わたくし、何の取り柄もない悪役令嬢ですが。

小梅りこ

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「……シリル卿。今、王都の正門前で、背中に巨大な『金色のハリセン』を背負い、ド派手なドット柄の旅装束に身を包んだ女性が、道ゆく人々に『面白い顔』を振りまいているのですが。……あれ、聖女様ですよね? まさか、国を挙げての新しい罰ゲームでも始まったのでしょうか?」


舞踏会から数日後。王都の喧騒が少し落ち着いた昼下がり。
私とシリル卿は、ある「重要人物」の見送りのために正門へと足を運んでいた。


そこにいたのは、聖女リリアン。
ただし、これまでのフワフワした羽毛や鏡のドレスはどこへやら、今の彼女は「私はこれから旅芸人の一座を立ち上げます」という決意が全身から溢れ出している、あまりにも過剰な格好をしていた。


「……。……。……ぷっ。……ああ、ヴェール嬢。……報告によれば、彼女は昨夜、教会の祭壇の前で『私は聖女ではなく、笑いの神に選ばれましたわ!』と叫び、聖女の職を一方的に返上したそうだ」


「笑いの神に選ばれたというか、単に自分への注目が『崇拝』から『失笑』に変わったことに気づいて、そちらの道へ適応しただけですよね。……というか、シリル卿、笑いすぎです。あなたの鎧が振動でカチカチ鳴っていて、周囲の衛兵たちが新しいモールス信号か何かかと勘違いしていますよ」


「……ははは! すまない。……だが、あの『金色のハリセン』を見て、笑わない騎士が我が団にいると思うか? あれはもはや、聖剣よりも重圧感がある」


私たちが近づくと、リリアンは鼻の下を指でこすりながら、不自然なほどキリッとした表情で振り返った。


「あら、ヴェール様。それにシリル様。……見送りに来てくださるなんて、光栄ですわ。でも残念でしたわね。このリリアン、もう皆様の『聖女』ではありませんの。これからは、世界を笑いで包む『喜劇の女王(コメディ・クイーン)』として、隣国のエンターテインメント界を席巻しに行くんですのよ!」


「……リリアン様。女王を名乗る前に、まずその服装についてお聞きしたいのですが。そのドット柄の配置、よく見るとすべて『鼻の下を伸ばしたアシュレイ殿下』の似顔絵になっていますよね? そんな呪いのような服を着て国境を越えたら、外交問題に発展するどころか、不審物として焼却処分されますよ」


「まあ! 失礼ですわ! これはあしゅれい様への『未練(という名のネタ)』を昇華させた、私の魂の叫びですのよ! 隣国の方は笑いに厳しいと聞きましたから、これくらいのインパクトがないと埋もれてしまいますわ!」


「埋もれる以前に、社会から隔離されるリスクの方が高いです。……それで、殿下はどうされたんですか? あなたのこの、急激な方向転換を認めたのですか?」


リリアンは少しだけ寂しそうな、けれど清々しい笑顔を浮かべた。


「あしゅれい様は……私が『お笑い修行に行きます』と言ったら、『そうか、ならば私のこの「生ハムのマント」も持っていけ! これが君の非常食であり、最初の小道具だ!』と号泣しながら送り出してくださいましたわ。……もちろん、重たいのでそこらへんの野良犬に差し上げてきましたけど」


「……。……。……英断です。……リリアン様、初めてあなたを尊敬しました。その脂っこい呪縛を捨て去った勇気、それだけは本物の聖女レベルです」


私がそっと彼女の肩に手を置くと、リリアンは私の手を握り返した。


「ヴェール様。……私、気づきましたの。……私が本当に欲しかったのは、誰かに『綺麗』と言われることではなく、誰かを『笑顔(失笑含む)』にすることだったんだわ。……ヴェール様にツッコまれている時の自分が、一番輝いているような気がしたんですもの」


「……。……。……リリアン様」


「だから、隣国で修行を積んで、いつかヴェール様を完膚なきまでに『笑い死に』させてみせますわ! 覚悟しておいてくださいませ! ……では、行ってまいりますわ! ヤーッ!」


リリアンは謎の掛け声と共に、金色のハリセンを大きく振り回しながら、軽快なステップ(やはりタップダンスが混ざっている)で国境へと向かう街道を歩き始めた。


「……シリル卿。……なんだか、嵐が去った後のような、妙な静けさですね」


「……ああ。……だが、隣国の国境守備隊から『ド派手な不審者が接近中』という緊急報告が届くのも時間の問題だろうな」


シリル卿は満足げに、けれど少しだけ同情を込めて遠くを見つめた。


「……ヴェール。……聖女がいなくなったこの国は、これから君の『ツッコミ』が唯一の良心になるわけだ。……私の負担も、ますます増えそうだな?」


「あなたの負担じゃなくて、私の喉の負担を心配してください。……ほら、戻りましょう。……夕食は、あのアシュレイ殿下の生ハムに対抗して、最高の『メンチカツ』を作ってあげますから」


「……メンチカツ! ……ああ、やはり君こそが私の聖女だ!」


「……食べ物で聖女のランクを決めるのはやめてください。……あと、さっきから私の手を握っている力が強すぎます。……喜びが物理的に痛いんですけど」


「……ははははは! すまない、全速力で調整する!」


私たちは、聖女という名のコメディアンが消えていった街道を背に、自分たちの居場所へと歩き出した。


何の取り柄もないと思っていた私の周りは、いつの間にか、とびきり愛すべき「バカ」たちで溢れかえっていた。
そして、その中心で呆れながらも笑っている自分に、私は少しだけ、誇りを感じ始めていた。
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