わたくし、何の取り柄もない悪役令嬢ですが。

小梅りこ

文字の大きさ
10 / 28

10

しおりを挟む
「……シリル卿。仕事中に背後から音もなく近づくのはやめていただけますか? 私の心臓は、あなたのスリル満点な奇襲に耐えられるほど強靭ではありません」


騎士団本部の図書室。
資料の整理をしていた私は、背後に立っていたシリル卿を振り返り、手に持っていた目録で彼の胸板を軽く叩いた。


シリル卿は無表情のままだが、その手には仰々しくリボンがかけられた、細長い木箱が握られている。


「……驚かせるつもりはなかった。ただ、収穫祭を前に、君に日頃の感謝を形にして伝えたくてな。……受け取ってくれるか?」


「感謝、ですか。……まさか、中身は『特製プロテイン』とか、あるいは『素振り用の木刀』とかじゃありませんよね? もしそうなら、今すぐ図書室の窓から投擲(とうてき)しますよ」


「安心しろ。君の喉を労わるための、極めて実用的な品だ」


シリル卿はうやうやしく木箱を開けた。
そこにあったのは、美しく銀色に輝く……重厚な「首輪」のようなものだった。


「………………シリル卿。これを私にどうしろと? 私は騎士団の飼い犬になった覚えはありませんし、あなたの特殊な性癖に付き合うほど暇でもありません。今すぐ憲兵団を呼んでいいですか?」


「誤解だ! それは『喉を守るための特注ネックガード』だ! 君は毎日、我々のような愚図な男たちに全力でツッコミを入れているだろう? 喉を痛めて声が出なくなっては一大事だ。だから、防刃(ぼうじん)素材に魔力回路を組み込み、常に喉を保湿しつつ、外部からの物理攻撃も防げるようにした」


「……物理攻撃って何ですか。私はツッコミを入れている間に、誰かに喉元をナイフで狙われる生活をしているんですか? あと、これ、どう見ても装飾が過剰すぎて、ただの呪いの首輪です。つけると私の知能が奪われて、語尾が『ワン』になりそうですよ」


「……ワン、か。……ふ、ふふっ。……それはそれで、悪くない……」


「何が『悪くない』ですか! 頬を染めて想像しないでください! この変態団長!」


私は箱を突き返した。
シリル卿は残念そうに肩を落とし、喉のあたりをさすった。


「……そうか。ならば、これならどうだ? 君が料理の時に困らないようにと、市場で一番『活きの良いもの』を選んできた」


彼が次に差し出したのは、これまた立派な花束……に見える、巨大な「カリフラワー」だった。


「…………。シリル卿、これは花束のつもりですか? それとも、私に鈍器としての活用を求めているんですか?」


「いや、店主が言っていた。『これほどまでに蕾(つぼみ)が詰まった美しい白は他にない。どんな花よりも腹を満たしてくれるだろう』と。……君はいつも『実用的でないものはゴミだ』と言っていたから、これこそが至高の贈り物だと思ったのだが」


「……。……。……たしかに、食べられますけどね。これを抱えて街を歩いたら、私は『野菜の妖精』ではなく『食いしん坊な公爵令嬢』として歴史に名を残しますよ。……シリル卿、普通の令嬢が喜ぶのは、食べられないけど綺麗なバラとか、宝石とか、そういうものなんです」


私が呆れ果てて教えると、シリル卿はハッとした顔をした。


「……そうか。実用的すぎてもいけないのか。……女性心とは、騎士団の陣形を読み解くよりも難しいな」


「あなたのセンスが、斜め下を通り越して地盤沈下しているだけですよ。……でも」


私は、彼が差し出したままの巨大なカリフラワーを、ひょいと受け取った。
ずっしりと重い。けれど、そこには彼の、不器用すぎるほどの「真っ直ぐな気持ち」が詰まっているような気がした。


「……今日の夕飯は、これを使ったグラタンにします。だから、シリル卿も手伝ってください。皮を剥くのは任せられませんから、ひたすら小さく小分けにする作業を命じます」


「……! ああ、喜んで。……ヴェール、君は本当に、懐が深いな」


「懐じゃなくて、単にお腹が空いているだけです。勘違いしないでください」


私がそっぽを向くと、シリル卿はふと、私の手に自分の手を重ねた。
カリフラワーを介して伝わる、彼の体温。


「……ヴェール。収穫祭が終わったら、改めて伝えたいことがある」


「……。……。……何ですか、改まって。……次は何を持ってくるつもりですか? まさか、豚を丸ごと一頭とかじゃありませんよね?」


「……ふふ、あはははは! 豚の丸焼き……! それも、実用的でいいな!」


「冗談に決まっているでしょう! 本当に持ってきたら、私は騎士団を脱走しますからね!」


図書室に、シリル卿の明るい笑い声が響く。
何の取り柄もない私と、隙だらけの完璧主義な騎士団長。


二人の間に漂う空気は、甘い恋の予感というよりは、やはり「漫才の幕間」のような滑稽なものだったけれど。


それでも、重なった手の熱さだけは、どんなにツッコミを入れても否定できないほど、確かだった。


(……全く。これじゃ、私がツッコミを入れる暇もないじゃない)


私は、赤くなった顔を大きなカリフラワーで隠しながら、小さく溜息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

良くある事でしょう。

r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。 若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。 けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴
恋愛
侯爵令嬢エヴェリーナは未来の王太子妃として育てられたが、突然に婚約破棄された。 王太子は真に愛する女性と結婚したいというのだった。 その女性はエヴェリーナとは正反対で、エヴェリーナは影で貶められるようになる。 そんなある日、王太子の兄といわれる第一王子ジルベルトが現れる。 ジルベルトは王太子を上回る素質を持つと噂される人物で、なぜかエヴェリーナに興味を示し…? ※「小説家になろう」にも載せています

婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち
恋愛
公爵令嬢パルメは、王立学院のパーティーで第一王子リュントから公開婚約破棄を突きつけられる。しかし、周囲の同情をよそにパルメは歓喜した。

ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、 婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が 部屋に閉じこもってしまう話からです。 自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。 ※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。

婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?

パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。 しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。

気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

処理中です...