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ガタゴトと、安い馬車が揺れる。
王都から数日。私たちが向かっているのは、グロスタ公爵家の領地の最果て、通称「見捨てられた荒野」である。
馬車の中では、父上が窓の外を見つめながら、今にも消え入りそうな声で嘆いていた。
「……ああ。ついに、王都の華やかな街並みが見えなくなってしまった。ウリエル、本当に行ってしまうのだな。電気も通っていない、娯楽もない、あるのは泥と石ころだけの場所に」
「お父様、何を仰っていますの。あそこは泥と石ころの場所ではありませんわ」
私は手元の地図と、領地の納税記録(と言っても、数年分は白紙に近いが)を照らし合わせながら答えた。
「あそこは、『未開発の含み資産』と『固定資産税の節税特区』ですわ」
「節税……。お前、追放されるというのに、どうしてそんなに楽しそうなのだ」
「追放? いいえ、これは『戦略的撤退』と『新規事業への着手』ですわ。王都での高い交際費、ドレス代、そしてあの無能な王子との婚約維持費。それらすべてから解放された今の私にとって、この旅は最高のバカンスです」
私は窓の外に広がる、荒れ果てた草原を眺めた。
確かに草はボサボサで、道はデコボコだ。だが、私の目にはそのすべてが「改善の余地」という名の金貨に見えていた。
「見てください、お父様。あの放置されたままの森林。適切に間伐して木材として売れば、それだけで冬の暖房費を差し引いても黒字ですわ。さらに、あの荒れ地。土壌改良の初期投資はかかりますが、数年後には高収益の作物を育てる『金の成る畑』に変わります」
「……お前の目には、景色がすべて帳簿で見えているのか?」
「当然ですわ。美しさで腹は膨れませんが、収益性は未来を創りますから」
やがて、馬車が大きく揺れて止まった。
目の前に現れたのは、かつての領主邸。……と言えば聞こえはいいが、実際にはツタが絡まり、屋根の瓦が数枚剥がれ落ちた、幽霊屋敷一歩手前の古城だった。
御者が怯えたような声で告げる。
「お、お客様……到着しました。ここがグロスタ領の管理邸です。……あの、本当にここでよろしいんで?」
「ええ、結構ですわ。はい、運賃。契約通り、最短ルートでの走行でしたので、規定の金額に『安全運転手当』として五%上乗せしておきました」
「あ、ありがとうございます! 公爵令嬢様ってのはもっと怖い人かと思ってたが、話が分かる人で助かった!」
御者はチップ(わずかだが)を受け取ると、逃げるように馬車を走らせて去っていった。
後に残されたのは、絶望に打ちひしがれる父上と、冷静に荷物を下ろすセバス、そして私だ。
「……ウリエル。屋根が、屋根が落ちているぞ。雨が降ったら、私たちは公爵家としてではなく、水浸しのネズミとして夜を明かすことになる」
「お父様。屋根が落ちているということは、修理が必要だということ。つまり、ここには『建設需要』があるということですわ。セバス、荷物の中から防水シートを取り出して。今夜はまず、応急処置でランニングコストを抑えます」
「かしこまりました、お嬢様。……しかし、この邸内、相当な埃でございますな」
私は一歩、邸内へと足を踏み入れた。
床は軋み、空気はひんやりとしている。
普通の令嬢なら、ここで悲鳴を上げて泣き出すところだろう。
だが、私は床の軋みを聞きながら、その木材の材質を確認した。
「……ふむ。埃は被っていますが、柱の芯はしっかりしていますわね。この建材、今では手に入らない高級な黒樫(ブラックオーク)ですわ。磨けば価値が出る。……素晴らしいわ! 最初から『資産価値の高い物件』を手に入れていたなんて!」
「……ポジティブすぎる。お前の脳内は、一体どういう構造になっているんだ」
「計算機とそろばんで構成されておりますの。さあ、お父様! 嘆いている暇はありませんわ。まずは掃除です。セバス、私たちが寝る場所を確保するまでの工程表(スケジュール)を作成して。一〇分刻みで無駄なく動きますわよ!」
「承知いたしました」
私はドレスの袖をまくり上げ、王宮から「くすねて……いえ、正当に回収してきた」掃除道具を手に取った。
「王都では、私は『悪役令嬢』と呼ばれていました。なら、ここでもその名の通り、徹底的にやってやりますわ。……ただし、私が悪役になるのは、この領地の『赤字』に対してだけです!」
私の宣言に、天井からパラパラと埃が落ちてきた。
それはまるで、これから始まる大改革への、領地からのささやかな拍手のように聞こえた。
「さあ、まずはこの埃を掃き出しますわよ! この埃の中にも、もしかしたら先代のヘソクリが混ざっているかもしれませんからね!」
「……結局、金か!」
父上の突っ込みを華麗にスルーし、私は力強く箒を振るった。
婚約破棄、追放、古城暮らし。
世間が「不幸」と呼ぶそのすべてを、私は「最高の中古物件(掘り出し物)」として、黒字に塗り替えてみせる。
ここが、私の新しい帝国の中心地。
