わたくし、何の取り柄もない悪役令嬢ですが。

小梅りこ

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「……シリル卿。あそこで門番の騎士たちが、白目を剥いて泡を吹き倒れているのですが。これは新型の疫病か何かでしょうか?」


騎士団本部の正門前。
視察に訪れるという王子一行を迎え撃つ……もとい、お迎えするために整列していた私は、遠くから近づいてくる「何か」を見て、隣のシリル卿に問いかけた。


シリル卿もまた、眉間に深い皺を刻み、腰の剣の柄を握りしめている。


「……いや。疫病ではない。あれは、視覚情報を脳が拒絶した結果起こる、人体の防衛本能だ」


「防衛本能を物理的に叩き割って進んでくる、あの黄金の物体は何ですか? 太陽が地上に墜落して、自意識を持って歩き出したとでも?」


「……王太子の馬車だ。だが、装飾が昨日の報告より三倍は増えているな」


目の前に現れたのは、もはや馬車というよりは「走る貴金属の山」だった。
車体にはこれでもかというほど金箔が貼られ、屋根の上にはなぜか巨大な「アシュレイ王子の自画像」が仁王立ちのポーズで設置されている。


そして、馬車が止まり、扉が開いた瞬間。
中から「ギュムッ、パキッ」という、乾いたような湿ったような、食品を破壊する音が響いた。


「久しいな、シリル騎士団長。そして……我が元婚約者のヴェールよ!」


現れたアシュレイ王子は、全身を真っ赤なベルベットの衣装で包み、その肩には「獲れたてのサーモン」のような色の巨大なマントを羽織っていた。


そして足元。
そこには、前回の報告書にもあった「コッペパンの靴」をさらに改良したと思われる、特大の「フランスパンのブーツ」が装着されていた。


「…………」


私は三秒間沈黙し、それから深く息を吸い込んだ。


「殿下。お久しぶりです。まず、その足元の物体について説明を求めてもよろしいでしょうか? それはファッションですか? それとも、視察の途中で食糧難に陥った際、自らの足首を食料として提供するおつもりですか?」


「フッ、相変わらず言葉のキレが良いな、ヴェール! これは『ブレッド・ウォーカー』と私が名付けた、最先端の機能美だ! 歩くたびに香ばしい香りが漂い、民衆の空腹を満たすという王族の慈愛が詰まっているのだぞ!」


「慈愛じゃなくて雑菌の散布です。あなたが歩いた後の地面は、もはや鳩とネズミのバイキング会場ですよ。あと、そのマント。どう見ても色が『半生(レア)の鮭』ですが、それは私の視神経への嫌がらせですか?」


「嫌がらせではない! これはリリアンが『あしゅれい様は、お魚のようにピチピチしていますわ』と言って選んでくれた、情熱の色だ!」


王子の後ろから、ふわふわ(というかモコモコ)とした物体が飛び出してきた。
聖女リリアンだ。
彼女は今日、全身に大量の「本物の鳥の羽」を接着剤で貼り付けた、巨大な羽毛布団のようなドレスを身に纏っていた。


「ヴェール様ぁ! お元気そうで何よりですわ! 今日の私は『大空を舞う白鳥』をイメージしましたの! どうかしら、私のこの高貴な羽ばたき!」


リリアンが両腕を振ると、接着が甘かったのか、大量の白い羽が雪のように舞い上がり、騎士団員たちの鼻の穴を直撃した。


「……リリアン様。高貴な羽ばたきというよりは、単なる『換毛期の激しい家畜』にしか見えません。あと、その羽根、一部に鶏の質感が混ざっていますが、聖女の威厳を『焼き鳥』の材料で代用するのはやめていただけますか?」


「焼き鳥だなんて失礼ですわ! これは私が一生懸命、市場でむしってきた……っ、いえ、集めてきた聖なる羽根ですわよ!」


「今『むしってきた』って言いましたよね? 窃盗罪か動物愛護法違反で訴えられますよ。それからシリル卿、さっきから黙っていますが、あなたの後ろで副団長が羽毛アレルギーで瀕死の状態です。今すぐこの『歩く枕』を騎士団の外へ追放してください」


シリル卿は、口元を片手で覆い、肩を激しく震わせていた。
彼は、アシュレイ王子のパンのブーツと、リリアンの羽根ドレスが並んだ光景に、ついに限界を迎えたらしい。


「く……っ、ははっ! 『歩く枕』……っ! ヴェール、君は……本当に、私の期待を裏切らない……っ!」


「笑っていないで仕事してください、団長。……殿下、それで? わざわざこの騎士団を『コントの劇場』にするために視察に来られたのですか?」


アシュレイ王子は、パンのブーツを鳴らして一歩前に出た。


「ヴェールよ。お前がいなくなってから、私の王宮生活には『緊張感』が足りないのだ。誰も私のチャックを指摘せず、誰も私の独創的なアイディアをゴミ箱に捨てない。……今なら許してやろう。私のツッコミ役として、王宮に戻ってこい!」


「丁重にお断りします。私は今、騎士たちの健康管理と、団長の『笑いのリハビリ』で忙しいんです。あなたのその、底なしのボケを処理していたら、私の人生が何回あっても足りません」


「なんだと!? この私の隣こそが、女としての最高の名誉だろう!」


「その名誉、リリアン様にあげます。彼女なら、そのパンの靴にジャムを塗って喜んでくれるはずですから」


私が冷たく言い放つと、アシュレイ王子は愕然としてよろめいた。
フランスパンのブーツが、アスファルトの上で「パキッ」と虚しく折れる。


「……ヴェール。お前、本当に変わったな。以前はもっと、こう……地味で、何を言っても『はい』としか言わない女だったはずなのに」


「それは、あなたがツッコミどころを供給しすぎて、私がキャパオーバーになっていただけです。今の私は、シリル卿という『最高の観客』を得て、全盛期を迎えているんですよ」


私は隣に立つシリル卿の腕を、自然な動作で取った。
シリル卿は一瞬目を見開いたが、すぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべて王子を見下ろした。


「……殿下。彼女はもう、王宮の所有物ではありません。我が騎士団の、そして……私の、かけがえのないパートナーだ」


「パートナーだと!? 騎士団長、貴様っ!」


一触即発の空気。
しかし、そんなシリアスな展開を許さないのが、この場に集まった「ボケ」の引力だった。


「あ、あしゅれい様ぁ! 大変ですわ! 私の羽根が、シリル様の鎧の隙間に挟まって……取れませんのぉ!」


リリアンがシリル卿に抱きつこうとして転び、その拍子に彼女のドレスからさらに大量の羽根が爆散した。


「……シリル卿、避けてください。それは『聖女のハグ』ではなく『羽毛布団の圧殺』です」


「分かっている。全力で回避する」


視察は開始数分で、史上最悪のドタバタ劇へと突入した。
私は、パンの靴で必死にバランスを取る王子と、羽根を撒き散らす聖女を眺めながら、改めて自分の選択が正しかったことを確信した。


(……やっぱり、ツッコミの才能を活かす場所は、ここしかないわ)


私は、赤ペンを取り出す準備をしながら、深い、深いため息をついた。
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