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「……シリル卿。今夜のあなたは、まるでこれから決死の突撃を敢行する直前の将軍のような、悲壮なまでの格好良さを漂わせていますね。……もしや、明日の朝食に私の苦手なピーマンが出るという、国家的な陰謀の予告でしょうか?」
騎士団本部の、月明かりが降り注ぐ空中庭園。
私は、呼び出された場所に現れるなり、そこに佇む銀髪の騎士を真っ向から見据えた。
今日のシリル卿は、いつもの鎧姿ではない。
深い紺色の礼服を隙なく着こなし、背筋をピンと伸ばしたその姿は、まさに「氷の公爵」と謳われた若き当主そのものだ。
「……ヴェール。今夜は、君の鋭いツッコミに揺らぐつもりはない。……私は、私自身の魂に誓って、ある『任務』を完遂しに来たんだ」
「任務、ですか。……その割には、さっきからあなたの指先が、小刻みに騎士団の行進曲のリズムで震えていますよ。……緊張を隠すなら、せめて末端の神経まで統制下に置いてからにしてください」
「……気づかれていたか」
シリル卿は苦笑し、一歩、私との距離を詰めた。
夜風が彼の銀髪を揺らし、その瞳には、ふざけた空気など一ミリも許さないような、真剣な熱が宿っている。
「ヴェール。……以前の私は、不甲斐ない姿を晒した。……告白の最中に壁を壊しかけ、薔薇を鈍器に変え、挙げ句の果てには軍事用語で君を混乱させた。……だが、今夜の私は違う」
「……ほう? それは、精神修行でも積んできたということですか?」
「ああ。……副団長を相手に、三日三晩、噛まずに愛を囁く特訓をしてきた。……あいつは最後、感動のあまり……いや、あまりの苦痛に泡を吹いて倒れたが、私は手応えを感じている」
「……。……。……副団長に今すぐ慰謝料を払ってあげてください。……で? その特訓の成果とやらを、私に披露してくださるんですか?」
私は腕を組み、わざと挑戦的な笑みを浮かべた。
内心では、私の心臓もまた、彼の礼服のボタンが弾けそうなほどの鼓動を刻んでいるというのに。
シリル卿は、静かに私の前に跪いた。
その流れるような所作には、一切の迷いも、隙もない。
「ヴェール・ローゼライト。……何の取り柄もないと、君は自分を卑下した。……だが、私は知っている。……君が、どれほど多くの言葉で、私の凍りついた心を溶かし、私の視野を広げてくれたかを」
シリル卿の声が、夜の静寂に心地よく響く。
今度は噛まない。震えない。
真っ直ぐに私だけを見つめる、その瞳。
「君のツッコミは、私にとっての『良心』だ。……間違いを間違いだと言い、不条理を笑い飛ばし、迷える私を正しい道へと引き戻してくれる。……私は、そんな君の『声』と共に、これからの人生を歩んでいきたい」
彼は、ポケットから小さな箱を取り出した。
開かれた中には、月光を反射して青白く輝く、大粒のダイヤモンド。
「……何の取り柄もない公爵夫人、で構わない。……君が隣にいて、私のボケた言動を生涯かけて正してくれるのなら、私はこの国の誰よりも幸せな男になれる。……ヴェール。……私と、結婚してほしい」
「…………」
沈黙が流れる。
ツッコミを入れようと、喉まで出かかった言葉たちが、彼の真剣すぎる眼差しの前で霧散していく。
「……シリル卿」
「……なんだ」
「……今のプロポーズ、百点満点です。……あまりにも完璧すぎて、私のツッコミ細胞が『これ以上何を言えばいいんだ』と絶望して、集団ボイコットを始めましたよ。……あなたは、私の唯一の取り柄を奪うつもりですか?」
「……ふふ。……奪うのではない。……君のその力を、私の『家庭』という名の戦場に独占したいだけだ」
シリル卿は、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
その笑顔に、私はついに降参した。
「……分かりましたよ。……全く、あなたは剣も言葉も、一度本気を出すと手に負えませんね。……。……謹んで、お受けします。……ただし、結婚した後にあなたが一つでも寒すぎるボケをかましたら、私は即座に『公爵夫人の権利』を行使して、あなたを物置小屋に追放しますからね」
「……ああ。……むしろ、それを楽しみにしているよ」
シリル卿は立ち上がり、私の左手を取って、薬指に重厚な指輪を滑らせた。
ひんやりとした金属の感触が、私たちの契約を証明する。
「……ヴェール。……愛している」
「……そのセリフ、もし私が『恥ずかしすぎて耳が溶けそうです』と言ったら、あなたはまた『照れている君も可愛いな』なんていう、砂糖を百倍濃縮したような甘い言葉で追撃してくるつもりですよね?」
「……察しがいいな。……だが、今夜は言葉だけではないぞ」
シリル卿の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
今度は、眉間にシワも寄っていない。
彼は、至福に満ちた表情で、私の唇に静かな、けれど確かな誓いを刻んだ。
夜の風が、二人の吐息を優しく攫っていく。
何の取り柄もないと思っていた私が、王国最強の騎士の「特別」になった夜。
私の左手で輝く宝石は、これから始まる「笑いとツッコミに満ちた未来」を、眩しいほどに照らしていた。
「……シリル卿、最後に一つだけ」
「なんだ?」
「……今のキス、最高にロマンチックでしたけど、あなたの礼服の飾緒(しょ)が私の鼻の穴に入りかけて、くしゃみを堪えるのに必死だった私の感動を返してください」