私のソロバンが、荒野に経済の音を響かせる日は、そう遠くないはずだ。
王都から数日。私たちが向かっているのは、グロスタ公爵家の領地の最果て、通称「見捨てられた荒野」である。
馬車の中では、父上が窓の外を見つめながら、今にも消え入りそうな声で嘆いていた。
「……ああ。ついに、王都の華やかな街並みが見えなくなってしまった。ウリエル、本当に行ってしまうのだな。電気も通っていない、娯楽もない、あるのは泥と石ころだけの場所に」
「お父様、何を仰っていますの。あそこは泥と石ころの場所ではありませんわ」
私は手元の地図と、領地の納税記録(と言っても、数年分は白紙に近いが)を照らし合わせながら答えた。
「あそこは、『未開発の含み資産』と『固定資産税の節税特区』ですわ」
「節税……。お前、追放されるというのに、どうしてそんなに楽しそうなのだ」
「追放? いいえ、これは『戦略的撤退』と『新規事業への着手』ですわ。王都での高い交際費、ドレス代、そしてあの無能な王子との婚約維持費。それらすべてから解放された今の私にとって、この旅は最高のバカンスです」
私は窓の外に広がる、荒れ果てた草原を眺めた。
確かに草はボサボサで、道はデコボコだ。だが、私の目にはそのすべてが「改善の余地」という名の金貨に見えていた。
「見てください、お父様。あの放置されたままの森林。適切に間伐して木材として売れば、それだけで冬の暖房費を差し引いても黒字ですわ。さらに、あの荒れ地。土壌改良の初期投資はかかりますが、数年後には高収益の作物を育てる『金の成る畑』に変わります」
「……お前の目には、景色がすべて帳簿で見えているのか?」
「当然ですわ。美しさで腹は膨れませんが、収益性は未来を創りますから」
やがて、馬車が大きく揺れて止まった。
目の前に現れたのは、かつての領主邸。……と言えば聞こえはいいが、実際にはツタが絡まり、屋根の瓦が数枚剥がれ落ちた、幽霊屋敷一歩手前の古城だった。
御者が怯えたような声で告げる。
「お、お客様……到着しました。ここがグロスタ領の管理邸です。……あの、本当にここでよろしいんで?」
「ええ、結構ですわ。はい、運賃。契約通り、最短ルートでの走行でしたので、規定の金額に『安全運転手当』として五%上乗せしておきました」
「あ、ありがとうございます! 公爵令嬢様ってのはもっと怖い人かと思ってたが、話が分かる人で助かった!」
御者はチップ(わずかだが)を受け取ると、逃げるように馬車を走らせて去っていった。
後に残されたのは、絶望に打ちひしがれる父上と、冷静に荷物を下ろすセバス、そして私だ。
「……ウリエル。屋根が、屋根が落ちているぞ。雨が降ったら、私たちは公爵家としてではなく、水浸しのネズミとして夜を明かすことになる」
「お父様。屋根が落ちているということは、修理が必要だということ。つまり、ここには『建設需要』があるということですわ。セバス、荷物の中から防水シートを取り出して。今夜はまず、応急処置でランニングコストを抑えます」
「かしこまりました、お嬢様。……しかし、この邸内、相当な埃でございますな」
私は一歩、邸内へと足を踏み入れた。
床は軋み、空気はひんやりとしている。
普通の令嬢なら、ここで悲鳴を上げて泣き出すところだろう。
だが、私は床の軋みを聞きながら、その木材の材質を確認した。
「……ふむ。埃は被っていますが、柱の芯はしっかりしていますわね。この建材、今では手に入らない高級な黒樫(ブラックオーク)ですわ。磨けば価値が出る。……素晴らしいわ! 最初から『資産価値の高い物件』を手に入れていたなんて!」
「……ポジティブすぎる。お前の脳内は、一体どういう構造になっているんだ」
「計算機とそろばんで構成されておりますの。さあ、お父様! 嘆いている暇はありませんわ。まずは掃除です。セバス、私たちが寝る場所を確保するまでの工程表(スケジュール)を作成して。一〇分刻みで無駄なく動きますわよ!」
「承知いたしました」
私はドレスの袖をまくり上げ、王宮から「くすねて……いえ、正当に回収してきた」掃除道具を手に取った。
「王都では、私は『悪役令嬢』と呼ばれていました。なら、ここでもその名の通り、徹底的にやってやりますわ。……ただし、私が悪役になるのは、この領地の『赤字』に対してだけです!」
私の宣言に、天井からパラパラと埃が落ちてきた。
それはまるで、これから始まる大改革への、領地からのささやかな拍手のように聞こえた。
「さあ、まずはこの埃を掃き出しますわよ! この埃の中にも、もしかしたら先代のヘソクリが混ざっているかもしれませんからね!」
「……結局、金か!」
父上の突っ込みを華麗にスルーし、私は力強く箒を振るった。
婚約破棄、追放、古城暮らし。
世間が「不幸」と呼ぶそのすべてを、私は「最高の中古物件(掘り出し物)」として、黒字に塗り替えてみせる。
ここが、私の新しい帝国の中心地。
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