婚約破棄、感謝いたしますわ!節約狂いの悪役令嬢、浮いた婚約維持費で領地を救う

小梅りこ

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「……失礼しますわ、カシアン様。例の鉱山の収支予測がまとまりましたので、最終確認を――」

私は返事も待たずに、カシアン様の私的な執務室へと踏み込んだ。
公爵令嬢としてはいかがなものかという行動だが、時間は有限な資産。ノックの返事を待つ数秒すら、積もり積もれば数万ゴールドの損失に繋がるのだ。

しかし、部屋の中の光景に、私は思わず足を止めた。

「……。カシアン様、何をしていらっしゃいますの?」

そこには、机の上に大量の「銅貨」を並べ、それを磨き布で一枚一枚丁寧に磨き上げている辺境伯の姿があった。
しかも、その表情は戦場での冷酷さなど微塵も感じさせない、うっとりとした、どこか恍惚としたものだった。

「……っ! ウ、ウリエル!? なぜここに!」

カシアン様は飛び上がらんばかりに驚き、慌てて銅貨を両手で隠そうとした。
だが、その隙間から、彼が磨き上げた「年号別に整理された銅貨の山」が私の目に飛び込んできた。

「あら。隠さなくてもよろしいのに。……それ、ただの銅貨ではありませんわね? 十年前の、鋳造ミスで少しだけ形が歪んでいる『希少種(レア)』ではありませんか」

「……。貴様、なぜそれを知っている」

カシアン様は諦めたように肩を落とし、隠していた手をどけた。
机の上には、ピカピカに磨かれた銅貨が、まるで軍隊のように整列している。

「趣味……ですわ。私も王都にいた頃、ストレスが溜まると金庫の中の金貨の重さを測って、その摩耗具合を確認するのが唯一の癒やしでしたもの」

「……金貨の重さを測るのが癒やし? 貴様、相当な重症だな」

「お互い様ですわ。カシアン様、まさかその銅貨……まさかとは思いますが、貯金箱に入れて貯めるのが目的ではありませんわよね?」

カシアン様は、気まずそうに視線を逸らした。
そして、机の引き出しの奥から、一冊の小さな、そしてかなり使い込まれたノートを取り出した。

「……。私は、幼い頃からこの領地の貧しさを見て育った。だから、自分に使える小遣いを一ペニーでも節約して、このノートに『貯まった額』を書き込むのが、唯一の心の支えだったのだ」

私はそのノートをひったくるように受け取り、ページを捲った。
そこには、武骨な字で「本日、間食を我慢。三ペニー貯金」「マントの補修を自分でした。五ペニー浮いた」といった、涙ぐましい節約の記録がびっしりと書き込まれていた。

「……カシアン様。貴方、最高ですわ!」

私は思わず、彼の大きな手を両手で握りしめた。

「な、なんだいきなり! 引かないのか? 氷の騎士と呼ばれた男が、夜な夜な銅貨を数えてニヤついているなど……」

「引くわけがありません! これこそが真の『資産管理能力』の萌芽ですわ! まさかカシアン様も、私と同じ『貯蓄教』の信徒だったなんて……ああ、もっと早く言ってくだされば、一緒に最高効率の貯金計画を立てられましたのに!」

「貯蓄教……? いや、私はただ、数字が増えていくのを見るのが好きなだけで……」

「それが信仰ですわ! 見てください、この『浮いたお金』の累計額。素晴らしいわ、カシアン様。これだけの額があれば、あそこの村に新しい製粉機が一台買えますわよ!」

「……。いや、これは私の『秘密の貯金』だから、使うつもりはなかったのだが……」

カシアン様は、自分の宝物を奪われそうになった子供のような顔をした。
私はそんな彼に、至近距離で顔を寄せた。

「カシアン様。お金は、貯めるだけではただの金属片です。それを再投資し、さらに大きな富を生んでこそ、数字は真の輝きを放つのですわ。……どうです? この秘密の貯金を元手に、私が極秘裏に王都の債券を運用してあげましょうか?」

「……。貴様に任せると、数倍になって戻ってくるが、その過程で私の魂まで買い叩かれそうな気がするな」

「あら。魂の価値は変動相場ですから、今が売り時かもしれませんわよ?」

私は悪戯っぽく笑い、彼のノートを返した。
カシアン様は、少しだけ照れくさそうに、けれど今までで一番優しい顔をして、ノートを大切に引き出しへと戻した。

「……。ウリエル。貴様といると、自分が隠していた情けない部分まで、肯定されているような気分になる」

「情けない? いいえ、誇るべき美徳ですわ。……ただし、カシアン様。この銅貨を磨くための『磨き布』、これも私の計算では少し高級すぎますわね。明日から、使い古した騎士団のボロ布を再利用するように」

「……。そこまで削るのか」

「一ペニーを笑う者は、一ペニーに泣くのですわ。……さあ、カシアン様! 隠し趣味の確認は終わりました。次は、この貯金をどう『増殖』させるか、朝まで語り合いましょうか!」

「……。手加減してくれ。私の心臓(家計)が持たん」

冷徹な辺境伯と、守銭奴の悪役令嬢。
二人の間に灯った火花は、愛の予感というよりは、最強の「投資ファンド」が誕生する瞬間の熱量に似ていた。
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