募し始めたようですわ」
アンナが淹れたてのハーブティーを置きながら、淡々と補足する。
「……笑わせるわね。私を追い出した一ヶ月後に、もう次の財布を探しているなんて。殿下の『愛の賞味期限』は、真夏の生クリームより短いのね」
「エーミ、そんなゴミのようなニュース、見るだけ時間の無駄よ」
隣で優雅に朝食をとっていたセシル王女が、新聞をひったくって丸めた。
「それより、昨日あなたが言っていた『温泉泥パック』の試作はどうなったの? 私の肌が、もっと利益を生みたがっているわよ」
「セシル様、落ち着いて。新聞はゴミではありませんわ。これは『市場動向の宝庫』です」
エーミは丸められた新聞を奪い返し、丁寧に広げ直した。
その瞳は、獲物を見つけた鷹のように鋭く光っている。
「いい、アンナ。王都の令嬢たちは今、パニックになっているはずよ。急に空いた『王太子妃』の座。そして、殿下の隣に座るために必要なのは、若さと、美しさと……そして、圧倒的な『家柄に恥じない教養』よ」
「……ですがお嬢様、今の殿下の評判は最悪です。それでも飛びつく令嬢がいるでしょうか?」
「いるわ。王族というブランドは、どんなに負債を抱えていても、投機目的の貴族にとっては魅力的な銘柄なの。そして、彼女たちが今一番求めているのは何だと思う?」
エーミはニヤリと不敵に笑い、完成したばかりの露天風呂の方角を指差した。
「『短期間で劇的に自分を磨き上げ、他のライバルに差をつけるための聖地』よ。……決まったわ。新プランのタイトルは『王太子妃選定直前! 徹底美肌&マナー強化・地獄のブートキャンプ・イン・辺境』よ!」
「お、お嬢様……。地獄、という言葉が入っていますが」
「いいのよ、貴族の娘なんて、少し過酷な方が『頑張っている自分』に酔いしれて財布の紐が緩むんだから。参加費は……そうね、通常の五倍。王族の小切手なら十倍で受け付けましょう」
「……お前、本当に清々しいほどの悪女だな」
背後から呆れた声がした。
非番(という名のボランティア警備)のラインハルトが、不機嫌そうに腕を組んで立っている。
「ユリウスの再婚活を、自分の宿の集客に利用するとは。……そんなに、あいつのことが気になるのか?」
「気になる? ええ、もちろんよ。彼がどれだけ愚かな選択を積み重ね、どれだけ市場価値を下げてくれるか。それによって私の提供するサービスの『希少性』が変わってくるんですもの。彼は最高のマーケット・インジケーターだわ」
「……そういう意味じゃない。……いや、もういい」
ラインハルトは溜息をつき、エーミの隣に座り込んだ。
彼は最近、公務の合間を見つけてはこうしてエーミの側に居座るようになっている。
本人は「監視だ」と言い張っているが、誰の目にも「ただの独占欲」にしか見えなかった。
「それより、ラインハルト。あなたにも協力してもらうわよ。このプランの目玉として『氷の騎士による、令嬢のためのエスコート&ダンス講座』を組み込むわ」
「断る。……なぜ俺が、王都の欲深い令嬢たちの手を握らねばならん」
「いい? これはビジネスよ。あなたが冷たくあしらえばあしらうほど、彼女たちは『攻略難易度が高い!』と喜んで、追加のオプションチケットを買うわ。あなたのその『不機嫌な面』は、一分あたり金貨一枚の価値があるのよ」
「俺の顔に勝手に値段をつけるな!」
「あら、安すぎたかしら? じゃあ、金貨三枚に上方修正しておくわ」
エーミはさらさらとメモを書き込んでいく。
ラインハルトは真っ赤になって怒っているが、エーミがふと彼を見上げ、「お願い、ラインハルト。あなたの協力があれば、三ヶ月以内にこの領地の道路を全部舗装できるの」と、珍しく(ビジネス的な)熱を込めた目で見つめると、彼は一瞬で毒気を抜かれた。
「……道路、舗装か。……領民のためなら、仕方ない」
「話が早くて助かるわ! アンナ、契約書の準備を!」
「はい、お嬢様。辺境伯様用の『不機嫌オプション』の項目も追加しておきます」
セシル王女がクスクスと笑いながら、二人のやり取りを見守っている。
「ねえ、エーミ。そのプラン、私も監修してあげてもいいわよ? 『王族が教える、おバカな弟の操り方』なんて講座、大人気になると思わない?」
「最高ですわ、セシル様! 情報の独占提供として、売上の二〇%をキックバックいたします!」
「決まりね。ああ、楽しくなってきたわ。王都の令嬢たちが、泥まみれになりながら温泉で自分を磨く姿……想像するだけでシャンパンが進むわね」
こうして、辺境の温泉宿は、王都の権力闘争を燃料にしてさらなる巨大な利益を生む怪物へと進化し始めた。
一方、その頃の王都。
ユリウス王子は、フローラから「最近、プレゼントの宝石が小さいですわ! 愛が冷めたのね!」と泣きつかれ、空っぽの金庫の前で立ち尽くしていた。
「……おかしい。なぜだ。エーミがいれば、こんな計算には……っ!」
彼が新たな「財布(婚約者候補)」を求めて出した公告が、実はエーミの懐を肥やすための「撒き餌」にされているとは、微塵も気づいていなかった。
エーミは、王都から届いたばかりの社交界新聞を広げ、心底どうでもよさそうに鼻を鳴らした。
