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「……シリル卿。今、王宮の伝書鳩が窓に激突して力尽きたのですが、これは何かの不吉な予兆でしょうか?」
騎士団の事務室で書類を整理していた私は、窓の外で白目を剥いている鳩を指差した。
シリル卿は冷静に窓を開け、鳩が脚に括り付けていた手紙を回収した。
「……予兆ではないな。ただ、この手紙から漂う『知性の欠如』が鳩の脳を狂わせたのかもしれない」
「手紙に毒でも塗ってあるんですか? それとも、文字から致死性の電波でも出ていると?」
「見てみるがいい。差出人は、例の聖女リリアンだ」
シリル卿から手渡されたのは、これでもかというほどピンク色の香水が振りかけられた、目に痛い色の便箋だった。
封を開けた瞬間、私は思わず鼻を突いた。
「……臭い。これ、香水じゃなくて芳香剤を丸ごと一瓶ぶちまけましたね? 嗅覚へのテロリズムですよ」
「内容も、ある意味でテロだぞ」
私は眉をひそめながら、その「果たし状」とやらに目を通した。
『どくふ(毒婦)、ヴぇーるへ。
あしゅれい様は、わたしの「うんめい」の人ですわ。
お前みたいな「何のとりえもない地味女」は、今ごろ野垂れ死んでいると思っていましたのに。
きしだん(騎士団)で、シリり様をたぶらかしていると聞きましたわ!
ゆるせません! 聖女のいかり(怒り)を知りなさい!
こんどの「しゅうかくさい(収穫祭)」で、どっちが「しんのヒロイン」か、白黒ハッキリつけようじゃない。
負けた方は、王都の広場で「私はおバカです」と三回さけ(叫)びなさい!
追伸:昨日食べたケーキがおいしかったので、レシピを送ってください。』
「………………」
私はしばし沈黙し、それからスッと机の引き出しから「赤ペン」を取り出した。
「……ヴェール嬢? なぜペンを?」
「決まっているじゃないですか。添削ですよ、添削。こんなもの、果たし状以前に『国語の再試験』レベルです」
私は迷うことなく、ピンク色の便箋に真っ赤な修正を入れていった。
「まず、私の名前を平仮名で書かないでください。公爵令嬢に対して失礼ですし、知性を疑われます。それから『シリり様』って誰ですか? シリル卿に『り』を一文字足しただけで、急にゆるキャラみたいな響きになっていますよ」
「……シリり、か。……ふ、ふふっ」
シリル卿が横で肩を震わせ始めた。
「笑っている場合じゃありませんよ。ここ、『いかり(怒り)』の漢字が間違っています。『遺恨(いこん)』と混ざったのか『遺かり』になってます。遺された怒りって、何ですか。私は幽霊と戦わなきゃいけないんですか?」
「く……っ、ははは! 遺された怒り……!」
「極めつけは追伸です! 宣戦布告しておきながら、しれっとレシピを要求する図々しさは何なんですか! そんなにケーキが食べたいなら、自分の聖なる力で小麦粉から生成して食べてください!」
私は一気に書き上げ、手紙をシリル卿に突き返した。
「はい、返信用の鳩を用意してください。この赤ペンだらけの便箋を送りつけてやります」
「……ヴェール。君は、彼女の『勝負』を受けるつもりなのか?」
シリル卿は涙を拭きながら、真面目な顔で問いかけてきた。
「受けるも何も、放っておいたら彼女、収穫祭のステージで勝手に一人芝居を始めて自爆しますよ。それを防ぐのは、元・婚約者としての……いえ、良識ある人間としての最低限の義務です」
「……優しいな、君は」
「優しさじゃありません。これ以上、王宮の知的水準を下げたくないだけです。あの王子と聖女が並ぶと、周囲のIQが吸い取られて真空状態になるんですよ」
「ははははは! 真空状態! たしかに、彼らの周りには風すら吹かない気がするな、思考が停止しすぎていて!」
シリル卿はまたしても爆笑し、私の手から赤ペンだらけの手紙を受け取った。
「分かった。これは私が責任を持って、王宮の……いや、アシュレイ王子の元へ届けさせよう。彼がこれを見て、自分の選んだ女性がいかに『独創的』か、再認識するために」
「……ついでに、王子のチャックが閉まっているか確認するよう、一筆添えておいてください」
「……善処しよう」
シリル卿は、その手紙を大切そうに胸ポケットにしまった。
果たし状を宝物のように扱う騎士団長というのも、どうかと思うが。
「……しかし、収穫祭か。ヴェール、その日は私も非番だ。君の『応援』に行ってもいいか?」
「応援? 私が聖女を言葉でボコボコにするのを、特等席で見たいだけですよね?」
「それもあるが。……君がステージで輝く姿を、誰よりも近くで見たいんだ」
不意に、シリル卿のトーンが下がった。
笑いの余韻を含んだ、けれど熱を孕んだ視線が私を捉える。
「……輝くも何も、私はツッコミを入れるだけですよ」
「それが、私にとっては最高の輝きなんだ」
「……。……シリル卿、さっきからちょいちょい吐いている甘いセリフ、あれも聖女の香水と同じで鼻に付きますよ。……仕事に戻ってください」
私は赤くなった顔を隠すように、別の書類に目を落とした。
聖女からの果たし状。
平和だった騎士団生活に、新たな「ボケ」の嵐が近づいている予感がした。
けれど、隣で楽しそうに笑う騎士団長がいる限り、どんな特大のボケが来ても、私は華麗に捌き切れる自信があった。
騎士団の事務室で書類を整理していた私は、窓の外で白目を剥いている鳩を指差した。
シリル卿は冷静に窓を開け、鳩が脚に括り付けていた手紙を回収した。
「……予兆ではないな。ただ、この手紙から漂う『知性の欠如』が鳩の脳を狂わせたのかもしれない」
「手紙に毒でも塗ってあるんですか? それとも、文字から致死性の電波でも出ていると?」
「見てみるがいい。差出人は、例の聖女リリアンだ」
シリル卿から手渡されたのは、これでもかというほどピンク色の香水が振りかけられた、目に痛い色の便箋だった。
封を開けた瞬間、私は思わず鼻を突いた。
「……臭い。これ、香水じゃなくて芳香剤を丸ごと一瓶ぶちまけましたね? 嗅覚へのテロリズムですよ」
「内容も、ある意味でテロだぞ」
私は眉をひそめながら、その「果たし状」とやらに目を通した。
『どくふ(毒婦)、ヴぇーるへ。
あしゅれい様は、わたしの「うんめい」の人ですわ。
お前みたいな「何のとりえもない地味女」は、今ごろ野垂れ死んでいると思っていましたのに。
きしだん(騎士団)で、シリり様をたぶらかしていると聞きましたわ!
