わたくし、何の取り柄もない悪役令嬢ですが。

小梅りこ

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「……シリル卿。本日のあなたは、いつにも増して挙動が不審です。まるで、極秘任務に失敗して国を追われる間際の密偵のようですよ」


収穫祭前夜。騎士団本部の裏庭にある、美しいバラのガゼボ。
私は、呼び出された場所に現れるなり、そこに立っていた男に先制攻撃(ツッコミ)を見舞った。


シリル卿は、騎士団の制服をこれでもかというほど几帳面に整え、銀髪をワックスで固めすぎて、もはやヘルメットのような質感になっている。


「……ヴェール嬢。今日、君をここへ呼んだのは、他でもない。我が騎士団の……いや、私の人生における重大な『宣戦布告』を執り行うためだ」


「宣戦布告? 明日、隣国が攻めてくるんですか? それとも、ついにあなたの笑いのツボが爆発して、王都が笑い死にする呪いにでもかかるんですか?」


「いや、違う。……静聴せよ。……コホン。……えー、ヴェール・ローゼライト。君は、私の心の……『本陣』に突如として現れた、予測不能の遊撃隊だ」


「…………は?」


シリル卿は、なぜか軍事報告書を読み上げるようなトーンで話し始めた。
彼はガチガチに緊張しており、持っている薔薇の花束を、まるで『モーニングスター(武器)』のように力強く握りしめている。


「君の言葉という名の矢は、私の鉄壁の防御を貫き、私の感情という名の城壁を粉砕した! 今の私は、君のツッコミなしでは戦場に立つことすら危うい、いわば『弾薬不足の旧式大砲』のような状態なのだ!」


「……シリル卿。せめて例えを恋愛小説から引用してください。なぜ、告白の場に軍事用語が飛び交うんですか。私はあなたの『弾薬』になった覚えはありませんし、あなたの城壁を壊したのは単なるあなたの『ツボの浅さ』ですよ」


「黙っていろ! ……今の私は、君を……我が人生の『終身名誉顧問』として、あるいは『最前線共同指揮官』として……つまり、その……ええい、要するに!!」


シリル卿は顔を真っ赤にし、一歩踏み出した。
だが、緊張が限界に達した彼の足が、地面に置かれていた(彼がムード作りのために用意した)ランタンに引っかかった。


「あっ」


「えっ」


シリル卿の巨体が、バランスを崩して私の方へ倒れ込んでくる。
私は反射的に避けようとしたが、彼は倒れながらも私を巻き込むまいとしたのか、強引に軌道を修正し——。


**ドンッ!!**


「…………っ」


気づけば、私はガゼボの柱と、シリルの両腕の間に閉じ込められていた。
世に言う『壁ドン』……いや、勢いがありすぎて『柱ドン』である。
顔と顔の距離は、わずか数センチ。
彼の吐息が、私の前髪を揺らす。


「……。……。……シリル卿」


「……。……。……すまない、ヴェール。……脚の、機動性が……一時的に……喪失した」


「機動性の喪失じゃなくて、単なる自爆ですよね。あと、今のあなたの顔、格好いいというよりは、獲物を前にした大型犬が空腹で震えているようにしか見えません。……それから」


私は、彼の胸板を指で突いた。


「……告白の勢いが良すぎて、あなたが握りしめていた薔薇の花束が、私の頭に直撃して、今、私の髪に棘(とげ)が数本刺さっているんですけど。……物理的な攻撃での求愛は、原始時代の作法ですか?」


「……。……。……っ!! あ、あああ! すまない! 今すぐ撤去する! 衛生兵……! いや、私が抜く!」


シリル卿は慌てて私から離れようとしたが、今度はマントの金具が私のドレスのレースに引っかかった。


「動かないで! 破れます、私のドレスが国家予算並みの悲鳴を上げています!」


「う、動けん! この……この金具め、反逆罪だぞ!」


「金具に罪をなすりつけないでください。あなたの不器用さが、今この瞬間に天災レベルの被害を及ぼしているんです」


密着したまま、二人でガチャガチャと金具を外そうと奮闘する。
格好いいはずの告白シーンは、数秒で「知恵の輪に苦戦する大人二人」という、最高に情けない絵面に成り果てた。


「……ふぅ。……外れましたよ。……全く、あなたは剣を持たせないと、これほどまでに無力なんですね」


私は乱れた髪を整え、大きくため息をついた。
シリル卿は、使い物にならなくなった薔薇(の花首が取れたやつ)を手に、涙目で立ち尽くしている。


「……ヴェール。……今の私は、騎士団長を辞任して、砂漠の真ん中で反省したい気分だ」


「砂漠に行く前に、言うことがあるでしょう。……さっきの支離滅裂な軍事演説の続きです」


私がじっと彼を見上げると、シリル卿は一度だけ深く呼吸をした。
そして、今度は笑わず、噛まず、けれど震える声で言った。


「……ヴェール。私は、君の隣で一生、君のツッコミを聞いていたい。……君がいない私の人生は、オチのないジョークよりも虚しい。……好きだ。私と、結婚を前提に付き合ってほしい」


「…………」


沈黙が流れる。
夜風が吹き抜け、ガゼボの周囲に沈黙の幕を下ろす。


私の胸の鼓動は、先ほどの「物理的な衝撃」よりもずっと激しく、うるさく鳴っていた。


「……。……。……シリル卿。そのセリフ、もし私が『いいえ』と言ったら、あなたは明日から騎士団の訓練で、八つ当たりとして部下たちに鼻笛を強制するつもりですか?」


「……否定はしない。私の精神的荒廃は、王国全体の戦力を三割は低下させるだろう」


「……国家を人質にした告白なんて、最低ですね。……分かりましたよ。これ以上、この国にボケが蔓延(まんえん)するのは私の喉が持ちませんから、私が責任を持って、あなたの隣でブレーキをかけてあげます」


私がそっぽを向いて答えると、シリル卿の顔が、パッと明るくなった。
まるで、厳しい冬が明けて春が訪れたような、眩しすぎる笑顔。


「……! ……本当か!? では、受理されたのだな!? 私の……私の想いが、本営に届いたのだな!」


「ですから軍事用語はやめてくださいと言っているでしょう! ……あ! ちょっと、抱き上げないでください! 高い! 視界が騎士団の屋根と同じ高さなんですけど!」


「ははははは! 最高だ! ヴェール! 君を一生、離さないぞ!」


「離してください、不審者として通報しますよ! あー、もう……。やっぱりこの人、バカだわ」


私は、空中でバタバタと足を動かしながらも、彼の腕の温かさに、ほんの少しだけ身を委ねた。


こうして、王国最強の騎士と、何の取り柄もない元悪役令嬢の、前代未聞の「コントのような恋」が、本格的に幕を開けたのだった。
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