「ええ、お嬢様。フローラ様との仲が、どうやら『経済的理由』で急速に冷え込んでいるらしく。王宮側も、実家の公爵家(うち)からの融資が止まった補填として、資産家の令嬢を公募し始めたようですわ」
アンナが淹れたてのハーブティーを置きながら、淡々と補足する。
「……笑わせるわね。私を追い出した一ヶ月後に、もう次の財布を探しているなんて。殿下の『愛の賞味期限』は、真夏の生クリームより短いのね」
「エーミ、そんなゴミのようなニュース、見るだけ時間の無駄よ」
隣で優雅に朝食をとっていたセシル王女が、新聞をひったくって丸めた。
「それより、昨日あなたが言っていた『温泉泥パック』の試作はどうなったの? 私の肌が、もっと利益を生みたがっているわよ」
「セシル様、落ち着いて。新聞はゴミではありませんわ。これは『市場動向の宝庫』です」
エーミは丸められた新聞を奪い返し、丁寧に広げ直した。
その瞳は、獲物を見つけた鷹のように鋭く光っている。
「いい、アンナ。王都の令嬢たちは今、パニックになっているはずよ。急に空いた『王太子妃』の座。そして、殿下の隣に座るために必要なのは、若さと、美しさと……そして、圧倒的な『家柄に恥じない教養』よ」
「……ですがお嬢様、今の殿下の評判は最悪です。それでも飛びつく令嬢がいるでしょうか?」
「いるわ。王族というブランドは、どんなに負債を抱えていても、投機目的の貴族にとっては魅力的な銘柄なの。そして、彼女たちが今一番求めているのは何だと思う?」
エーミはニヤリと不敵に笑い、完成したばかりの露天風呂の方角を指差した。
「『短期間で劇的に自分を磨き上げ、他のライバルに差をつけるための聖地』よ。……決まったわ。新プランのタイトルは『王太子妃選定直前! 徹底美肌&マナー強化・地獄のブートキャンプ・イン・辺境』よ!」
「お、お嬢様……。地獄、という言葉が入っていますが」
「いいのよ、貴族の娘なんて、少し過酷な方が『頑張っている自分』に酔いしれて財布の紐が緩むんだから。参加費は……そうね、通常の五倍。王族の小切手なら十倍で受け付けましょう」
「……お前、本当に清々しいほどの悪女だな」
背後から呆れた声がした。
非番(という名のボランティア警備)のラインハルトが、不機嫌そうに腕を組んで立っている。
「ユリウスの再婚活を、自分の宿の集客に利用するとは。……そんなに、あいつのことが気になるのか?」
「気になる? ええ、もちろんよ。彼がどれだけ愚かな選択を積み重ね、どれだけ市場価値を下げてくれるか。それによって私の提供するサービスの『希少性』が変わってくるんですもの。彼は最高のマーケット・インジケーターだわ」
「……そういう意味じゃない。……いや、もういい」
ラインハルトは溜息をつき、エーミの隣に座り込んだ。
彼は最近、公務の合間を見つけてはこうしてエーミの側に居座るようになっている。
本人は「監視だ」と言い張っているが、誰の目にも「ただの独占欲」にしか見えなかった。
「それより、ラインハルト。あなたにも協力してもらうわよ。このプランの目玉として『氷の騎士による、令嬢のためのエスコート&ダンス講座』を組み込むわ」
「断る。……なぜ俺が、王都の欲深い令嬢たちの手を握らねばならん」
「いい? これはビジネスよ。あなたが冷たくあしらえばあしらうほど、彼女たちは『攻略難易度が高い!』と喜んで、追加のオプションチケットを買うわ。あなたのその『不機嫌な面』は、一分あたり金貨一枚の価値があるのよ」
「俺の顔に勝手に値段をつけるな!」
「あら、安すぎたかしら? じゃあ、金貨三枚に上方修正しておくわ」
エーミはさらさらとメモを書き込んでいく。
ラインハルトは真っ赤になって怒っているが、エーミがふと彼を見上げ、「お願い、ラインハルト。あなたの協力があれば、三ヶ月以内にこの領地の道路を全部舗装できるの」と、珍しく(ビジネス的な)熱を込めた目で見つめると、彼は一瞬で毒気を抜かれた。
「……道路、舗装か。……領民のためなら、仕方ない」
「話が早くて助かるわ! アンナ、契約書の準備を!」
「はい、お嬢様。辺境伯様用の『不機嫌オプション』の項目も追加しておきます」
セシル王女がクスクスと笑いながら、二人のやり取りを見守っている。
「ねえ、エーミ。そのプラン、私も監修してあげてもいいわよ? 『王族が教える、おバカな弟の操り方』なんて講座、大人気になると思わない?」
「最高ですわ、セシル様! 情報の独占提供として、売上の二〇%をキックバックいたします!」
「決まりね。ああ、楽しくなってきたわ。王都の令嬢たちが、泥まみれになりながら温泉で自分を磨く姿……想像するだけでシャンパンが進むわね」
こうして、辺境の温泉宿は、王都の権力闘争を燃料にしてさらなる巨大な利益を生む怪物へと進化し始めた。
一方、その頃の王都。
ユリウス王子は、フローラから「最近、プレゼントの宝石が小さいですわ! 愛が冷めたのね!」と泣きつかれ、空っぽの金庫の前で立ち尽くしていた。
「……おかしい。なぜだ。エーミがいれば、こんな計算には……っ!」
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