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王宮から帰還した私は、馬車の扉が開くよりも早く地面に降り立った。
手には、王子の署名が入った「黄金の約束(慰謝料請求書)」が握られている。
玄関ホールでは、父であるグロスタ公爵が、そわそわと落ち着かない様子で待っていた。
「ウリエル! どうだった? まさか、王子に無礼を働いて投獄されるようなことには……」
「お父様、私を誰だと思っているのですか? 私は常に『損得勘定』で動く女です。損をすることが分かっていて、無礼を働くはずがありませんわ」
私は父の目の前で、ひらひらと書類を振ってみせた。
「満額回答、プラスアルファです。これで当面の運転資金は確保できましたわ」
「ま、満額!? あのケチで有名な王室から、本当に取ってきたのか!」
「ケチではなく、彼らは単に『計算ができない』だけです。できない者に代わって、私が計算して差し上げた……ただ、それだけのことですわ」
私は父の感銘を無視し、即座に背後の執事セバスへと向き直った。
「セバス、今すぐ全使用人をホールに集めなさい。あ、庭師と厨房係、掃除婦も一人残らずです」
「は、はあ……。左様でございますが、一体何を?」
「決まっているでしょう? 事業計画の発表会ですわ」
十分後。
広大なホールには、何事かと怯える使用人たちが集まっていた。
私は彼らの前に立ち、一通のリストを広げた。
「皆様。今日からグロスタ公爵家は、完全な『筋肉質経営』へと移行します」
「……筋肉質?」
若手の使用人が首を傾げる。
私は笑顔で、だが目は一切笑わずに告げた。
「まず、庭師のジョゼフ。貴方は今日から、庭のバラの手入れを半分に減らしなさい。空いたスペースには、すべてジャガイモと玉ねぎを植えます」
「え、エエッ!? 公爵家の庭に、ジャガイモですか!?」
「観賞用の花は一銭にもなりませんが、野菜は食費の削減(コストカット)に直結します。文句があるなら、バラの香りで腹を満たしてから言いなさい」
ジョゼフが絶句するのを横目に、私は次に厨房係を指差した。
「料理長。これからの晩餐会は、原則として『一汁一菜』とします。お客様を招く時だけ、例外を認めますが、それも私が事前に食材の原価をチェックしますわ」
「お嬢様! そんなことをしたら、グロスタ家の格式が……!」
「格式を食べて、お腹が膨れるのですか? お父様の贅肉を見なさい。あれは格式ではなく、無駄な脂(負債)ですわよ」
「ウリエル! 私のことまでリストラ対象に入れるつもりか!」
父が叫ぶが、私は無情にも続けた。
「それから掃除係。この屋敷の三階、北翼側は今日から閉鎖します。使う予定のない部屋を毎日掃除するのは、人件費と洗剤代の無駄です。家具には布を被せて、施錠しなさい」
「そんな……お嬢様。私たちは、首になるのでしょうか?」
一人のメイドが、震える声で尋ねた。
私は彼女を見つめ、少しだけ声を和らげた。
「いいえ。私は『無駄』を嫌いますが、『優秀な人材』を手放すほど愚かではありません。仕事がなくなった分、貴女たちには別の『利益を生む仕事』をしてもらいます」
「別の、仕事……?」
「はい。王都で流行り始めている刺繍製品の内職です。私が販路を確保しました。屋敷を掃除する代わりに、その時間で利益を出しなさい。出来高に応じて、ボーナスも出しますわ」
使用人たちの間に、さっきとは違うざわめきが広がった。
「ボーナス」という言葉に、現金な彼らの目が輝き始める。
「さあ、解散です! 一秒立ち止まっているごとに、我が家の資産が人件費として流出していると考えなさい!」
彼らが蜘蛛の子を散らすように去っていく中、私は最後にセバスを呼び止めた。
「セバス。お父様の書斎にある、あの純金製のペーパーウェイト。あれ、実は中身が真鍮のメッキだってこと、私、知っていますわよ」
「……えっ。お嬢様、いつの間にそれを?」
「お父様が先月、こっそり質屋に入れたのを見かけましたの。セバス、お父様には内緒で、残っている『本物』の美術品をすべてリストアップして。今夜中に査定を終わらせます」
「……お嬢様。失礼ながら、婚約破棄されてからのお嬢様は、まるで何かに取り憑かれたようでございますな」
「あら、失礼ね。私はただ、自由に生きるための『軍資金』を整理しているだけよ」
私は窓の外に広がる、これからジャガイモ畑になる予定の庭を眺めた。
「愛は裏切りますが、数字は裏切りません。……さあ、次は領地への引っ越し準備よ。王都のこの屋敷も、近いうちに賃貸に出す手続きを進めましょうか」
「お嬢様、そこまでやるのですか!?」
「当然ですわ。住んでいない空間に固定資産税を払うなんて、正気の沙汰ではありませんもの」
私は鼻歌混じりに、新たな帳簿を開いた。
