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「お嬢様、大変でございます! 領地の境界線に、極めて『資産価値の低い』一団が接近しております!」
セバスが、かつてないほど軽蔑の入り混じった声で報告に来た。
私は、新しく導入した羊毛洗浄機の減価償却費を計算していた手を止め、窓の外を見た。
そこには、ボロボロになった馬車と、かつての威光はどこへやら、煤けた鎧を着た数人の騎士を引き連れたクロード殿下が立っていた。
「……セバス。あの方たち、不法侵入(不採算な立ち入り)の通行料は払ってくださいましたの?」
「いえ。それどころか、門番に『私が誰だと思っている!』と、使い古されたテンプレートのような台詞を吐いて強行突破しようとしております」
「やれやれ。燃料代(食費)の無駄ですわね。カシアン様を呼んでくださる?」
私が邸の玄関へ降りていくと、ちょうどカシアン様も鍛錬を終えて戻ってきたところだった。
彼は私の姿を見るなり、眉をひそめた。
「ウリエル。あの騒がしい男は、また王宮の赤字を撒き散らしに来たのか?」
「そのようですわ。……カシアン様、もし邸の敷石が傷ついたら、修繕費を請求してもよろしいかしら?」
「ああ。私の剣(と帳簿)で、きっちり取り立ててやろう」
扉を開けると、そこには必死な形相のクロード殿下がいた。
以前の傲慢な態度は影を潜め、どこか縋るような、湿っぽい目をしている。
「ウリエル! ああ、ウリエル! よくぞ無事で……! 聞け、私は貴様を許すことに決めたぞ! 今すぐ王都に戻り、私の傍でその……帳簿だかそろばんだかを使って、国を救う栄誉を与えてやろう!」
私は、思わず耳を疑った。
「……殿下。今の発言、無料(タダ)だと思って仰っていますの? 一度破棄した契約(婚約)を、一方的に再締結できるとお考えで?」
「何を言う! ルルナは……あの女は、宝物庫の金貨だけでなく、私の心の平穏までも食いつぶしたのだ! あんな浪費家、もう顔も見たくない! やはり、金の管理ができる貴様こそが私の正妻に相応しい!」
あまりの身勝手さに、私は怒りを通り越し、もはや哀れみすら感じた。
「殿下。貴方の仰る『愛』とは、もしかして『自分の借金を肩代わりしてくれる相手への依存』のことを指していますの? それはロマンスではなく、ただの『債務整理』ですわ」
「な、なんだと!?」
「いいですか。私は今、カシアン様という非常に『優良な投資先』を見つけ、人生で最大の利益(ハッピー)を上げている最中なのです。不採算な過去の残骸に構っている暇はありませんわ」
そこへ、カシアン様が静かに一歩前に出た。
彼の背負った大剣が、陽光を反射して冷たく光る。
「……殿下。聞こえなかったのか。彼女は私のパートナーだ。貴様のような、自分の支出も管理できぬ男に渡す財産など、ここには一銭もない」
「ノ、ノックス辺境伯! 貴様、これは王家の……!」
「王家だろうが何だろうが、私の領地に土足で踏み込み、私の婚約者を侮辱した罪は重いぞ。……セバス、請求書を出せ」
セバスが、待機していたかのように一枚の紙を差し出した。
「はい。殿下。不法侵入による精神的苦痛への賠償金、門番の対応時間に対する人件費、および、殿下の無駄話を聞かされたことによる機会損失費用。合計で一二〇万ゴールドでございます」
「いち、ひゃくにじゅうまん……!? そんな金、今の私にあるわけないだろう!」
「あら。支払い能力がないのに、他人の領地まで遠征(ムダ遣い)されたのですか? ……呆れましたわ。殿下、その馬車と、貴方が着ているその小汚いマントを置いていってください。質に入れれば、端金にはなるでしょう」
「う、ウリエル……! 貴様、昔はもっと優しかったではないか!」
「優しさは、それに見合う対価(愛)がある時にだけ発生するオプションサービスですわ。今の貴方に提供できるサービスは、一点もございませんの。……カシアン様、お願いしますわ」
カシアン様が、剣を抜くことすらなく、その圧倒的な威圧感だけで殿下を射抜いた。
「……。三秒以内に去れ。さもなくば、貴様の滞在時間を『終身刑(コストゼロの労働)』として計上してやろうか」
「ひ、ひえぇぇっ! お、覚えていろよー!」
クロード殿下は、捨て台詞を残して、ガタガタと音を立てる馬車に飛び乗り、逃げるように去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は深く溜め息をついた。
「……。セバス、今の逃走劇で舞った砂埃の掃除、ジョゼフに頼んでおいて。清掃用具の減価償却費も忘れずに計算してね」
「かしこまりました。お嬢様」
「……。ウリエル。よく言ったな。あんな男に、貴様を安売りさせるわけにはいかない」
カシアン様が、私の肩を力強く抱き寄せた。
彼の腕の温もりは、どんな金貨の輝きよりも、私の心を安定させてくれる。
「……。カシアン様。あんな不採算な男のために、貴方の貴重な時間を奪ってしまってごめんなさい。……お詫びに、今夜の夕食は貴方の好きな『予算度外視(一割増し)』のステーキにしましょうか」
「……。それは楽しみだな。だが、一割でいいのか? 貴様のことだ、後で利子を請求されるのではないか?」
「あら。愛の利息は、一生かけて返していただきますから、覚悟しておいてくださいませね」
私たちは、黒字に満ちた自分たちの家へと戻った。
