わたくし、何の取り柄もない悪役令嬢ですが。

小梅りこ

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「……シリル卿。本日は私たちの結婚式ですが、一つ確認させてください。あそこでパイプオルガンの演奏に合わせて、全力で『腹筋運動』を繰り返している筋肉だるまの集団は、一体何の演出ですか? 愛の鼓動を物理的な振動で表現しているとでも?」


王都の大聖堂。純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、隣に立つ新郎——最高に格好いいはずが、さっきから感動で鼻を赤くしているシリル卿に問いかけた。


シリル卿は、正装の白銀騎士服の胸元を震わせながら、小声で答えた。


「……ああ。……彼らなりの祝辞だそうだ。……『団長の門出に、己の腹筋を捧げる』と言って、昨夜から一睡もせずに鍛え続けているらしい」


「捧げられても困ります。不法投棄ですよ。……あと、あっちの神父様。緊張しすぎて、聖書を上下逆さまに持っていますけど。……今から読み上げられるのは聖なる誓いですか? それとも、逆再生による悪魔の召喚儀式ですか?」


「……。……。……ふっ。……ははは! たしかに、文字がひっくり返っているな」


シリル卿が吹き出したその時、大聖堂の扉が、凄まじい勢いで跳ね上がった。


「待てぇーーーい! この結婚に、異議ありだ!」


現れたのは、これでもかというほど豪華な……けれど、よく見ると全身に「お祝いの熨斗(のし)」を直接貼り付けたような格好のアシュレイ王子だった。
しかも、その後ろからは、金色のハリセンをマイク代わりに握りしめたリリアンが、不敵な笑みを浮かべて続いている。


「……シリル卿。今すぐ衛兵を。……いえ、保健所を呼んでください。あの『歩くギフトセット』と『笑いの亡者』をこの神聖な場所からつまみ出さないと、私の誓いの言葉がすべて『爆笑のオチ』に変換されてしまいます」


「ヴェール! ひどいじゃないか! 元婚約者の私が、わざわざ自分を『贈り物』に見立てて、お前の幸せを祝いに来てやったんだぞ!」


アシュレイ王子が、熨斗(のし)をジャラジャラ鳴らしながらバージンロードを駆け寄ってくる。


「殿下。まず、その格好について。お祝いの気持ちを自分に貼るんじゃなくて、中身をください、中身を。あなた自身がプレゼントだなんて、返品不可の不良在庫を押し付けられた気分ですよ。……あと、リリアン様。そのマイク代わりのハリセン。さっきからそれで自分の頭を叩いて『なんでやねん!』って叫ぶのはやめてください。ここは大聖堂であって、隣国の寄席じゃありません」


「まあ! ヴェール様、相変わらずキレキレですわね! これぞ私が求めていた『究極のパス』ですわ! 修行の成果、見てくださいませ! ……あしゅれい様、いきますわよ! はい、どーもー!!」


「どーもー!!」


王子と元聖女が、祭壇の前でセンターマイクもなしに漫才を始めた。


「…………シリル卿。抜剣(ばっけん)してください。この二人を物理的に強制終了させないと、私たちの愛の誓いが『今週のネタ見せ』として歴史に刻まれてしまいます」


「……。……。……ははははは! 最高だ! ……あしゅれい殿下のあの絶妙な間の悪さ……っ! そしてリリアンの、ボケにならないボケ……っ! ははは! 腹が……腹が痛い……っ!」


「笑っていないで止めてください、このゲラ団長! ……神父様! あなたも白目を剥いて固まっていないで、さっさと次の進行へ進んでください! それとも、このまま二人の出囃子を歌い続けるおつもりですか?」


「ひ、ひぃぃっ! す、すみません! ……えー、では……新郎シリル、新婦ヴェール……。……汝らは、いかなる時も……ボケを愛し、ツッコミを敬い、……死が二人を分かつまで、笑い転げることを誓いますか?」


「神父様。……内容が、さっきの二人の漫才に引きずられて改竄されていますよ。……誰がボケを愛すると言いましたか。私は一生、この男の隙を埋め続けるとは言いましたが、それはあくまで『監視』であって『愛好』ではありません」


私がピシッと扇子で神父を指すと、シリル卿は私の手を優しく包み込んだ。


「……いいじゃないか、ヴェール。……私は、君にツッコまれるたびに、自分が世界で一番幸せな男だと再確認できるんだ。……私は、誓うよ。……君のその鋭い言葉に、一生……魂を射抜かれ続けることを」


シリル卿は、涙を浮かべて笑いながら、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「……。……。……全く。……あなたという人は。……分かりましたよ。……誓います。……このバカげた世界と、もっとバカなあなたの隣で、私の喉が枯れるまで、正論(ツッコミ)を叩き込み続けることを!」


「……では、誓いの接吻を……あ、噛んじゃった……せっぷんをぉぉ!」


神父が最後までグダグダな声を上げる中、シリル卿が私の顔をそっと引き寄せた。


「ヴェール。……大好きだ。……これからも、よろしくな」


「……ええ。……だから、キスの直前に『大好きだ』なんていう、ツッコミどころのない真っ直ぐな言葉を吐くのはやめてください。……私の負けみたいじゃないですか」


私は少しだけ俯き、けれど自分から彼の唇を迎えに行った。


大聖堂に、割れんばかりの拍手と、騎士たちの「筋肉の咆哮」、王子の絶叫、そしてリリアンのハリセンの音が響き渡る。


何の取り柄もないと思っていた私。
婚約破棄されて、人生が終わったと思っていた私。


けれど、今の私の手には、最高に格好良くて、最高に笑い上戸な夫と、一生使い切れないほどの「ネタ」が握られている。


私たちの物語は、ここからが本当の幕開け。
今日もどこかで、愛を込めた私のツッコミが、王国の空に響き渡ることだろう。
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