ゆるせません! 聖女のいかり(怒り)を知りなさい!
こんどの「しゅうかくさい(収穫祭)」で、どっちが「しんのヒロイン」か、白黒ハッキリつけようじゃない。
負けた方は、王都の広場で「私はおバカです」と三回さけ(叫)びなさい!
追伸:昨日食べたケーキがおいしかったので、レシピを送ってください。』
「………………」
私はしばし沈黙し、それからスッと机の引き出しから「赤ペン」を取り出した。
「……ヴェール嬢? なぜペンを?」
「決まっているじゃないですか。添削ですよ、添削。こんなもの、果たし状以前に『国語の再試験』レベルです」
私は迷うことなく、ピンク色の便箋に真っ赤な修正を入れていった。
「まず、私の名前を平仮名で書かないでください。公爵令嬢に対して失礼ですし、知性を疑われます。それから『シリり様』って誰ですか? シリル卿に『り』を一文字足しただけで、急にゆるキャラみたいな響きになっていますよ」
「……シリり、か。……ふ、ふふっ」
シリル卿が横で肩を震わせ始めた。
「笑っている場合じゃありませんよ。ここ、『いかり(怒り)』の漢字が間違っています。『遺恨(いこん)』と混ざったのか『遺かり』になってます。遺された怒りって、何ですか。私は幽霊と戦わなきゃいけないんですか?」
「く……っ、ははは! 遺された怒り……!」
「極めつけは追伸です! 宣戦布告しておきながら、しれっとレシピを要求する図々しさは何なんですか! そんなにケーキが食べたいなら、自分の聖なる力で小麦粉から生成して食べてください!」
私は一気に書き上げ、手紙をシリル卿に突き返した。
「はい、返信用の鳩を用意してください。この赤ペンだらけの便箋を送りつけてやります」
「……ヴェール。君は、彼女の『勝負』を受けるつもりなのか?」
シリル卿は涙を拭きながら、真面目な顔で問いかけてきた。
「受けるも何も、放っておいたら彼女、収穫祭のステージで勝手に一人芝居を始めて自爆しますよ。それを防ぐのは、元・婚約者としての……いえ、良識ある人間としての最低限の義務です」
「……優しいな、君は」
「優しさじゃありません。これ以上、王宮の知的水準を下げたくないだけです。あの王子と聖女が並ぶと、周囲のIQが吸い取られて真空状態になるんですよ」
「ははははは! 真空状態! たしかに、彼らの周りには風すら吹かない気がするな、思考が停止しすぎていて!」
シリル卿はまたしても爆笑し、私の手から赤ペンだらけの手紙を受け取った。
「分かった。これは私が責任を持って、王宮の……いや、アシュレイ王子の元へ届けさせよう。彼がこれを見て、自分の選んだ女性がいかに『独創的』か、再認識するために」
「……ついでに、王子のチャックが閉まっているか確認するよう、一筆添えておいてください」
「……善処しよう」
シリル卿は、その手紙を大切そうに胸ポケットにしまった。
果たし状を宝物のように扱う騎士団長というのも、どうかと思うが。
「……しかし、収穫祭か。ヴェール、その日は私も非番だ。君の『応援』に行ってもいいか?」
「応援? 私が聖女を言葉でボコボコにするのを、特等席で見たいだけですよね?」
「それもあるが。……君がステージで輝く姿を、誰よりも近くで見たいんだ」
不意に、シリル卿のトーンが下がった。
笑いの余韻を含んだ、けれど熱を孕んだ視線が私を捉える。
「……輝くも何も、私はツッコミを入れるだけですよ」
「それが、私にとっては最高の輝きなんだ」
「……。……シリル卿、さっきからちょいちょい吐いている甘いセリフ、あれも聖女の香水と同じで鼻に付きますよ。……仕事に戻ってください」
私は赤くなった顔を隠すように、別の書類に目を落とした。
聖女からの果たし状。
平和だった騎士団生活に、新たな「ボケ」の嵐が近づいている予感がした。
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