婚約破棄、感謝いたしますわ!節約狂いの悪役令嬢、浮いた婚約維持費で領地を救う

小梅りこ

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「お止めなさい、ウリエル! それだけは! それだけは勘弁してくれ!」

父上が、まるでこの世の終わりのような形相で、一つの鉢植えにしがみついている。
それは、彼が「精神の安らぎ」と称して書斎の特等席に置いている、見事な枝ぶりの盆栽だった。

私は手に持った冷徹な査定リストを叩き、眼鏡(もちろん度はない、知的に見える演出用の安物だ)を指先で押し上げた。

「お父様。その『精神の安らぎ』とやらを維持するために、毎月どれほどの維持費がかかっているか、ご存知ですの?」

「い、維持費だと? これは私が自ら水をやり、愛を注いでいるのだ! タダだよ、タダ!」

「おめでたい頭ですわね。その水をやるための『お父様の時給』、そして特注の肥料代。さらに、この盆栽を置くために占有しているスペースの『床面積あたりの家賃換算額』。合計すれば、年間で小規模な村の税収に匹敵しますわ」

私は無慈悲にそろばんを弾いた。
パチパチという音が、死神の足音のように書斎に響く。

「……計算しましたわ。その松、今すぐ売れば三〇万ゴールドになります。しかし、あと一年持ち続ければ、維持費でその価値を食いつぶし、実質的な損失(ロス)に転じます」

「損失だと!? これは芸術だぞ!」

「芸術で腹は膨れません。さあ、その手を離してください。すでに古物商の馬車が裏門に待機しております」

「鬼だ! 婚約破棄されて、私の娘は冷たい計算機に成り果ててしまった!」

父上は床に伏して泣きじゃくったが、私は構わずに次の「負債」へと目を向けた。

「さて、次はその棚の奥に隠されている、ヴィンテージワインのコレクションですわね」

「なっ……! な、何のことかな、ウリエル。そんなもの、私は知らないぞ」

父上の声が明らかに上ずった。
私は迷わず、本棚の三段目、百科事典の裏側にある隠しレバーを引いた。

「あら、お父様。この隠し扉の立て付け、少し悪くなっていてよ。修理代をケチったツケですわね」

ギギギ、と音を立てて開いた空間には、最高級のワインボトルが数十本、整然と並べられていた。

「……っ。それは、私の老後の楽しみで……!」

「老後を待たずして、我が家が破産(倒産)しては元も子もありません。これらはすべて、領地の種籾(たねもみ)代と、農具の修繕費用に充てさせていただきます」

「ウリエル……頼む。せめて、あの一本だけは……結婚記念日の……」

「思い出は脳内にセーブしてください。現物はキャッシュに変換します」

私は容赦なく、控えていた使用人たちにワインの搬出を命じた。
父上は、空になった隠し棚を見つめて、魂が抜けたような顔で椅子に崩れ落ちた。

「……ああ、私の人生。楽しみが、すべて金貨の音に変わっていく……」

「お父様、誤解しないでください。私は何も、お父様を苦しめたいわけではありません。すべては、我々が領地で『黒字』の生活を送るためなのです」

私は椅子に座る父の肩に、そっと手を置いた。

「考えてもみてください。王都の見栄にまみれた生活を捨て、領地で自給自足し、無駄を省けば……三年後には、今よりもずっと質の高いワインを、自分の領地で造れるようになるかもしれませんわよ?」

「……本当か? 本当に、またワインが飲めるようになるのか?」

「ええ。もちろん、その時はしっかりと原価管理(コストコントロール)をした上での話ですが」

現金なもので、父上の瞳に少しだけ生気が戻った。

「分かった……。ウリエル、お前に任せよう。だが、あの盆栽の鉢だけは……鉢だけは安物に変えて、中身をそこらの松の枝に差し替えて置いておいてもいいか?」

「……見栄のためにそこまで。いいでしょう、その『偽装工作』にかかる費用がお父様の小遣いから出るのであれば、許可いたしますわ」

「ありがとう、ウリエル! お前はなんて優しい娘なんだ!」

どこが優しいのか自分でも疑問だが、これで邸内の換金可能な資産は、ほぼすべて整理がついた。

「さて、セバス。荷造りの進捗はどうなっていて?」

「はい、お嬢様。お嬢様の指示通り、家具は必要最低限。あとはすべて領地での生産活動に必要な道具と、保存食で埋まっております」

「よろしい。王都のこの屋敷の貸し出し広告も、主要なギルドに貼り出しましたわね?」

「左様にございます。『歴史ある公爵邸、家賃応相談。ただし庭はジャガイモ畑につき耕作義務あり』という、前代未聞の条件で……」

「いいんです。ジャガイモは裏切らない資産ですから」

私は窓の外、かつては色とりどりの花が咲き乱れていた庭が、今や茶色い土の山に変わっているのを眺めた。

「婚約破棄という名の『不採算事業の売却』から始まった、我が家の再建計画。第一フェーズは、これで完了ですわ」

私は手帳に、大きく「目標金額達成」と書き込み、二重線を引いた。

「さあ、明日はいよいよ領地へ出発です。……お父様、移動中の馬車で食べるお弁当は、昨日の残りのパンの耳を揚げたものですから、覚悟しておいてくださいませね」

「パンの耳……。公爵家がパンの耳……」

父上の力ない呟きを背に、私は領地での収益シミュレーションを頭の中で走らせ始めた。
そこには、黄金色に輝く小麦畑と、積み上げられた金貨の山が、はっきりと見えていた。
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