婚約破棄、感謝いたしますわ!節約狂いの悪役令嬢、浮いた婚約維持費で領地を救う

小梅りこ

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「認めん! 断じて認めんぞ! このような小娘の書いたデタラメな紙切れに従えるか!」

黒鉄城の会議室に、老文官の怒号が響き渡った。
彼の名はバルトロ。長年この領地の財務を預かってきた自負があるのだろうが、私に言わせれば「長年赤字を放置してきた戦犯」である。

私は耳を塞ぐこともせず、優雅に茶をすすった。
もちろん、この茶葉は私が持参した安物だ。城の高級茶葉はすでに「転売用資産」として差し押さえている。

「デタラメ、とは心外ですわね。バルトロ様。その紙に書かれているのは、主観を一切排除した『真実』のみですわよ」

「真実だと!? 騎士団の酒代を七割カット? さらに装備の修繕費を競争入札制にするだと? そんなことをすれば、騎士たちの士気は地に落ちる!」

「士気が落ちるのと、領地が破産して路頭に迷うの、どちらが騎士道に反するかしら?」

私は冷たく言い放ち、手元のそろばんをジャッ、と鳴らした。

「バルトロ様、貴方が『士気』と呼んでいるものは、単なる『管理不足』の言い換えです。騎士団の酒代、先月の請求書に『最高級エール百樽』とありますが、実際に納品されたのは八十樽でしたわね。残りの二十樽分の代金、どこへ消えましたの?」

バルトロの顔が、一瞬で土気色に変わった。

「そ、それは……輸送中の破損や、その……」

「破損率二十パーセント? そんな無能な運送業者を使っているなら、今すぐ解雇すべきですわ。それとも……その差額が貴方の裏庭に埋まっている『新しい温室』の建設費用に化けたのかしら?」

「なっ……! 貴様、証拠もないのに……!」

「証拠なら、昨夜のうちにセバスに揃えさせましたわ。あ、ついでにその運送業者の台帳も『買い取って』きました。彼ら、意外と安く情報を売ってくれましたわよ。一〇〇ゴールドで」

私はセバスから受け取った一束の書類を、テーブルの中央に放り投げた。
会議室に集まった他の文官や騎士たちが、一斉にバルトロへ疑いの視線を向ける。

「……バルトロ。これは本当か」

部屋の隅で黙って聞いていたカシアン様が、重苦しい声を出した。
その瞳は、戦場での彼よりも鋭く、冷たい。

「あ、いや……これは……閣下、誤解です! 私は領地のために……!」

「領地のためではなく、自分の懐のためですわね。カシアン様、この方の退職金はゼロでよろしいかしら? あ、これまで不正に得た利益を返還していただくので、むしろマイナス(債務)になりますわね」

カシアン様はバルトロを一瞥し、短く命じた。

「……連れて行け。沙汰があるまで地下牢に入れておけ」

「ひ、ひえぇぇっ! お助けをー!」

バルトロが引きずり出されると、会議室には静寂が訪れた。
残された文官たちは、次は自分たちの番かと震えている。

私はパン、と手を叩いて彼らの注目を集めた。

「さて、ゴミ掃除は終わりました。ここからは建設的な話をしましょう。騎士団の皆様、不満そうな顔をしないで。お酒を減らす代わりに、私は新しい提案を用意しましたわ」

最前列で不貞腐れていた若手騎士が、反論するように身を乗り出した。

「提案だと? 酒を奪われた俺たちに、何をくれるってんだ。どうせまた数字の話だろう!」

「いいえ。私が提供するのは『勝利』と『報酬』ですわ」

私は地図を広げ、領地の北側を指差した。

「ここに放置されたままの鉱山跡がありますわね。魔物が出るからと閉鎖されていますが、私の計算では、ここの魔物を駆除して採掘を再開すれば、今の騎士団の運営費を賄って余りある利益が出ます」

「魔物退治か……。それは俺たちの仕事だが、装備がボロボロなんだよ!」

「ですから、そのための『先行投資』として、私が王都から最高級の魔力銀を安値で仕入れてきましたわ。婚約破棄の慰謝料の一部を、現物で回収しておいたのです。これで装備を新調し、鉱山を奪還しなさい」

騎士たちの目が、一瞬で輝き始めた。

「魔力銀だと!? あんな高価なものを……」

「ただし! 条件があります。鉱山から得られた利益の十五パーセントは、騎士団のボーナス(特別報酬)として分配します。残りは領地の再建費用に。……どうです? タダ酒を飲むより、自分の腕で稼いだ金で飲む最高級の酒の方が、ずっと美味しくありませんか?」

「……やる。やってやるぞ!」
「魔物退治でボーナスか。腕が鳴るぜ!」

単純な……いえ、純粋な騎士たちは、あっさりと私の提案に飛びついた。
これが「成果報酬型(インセンティブ)」の魔法である。

騎士たちが鼻息荒く部屋を出ていくと、残ったのは私とセバス、そしてカシアン様だけになった。

「……驚いた。力でねじ伏せるのではなく、利益で動かすとはな」

カシアン様が、感心したように椅子に深く腰掛けた。

「人は恐怖では一過性の動きしかしませんが、利益(メリット)があれば自ら走り出しますわ。カシアン様、これが経営というものです」

「経営か……。私には縁のない言葉だと思っていたが。……ウリエル、貴様が来てから、この城の空気が変わった気がする」

カシアン様が立ち上がり、私の方へ歩み寄ってきた。
その距離が、昨日よりも少しだけ近い。

「……。一つ聞いてもいいか。貴様は、なぜそこまでして私の領地を助ける。石材の取引権だけが目的ではないだろう」

私はふっと視線を逸らし、手元のそろばんを見つめた。

「……。計算が合わないのが、嫌いなだけです。赤字という名の不具合(バグ)が放置されているのを見ると、どうにも落ち着かなくて」

「……それだけか?」

「ええ。……あ、あと、カシアン様が破産して野垂れ死ぬと、私の貸したミルク代一五ゴールドが踏み倒されてしまいますもの。それは絶対に許せませんわ」

カシアン様は、一瞬呆けたような顔をした後、低く笑い声を上げた。
氷の騎士と呼ばれた男が、こんなに楽しそうに笑うなんて。

「……くくっ。一五ゴールドのために、領地一つを救うというのか。貴様は、本当に変わった女だ」

「最高の褒め言葉として受け取っておきますわ。……さあ、カシアン様。笑っている暇はありません。次は鉱山再開のための工程表(ガントチャート)を作成しますわよ。ペンと紙を用意してください!」

「ああ……。分かった、軍師殿」

カシアン様の返事が、少しだけ温かく聞こえたのは気のせいだろうか。
私は胸の高鳴りを「不整脈による医療費の発生」と切り捨て、再び帳簿に向き直った。
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