1 / 28
1
しおりを挟む
「ヴェール・ローゼライト公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄し、真実の愛であるリリアンと婚約することをここに宣言する!」
きらびやかな夜会の中心で、アシュレイ王子が声を張り上げた。
その隣には、か弱いふりをして王子の腕にしがみつく聖女リリアンの姿がある。
周囲の貴族たちは息を呑み、私——何の取り柄もない公爵令嬢ヴェールに同情の視線を送った。
けれど、私の頭に浮かんだ最初の感想は、悲しみでも怒りでもなかった。
(……声、デカすぎ。ここ、防音設備なんてない大広間だよ?)
私はゆっくりと扇子を閉じ、王子を見据えた。
この王子、顔だけはいいのだが、昔からどうにも「抜けている」のだ。
「……殿下、お言葉ですが、まずはボリュームを下げていただけますか? 一番後ろの給仕の方までビクッとして、あやうくシャンパンをこぼすところでしたよ」
「な、何を言うか! これは私の決意の現れだ! お前のような悪逆非道な女には、これくらいの声量で引導を渡さねばならんのだ!」
「声量と罪の重さは比例しません。むしろ近所迷惑です。それから、その『悪逆非道』という言葉、具体的に何をしたのか教えていただけます?」
王子は待ってましたと言わんばかりに、リリアンをさらに引き寄せた。
リリアンは潤んだ瞳で私を見つめ、ハンカチを噛み締めている。
「しらばっくれるな! お前はリリアンが大切に育てていた『黄金のひまわり』を、すべて根こそぎ引き抜いたそうじゃないか!」
「……は?」
私は思わず、素の声を漏らした。
「殿下、リリアン様。そのひまわり、いつどこに植えていたものですか?」
「教会の裏庭だよぉ……。私が毎日、愛を込めてお水をあげていたのに……っ」
リリアンが鼻をすすりながら答える。
私は深く、深くため息をついた。
「あそこ、先週から王宮の排水工事で重機が入っていますよね? ひまわりどころか、地面ごと掘り返されていますけど、もしかして工事のおじさんたちを私の手先だと思っていらっしゃいます?」
「ぐ……。そ、それはそれとして! お前はリリアンの靴に、とてつもなく鋭利な刃物を仕込んだだろう!」
「刃物、ですか」
「そうよ! 朝、靴を履こうとしたら、中からキラリと光る銀色の……!」
「それ、私の銀のヘアピンですよね? 昨日、あなたが『お揃いのアクセが欲しい』って泣きつくから貸してあげたやつ。返してくれないと思ったら、靴の中に放り込んでたんですか? 不潔極まりないですね」
王子の表情が固まった。
リリアンも「あ、そういえば……」みたいな顔で斜め上を見ている。
「……殿下、まさかとは思いますが、冤罪のネタが尽きましたか?」
「うるさい! お前はリリアンに『死の呪い』をかけた! リリアンは昨日から、体が重くて動けないと言っているんだぞ!」
「それ、ただの筋肉痛ですよね? 昨日、リリアン様は騎士団の訓練場で『イケメンが見たい』って言って、三時間もスクワットに付き合わされたって聞きましたけど」
「なっ……! リリアン、本当か!?」
「え、あ、それは……だって、騎士様たちの筋肉が、その、キラキラしてて……」
リリアンがもじもじと指を弄ぶ。
王子はショックを受けたようによろめいたが、すぐに顔を真っ赤にして叫んだ。
「いいや! とにかく婚約破棄だ! お前のような可愛げのない、ツッコミばかりの女は公爵夫人に相応しくない! 私はもっと、こう、フワフワして『殿下すごぉい』と言ってくれる女がいいんだ!」
「それはおめでとうございます。どうぞ、そのフワフワした(脳内も含む)聖女様と末永くお幸せに。私はこれで失礼します。あ、最後に一つだけ」
私は出口へ向かう足を止め、振り返った。
「殿下、ズボンのチャックが開いていますよ。真実の愛を語る前に、真実の社会の窓を閉めてからにしてください。……では」
「なっ……! ぎゃあああああああ!?」
王子の絶叫が響き渡る中、私は優雅に、かつ迅速に会場を後にした。
取り柄がないと言われ続けてきたけれど、あんなガバガバなボケを放置できるほど、私はお人好しではない。
夜風にあたりながら、私はこれからの人生を思った。
公爵家からも勘当されるだろう。けれど、不思議と心は軽かった。