過去の亡霊がどれだけ騒ごうとも、私たちの築き上げた「富(きずな)」は、一円の揺らぎもなかったのである。
セバスが、かつてないほど軽蔑の入り混じった声で報告に来た。
私は、新しく導入した羊毛洗浄機の減価償却費を計算していた手を止め、窓の外を見た。
そこには、ボロボロになった馬車と、かつての威光はどこへやら、煤けた鎧を着た数人の騎士を引き連れたクロード殿下が立っていた。
「……セバス。あの方たち、不法侵入(不採算な立ち入り)の通行料は払ってくださいましたの?」
「いえ。それどころか、門番に『私が誰だと思っている!』と、使い古されたテンプレートのような台詞を吐いて強行突破しようとしております」
「やれやれ。燃料代(食費)の無駄ですわね。カシアン様を呼んでくださる?」
私が邸の玄関へ降りていくと、ちょうどカシアン様も鍛錬を終えて戻ってきたところだった。
彼は私の姿を見るなり、眉をひそめた。
「ウリエル。あの騒がしい男は、また王宮の赤字を撒き散らしに来たのか?」
「そのようですわ。……カシアン様、もし邸の敷石が傷ついたら、修繕費を請求してもよろしいかしら?」
「ああ。私の剣(と帳簿)で、きっちり取り立ててやろう」
扉を開けると、そこには必死な形相のクロード殿下がいた。
以前の傲慢な態度は影を潜め、どこか縋るような、湿っぽい目をしている。
「ウリエル! ああ、ウリエル! よくぞ無事で……! 聞け、私は貴様を許すことに決めたぞ! 今すぐ王都に戻り、私の傍でその……帳簿だかそろばんだかを使って、国を救う栄誉を与えてやろう!」
私は、思わず耳を疑った。
「……殿下。今の発言、無料(タダ)だと思って仰っていますの? 一度破棄した契約(婚約)を、一方的に再締結できるとお考えで?」
「何を言う! ルルナは……あの女は、宝物庫の金貨だけでなく、私の心の平穏までも食いつぶしたのだ! あんな浪費家、もう顔も見たくない! やはり、金の管理ができる貴様こそが私の正妻に相応しい!」
あまりの身勝手さに、私は怒りを通り越し、もはや哀れみすら感じた。
「殿下。貴方の仰る『愛』とは、もしかして『自分の借金を肩代わりしてくれる相手への依存』のことを指していますの? それはロマンスではなく、ただの『債務整理』ですわ」
「な、なんだと!?」
「いいですか。私は今、カシアン様という非常に『優良な投資先』を見つけ、人生で最大の利益(ハッピー)を上げている最中なのです。不採算な過去の残骸に構っている暇はありませんわ」
そこへ、カシアン様が静かに一歩前に出た。
彼の背負った大剣が、陽光を反射して冷たく光る。
「……殿下。聞こえなかったのか。彼女は私のパートナーだ。貴様のような、自分の支出も管理できぬ男に渡す財産など、ここには一銭もない」
「ノ、ノックス辺境伯! 貴様、これは王家の……!」
「王家だろうが何だろうが、私の領地に土足で踏み込み、私の婚約者を侮辱した罪は重いぞ。……セバス、請求書を出せ」
セバスが、待機していたかのように一枚の紙を差し出した。
「はい。殿下。不法侵入による精神的苦痛への賠償金、門番の対応時間に対する人件費、および、殿下の無駄話を聞かされたことによる機会損失費用。合計で一二〇万ゴールドでございます」
「いち、ひゃくにじゅうまん……!? そんな金、今の私にあるわけないだろう!」
「あら。支払い能力がないのに、他人の領地まで遠征(ムダ遣い)されたのですか? ……呆れましたわ。殿下、その馬車と、貴方が着ているその小汚いマントを置いていってください。質に入れれば、端金にはなるでしょう」
「う、ウリエル……! 貴様、昔はもっと優しかったではないか!」
「優しさは、それに見合う対価(愛)がある時にだけ発生するオプションサービスですわ。今の貴方に提供できるサービスは、一点もございませんの。……カシアン様、お願いしますわ」
カシアン様が、剣を抜くことすらなく、その圧倒的な威圧感だけで殿下を射抜いた。
「……。三秒以内に去れ。さもなくば、貴様の滞在時間を『終身刑(コストゼロの労働)』として計上してやろうか」
「ひ、ひえぇぇっ! お、覚えていろよー!」
クロード殿下は、捨て台詞を残して、ガタガタと音を立てる馬車に飛び乗り、逃げるように去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は深く溜め息をついた。
「……。セバス、今の逃走劇で舞った砂埃の掃除、ジョゼフに頼んでおいて。清掃用具の減価償却費も忘れずに計算してね」
「かしこまりました。お嬢様」
「……。ウリエル。よく言ったな。あんな男に、貴様を安売りさせるわけにはいかない」
カシアン様が、私の肩を力強く抱き寄せた。
彼の腕の温もりは、どんな金貨の輝きよりも、私の心を安定させてくれる。
「……。カシアン様。あんな不採算な男のために、貴方の貴重な時間を奪ってしまってごめんなさい。……お詫びに、今夜の夕食は貴方の好きな『予算度外視(一割増し)』のステーキにしましょうか」
「……。それは楽しみだな。だが、一割でいいのか? 貴様のことだ、後で利子を請求されるのではないか?」
「あら。愛の利息は、一生かけて返していただきますから、覚悟しておいてくださいませね」
私たちは、黒字に満ちた自分たちの家へと戻った。
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