公爵令嬢から、最強の事業家へ。
私の本当の人生(黒字経営)は、今始まったばかりなのだから。
手には、王子の署名が入った「黄金の約束(慰謝料請求書)」が握られている。
玄関ホールでは、父であるグロスタ公爵が、そわそわと落ち着かない様子で待っていた。
「ウリエル! どうだった? まさか、王子に無礼を働いて投獄されるようなことには……」
「お父様、私を誰だと思っているのですか? 私は常に『損得勘定』で動く女です。損をすることが分かっていて、無礼を働くはずがありませんわ」
私は父の目の前で、ひらひらと書類を振ってみせた。
「満額回答、プラスアルファです。これで当面の運転資金は確保できましたわ」
「ま、満額!? あのケチで有名な王室から、本当に取ってきたのか!」
「ケチではなく、彼らは単に『計算ができない』だけです。できない者に代わって、私が計算して差し上げた……ただ、それだけのことですわ」
私は父の感銘を無視し、即座に背後の執事セバスへと向き直った。
「セバス、今すぐ全使用人をホールに集めなさい。あ、庭師と厨房係、掃除婦も一人残らずです」
「は、はあ……。左様でございますが、一体何を?」
「決まっているでしょう? 事業計画の発表会ですわ」
十分後。
広大なホールには、何事かと怯える使用人たちが集まっていた。
私は彼らの前に立ち、一通のリストを広げた。
「皆様。今日からグロスタ公爵家は、完全な『筋肉質経営』へと移行します」
「……筋肉質?」
若手の使用人が首を傾げる。
私は笑顔で、だが目は一切笑わずに告げた。
「まず、庭師のジョゼフ。貴方は今日から、庭のバラの手入れを半分に減らしなさい。空いたスペースには、すべてジャガイモと玉ねぎを植えます」
「え、エエッ!? 公爵家の庭に、ジャガイモですか!?」
「観賞用の花は一銭にもなりませんが、野菜は食費の削減(コストカット)に直結します。文句があるなら、バラの香りで腹を満たしてから言いなさい」
ジョゼフが絶句するのを横目に、私は次に厨房係を指差した。
「料理長。これからの晩餐会は、原則として『一汁一菜』とします。お客様を招く時だけ、例外を認めますが、それも私が事前に食材の原価をチェックしますわ」
「お嬢様! そんなことをしたら、グロスタ家の格式が……!」
「格式を食べて、お腹が膨れるのですか? お父様の贅肉を見なさい。あれは格式ではなく、無駄な脂(負債)ですわよ」
「ウリエル! 私のことまでリストラ対象に入れるつもりか!」
父が叫ぶが、私は無情にも続けた。
「それから掃除係。この屋敷の三階、北翼側は今日から閉鎖します。使う予定のない部屋を毎日掃除するのは、人件費と洗剤代の無駄です。家具には布を被せて、施錠しなさい」
「そんな……お嬢様。私たちは、首になるのでしょうか?」
一人のメイドが、震える声で尋ねた。
私は彼女を見つめ、少しだけ声を和らげた。
「いいえ。私は『無駄』を嫌いますが、『優秀な人材』を手放すほど愚かではありません。仕事がなくなった分、貴女たちには別の『利益を生む仕事』をしてもらいます」
「別の、仕事……?」
「はい。王都で流行り始めている刺繍製品の内職です。私が販路を確保しました。屋敷を掃除する代わりに、その時間で利益を出しなさい。出来高に応じて、ボーナスも出しますわ」
使用人たちの間に、さっきとは違うざわめきが広がった。
「ボーナス」という言葉に、現金な彼らの目が輝き始める。
「さあ、解散です! 一秒立ち止まっているごとに、我が家の資産が人件費として流出していると考えなさい!」
彼らが蜘蛛の子を散らすように去っていく中、私は最後にセバスを呼び止めた。
「セバス。お父様の書斎にある、あの純金製のペーパーウェイト。あれ、実は中身が真鍮のメッキだってこと、私、知っていますわよ」
「……えっ。お嬢様、いつの間にそれを?」
「お父様が先月、こっそり質屋に入れたのを見かけましたの。セバス、お父様には内緒で、残っている『本物』の美術品をすべてリストアップして。今夜中に査定を終わらせます」
「……お嬢様。失礼ながら、婚約破棄されてからのお嬢様は、まるで何かに取り憑かれたようでございますな」
「あら、失礼ね。私はただ、自由に生きるための『軍資金』を整理しているだけよ」
私は窓の外に広がる、これからジャガイモ畑になる予定の庭を眺めた。
「愛は裏切りますが、数字は裏切りません。……さあ、次は領地への引っ越し準備よ。王都のこの屋敷も、近いうちに賃貸に出す手続きを進めましょうか」
「お嬢様、そこまでやるのですか!?」
「当然ですわ。住んでいない空間に固定資産税を払うなんて、正気の沙汰ではありませんもの」
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