「……ふぅ。やっと静かになった」
そう呟いた瞬間。
背後の暗がりにいた誰かが、こらえきれないといった風に「ぷっ」と吹き出した。
「……誰ですか? 人の婚約破棄をエンターテインメントみたいに楽しんでいるのは」
私が暗闇を睨みつけると、そこから長身の男が現れた。
銀色の鎧を月光に光らせた、無愛想で有名な騎士団長、シリル卿だった。
「失礼。あまりにキレのある返しだったもので、つい。……ヴェール令嬢、君は自分の才能に気づいていないのか?」
「才能? 何の取り柄もないと、さっき王子に宣言されたばかりですが」
シリル卿は真顔のまま、けれどその瞳に奇妙な熱を宿して一歩近づいてきた。
「あんなに精度の高いツッコミを、あの土壇場で連発できる人間を私は他に知らない。君のその『口撃力』……我が騎士団で活かしてみる気はないか?」
「……はい?」
婚約破棄された夜、私はなぜか、王国最強の騎士にスカウトされていた。
それも、剣術ではなく「ツッコミ」という謎のスキルを買われて。
私の平穏な(予定だった)独身生活が、音を立てて崩れ始めた。
きらびやかな夜会の中心で、アシュレイ王子が声を張り上げた。
その隣には、か弱いふりをして王子の腕にしがみつく聖女リリアンの姿がある。
周囲の貴族たちは息を呑み、私——何の取り柄もない公爵令嬢ヴェールに同情の視線を送った。
けれど、私の頭に浮かんだ最初の感想は、悲しみでも怒りでもなかった。
(……声、デカすぎ。ここ、防音設備なんてない大広間だよ?)
私はゆっくりと扇子を閉じ、王子を見据えた。
この王子、顔だけはいいのだが、昔からどうにも「抜けている」のだ。
「……殿下、お言葉ですが、まずはボリュームを下げていただけますか? 一番後ろの給仕の方までビクッとして、あやうくシャンパンをこぼすところでしたよ」
「な、何を言うか! これは私の決意の現れだ! お前のような悪逆非道な女には、これくらいの声量で引導を渡さねばならんのだ!」
「声量と罪の重さは比例しません。むしろ近所迷惑です。それから、その『悪逆非道』という言葉、具体的に何をしたのか教えていただけます?」
王子は待ってましたと言わんばかりに、リリアンをさらに引き寄せた。
リリアンは潤んだ瞳で私を見つめ、ハンカチを噛み締めている。
「しらばっくれるな! お前はリリアンが大切に育てていた『黄金のひまわり』を、すべて根こそぎ引き抜いたそうじゃないか!」
「……は?」
私は思わず、素の声を漏らした。
「殿下、リリアン様。そのひまわり、いつどこに植えていたものですか?」
「教会の裏庭だよぉ……。私が毎日、愛を込めてお水をあげていたのに……っ」
リリアンが鼻をすすりながら答える。
私は深く、深くため息をついた。
「あそこ、先週から王宮の排水工事で重機が入っていますよね? ひまわりどころか、地面ごと掘り返されていますけど、もしかして工事のおじさんたちを私の手先だと思っていらっしゃいます?」
「ぐ……。そ、それはそれとして! お前はリリアンの靴に、とてつもなく鋭利な刃物を仕込んだだろう!」
「刃物、ですか」
「そうよ! 朝、靴を履こうとしたら、中からキラリと光る銀色の……!」
「それ、私の銀のヘアピンですよね? 昨日、あなたが『お揃いのアクセが欲しい』って泣きつくから貸してあげたやつ。返してくれないと思ったら、靴の中に放り込んでたんですか? 不潔極まりないですね」
王子の表情が固まった。
リリアンも「あ、そういえば……」みたいな顔で斜め上を見ている。
「……殿下、まさかとは思いますが、冤罪のネタが尽きましたか?」
「うるさい! お前はリリアンに『死の呪い』をかけた! リリアンは昨日から、体が重くて動けないと言っているんだぞ!」
「それ、ただの筋肉痛ですよね? 昨日、リリアン様は騎士団の訓練場で『イケメンが見たい』って言って、三時間もスクワットに付き合わされたって聞きましたけど」
「なっ……! リリアン、本当か!?」
「え、あ、それは……だって、騎士様たちの筋肉が、その、キラキラしてて……」
リリアンがもじもじと指を弄ぶ。
王子はショックを受けたようによろめいたが、すぐに顔を真っ赤にして叫んだ。