「…………っ! ……ははははは! やはり君には、一生勝てそうにないな!」
空中庭園に、今日一番の明るい笑い声が響き渡った。
騎士団本部の、月明かりが降り注ぐ空中庭園。
私は、呼び出された場所に現れるなり、そこに佇む銀髪の騎士を真っ向から見据えた。
今日のシリル卿は、いつもの鎧姿ではない。
深い紺色の礼服を隙なく着こなし、背筋をピンと伸ばしたその姿は、まさに「氷の公爵」と謳われた若き当主そのものだ。
「……ヴェール。今夜は、君の鋭いツッコミに揺らぐつもりはない。……私は、私自身の魂に誓って、ある『任務』を完遂しに来たんだ」
「任務、ですか。……その割には、さっきからあなたの指先が、小刻みに騎士団の行進曲のリズムで震えていますよ。……緊張を隠すなら、せめて末端の神経まで統制下に置いてからにしてください」
「……気づかれていたか」
シリル卿は苦笑し、一歩、私との距離を詰めた。
夜風が彼の銀髪を揺らし、その瞳には、ふざけた空気など一ミリも許さないような、真剣な熱が宿っている。
「ヴェール。……以前の私は、不甲斐ない姿を晒した。……告白の最中に壁を壊しかけ、薔薇を鈍器に変え、挙げ句の果てには軍事用語で君を混乱させた。……だが、今夜の私は違う」
「……ほう? それは、精神修行でも積んできたということですか?」
「ああ。……副団長を相手に、三日三晩、噛まずに愛を囁く特訓をしてきた。……あいつは最後、感動のあまり……いや、あまりの苦痛に泡を吹いて倒れたが、私は手応えを感じている」
「……。……。……副団長に今すぐ慰謝料を払ってあげてください。……で? その特訓の成果とやらを、私に披露してくださるんですか?」
私は腕を組み、わざと挑戦的な笑みを浮かべた。
内心では、私の心臓もまた、彼の礼服のボタンが弾けそうなほどの鼓動を刻んでいるというのに。
シリル卿は、静かに私の前に跪いた。
その流れるような所作には、一切の迷いも、隙もない。
「ヴェール・ローゼライト。……何の取り柄もないと、君は自分を卑下した。……だが、私は知っている。……君が、どれほど多くの言葉で、私の凍りついた心を溶かし、私の視野を広げてくれたかを」
シリル卿の声が、夜の静寂に心地よく響く。
今度は噛まない。震えない。
真っ直ぐに私だけを見つめる、その瞳。
「君のツッコミは、私にとっての『良心』だ。……間違いを間違いだと言い、不条理を笑い飛ばし、迷える私を正しい道へと引き戻してくれる。……私は、そんな君の『声』と共に、これからの人生を歩んでいきたい」
彼は、ポケットから小さな箱を取り出した。
開かれた中には、月光を反射して青白く輝く、大粒のダイヤモンド。
「……何の取り柄もない公爵夫人、で構わない。……君が隣にいて、私のボケた言動を生涯かけて正してくれるのなら、私はこの国の誰よりも幸せな男になれる。……ヴェール。……私と、結婚してほしい」
「…………」
沈黙が流れる。
ツッコミを入れようと、喉まで出かかった言葉たちが、彼の真剣すぎる眼差しの前で霧散していく。
「……シリル卿」
「……なんだ」
「……今のプロポーズ、百点満点です。……あまりにも完璧すぎて、私のツッコミ細胞が『これ以上何を言えばいいんだ』と絶望して、集団ボイコットを始めましたよ。……あなたは、私の唯一の取り柄を奪うつもりですか?」
「……ふふ。……奪うのではない。……君のその力を、私の『家庭』という名の戦場に独占したいだけだ」
シリル卿は、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
その笑顔に、私はついに降参した。
「……分かりましたよ。……全く、あなたは剣も言葉も、一度本気を出すと手に負えませんね。……。……謹んで、お受けします。……ただし、結婚した後にあなたが一つでも寒すぎるボケをかましたら、私は即座に『公爵夫人の権利』を行使して、あなたを物置小屋に追放しますからね」
「……ああ。……むしろ、それを楽しみにしているよ」
シリル卿は立ち上がり、私の左手を取って、薬指に重厚な指輪を滑らせた。
ひんやりとした金属の感触が、私たちの契約を証明する。
「……ヴェール。……愛している」
「……そのセリフ、もし私が『恥ずかしすぎて耳が溶けそうです』と言ったら、あなたはまた『照れている君も可愛いな』なんていう、砂糖を百倍濃縮したような甘い言葉で追撃してくるつもりですよね?」
「……察しがいいな。……だが、今夜は言葉だけではないぞ」
シリル卿の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
今度は、眉間にシワも寄っていない。
彼は、至福に満ちた表情で、私の唇に静かな、けれど確かな誓いを刻んだ。
夜の風が、二人の吐息を優しく攫っていく。
何の取り柄もないと思っていた私が、王国最強の騎士の「特別」になった夜。
私の左手で輝く宝石は、これから始まる「笑いとツッコミに満ちた未来」を、眩しいほどに照らしていた。
「……シリル卿、最後に一つだけ」
「なんだ?」
「……今のキス、最高にロマンチックでしたけど、あなたの礼服の飾緒(しょ)が私の鼻の穴に入りかけて、くしゃみを堪えるのに必死だった私の感動を返してください」
「…………っ! ……ははははは! やはり君には、一生勝てそうにないな!」
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