「いいや! とにかく婚約破棄だ! お前のような可愛げのない、ツッコミばかりの女は公爵夫人に相応しくない! 私はもっと、こう、フワフワして『殿下すごぉい』と言ってくれる女がいいんだ!」
「それはおめでとうございます。どうぞ、そのフワフワした(脳内も含む)聖女様と末永くお幸せに。私はこれで失礼します。あ、最後に一つだけ」
私は出口へ向かう足を止め、振り返った。
「殿下、ズボンのチャックが開いていますよ。真実の愛を語る前に、真実の社会の窓を閉めてからにしてください。……では」
「なっ……! ぎゃあああああああ!?」
王子の絶叫が響き渡る中、私は優雅に、かつ迅速に会場を後にした。
取り柄がないと言われ続けてきたけれど、あんなガバガバなボケを放置できるほど、私はお人好しではない。
夜風にあたりながら、私はこれからの人生を思った。
公爵家からも勘当されるだろう。けれど、不思議と心は軽かった。
「……ふぅ。やっと静かになった」
そう呟いた瞬間。
背後の暗がりにいた誰かが、こらえきれないといった風に「ぷっ」と吹き出した。
「……誰ですか? 人の婚約破棄をエンターテインメントみたいに楽しんでいるのは」
私が暗闇を睨みつけると、そこから長身の男が現れた。
銀色の鎧を月光に光らせた、無愛想で有名な騎士団長、シリル卿だった。
「失礼。あまりにキレのある返しだったもので、つい。……ヴェール令嬢、君は自分の才能に気づいていないのか?」
「才能? 何の取り柄もないと、さっき王子に宣言されたばかりですが」
シリル卿は真顔のまま、けれどその瞳に奇妙な熱を宿して一歩近づいてきた。
「あんなに精度の高いツッコミを、あの土壇場で連発できる人間を私は他に知らない。君のその『口撃力』……我が騎士団で活かしてみる気はないか?」
「……はい?」
婚約破棄された夜、私はなぜか、王国最強の騎士にスカウトされていた。
それも、剣術ではなく「ツッコミ」という謎のスキルを買われて。
私の平穏な(予定だった)独身生活が、音を立てて崩れ始めた。
20
あなたにおすすめの小説
良くある事でしょう。
r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。
若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。
けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。
永野水貴
恋愛
侯爵令嬢エヴェリーナは未来の王太子妃として育てられたが、突然に婚約破棄された。
王太子は真に愛する女性と結婚したいというのだった。
その女性はエヴェリーナとは正反対で、エヴェリーナは影で貶められるようになる。
そんなある日、王太子の兄といわれる第一王子ジルベルトが現れる。
ジルベルトは王太子を上回る素質を持つと噂される人物で、なぜかエヴェリーナに興味を示し…?
※「小説家になろう」にも載せています
ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた
桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、
婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が
部屋に閉じこもってしまう話からです。
自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。
※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。
婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?
パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。
しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。
気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした
ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる