20 / 28
20
しおりを挟む
王都の喧騒から外れた、薄暗い裏路地。
かつて「真実の愛」を叫び、王宮の財政を食いつぶした男爵令嬢ルルナは、今や泥にまみれた安物の服を纏い、路肩に座り込んでいた。
「どうして……どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのぉ……っ」
彼女の目の前には、空になった財布と、数枚の「督促状」が転がっている。
そこへ、コツコツと小気味よい靴音が響いた。
「あら、ルルナ様。そんなところで何をしてらっしゃいますの? その場所、路面占有許可証は取っていますかしら?」
ルルナが顔を上げると、そこには非の打ち所がないほど完璧に整えられたドレス姿の私――ウリエルが立っていた。
隣には、相変わらず冷徹な威圧感を放つカシアン様が、私の日傘を差してくれている。
「ウ、ウリエル様!? ひどいわ、クロード様ったら私を追い出したのよ! 『お前が金を使いすぎるからだ』なんて、愛があればお金なんて関係ないって言ったくせに!」
「愛は無形資産ですが、支出は現金資産(キャッシュ)を減らす確定要素ですもの。愛でパンは買えませんわよ、ルルナ様」
私は扇を広げ、ルルナの惨めな姿を上から下までスキャンした。
「……ふむ。その服、以前私が『雑巾にしたほうがマシ』と申し上げた麻の端切れで作られた既製品ですね。当時の購入価格の〇・〇一パーセントの価値も残っていませんわ」
「そんな数字の話なんていいわよぉ! 私、お腹が空いて死にそうなの! お願い、昔のよしみで何か食べさせて!」
私はため息をつき、セバスに目配せをした。
セバスは無言で、茶色の紙袋をルルナに差し出した。
「……これ、なんですの?」
「パンの耳ですわ。今朝、市場のパン屋で『廃棄寸前のものを一括購入(バルク買い)』した際のおまけです。無償で差し上げるのは教育に悪いので、後で路地の掃除一時間分と相殺(バーター)しておきますわね」
ルルナは震える手でパンの耳を掴み、貪るように食べ始めた。
かつて王宮で最高級のフォアグラを突っついていた女の姿とは、到底思えない。
「……おいしい。おいしいわぁ……っ!」
「でしょうね。空腹は最高のスパイスと言いますが、正確には『欠乏状態における味覚の感度上昇による満足度の最大化』ですわ。……でも、ルルナ様。貴女は大切なことを忘れています」
私が冷たく告げると、ルルナがパンの耳を口に含んだまま固まった。
「貴女がこれまで浪費した金額、および王宮の備品を勝手に売り払った代金。それらはすべて『損害賠償金』として、貴女のこれからの労働賃金から天引きされるよう、ギルドに手配しておきましたわ」
「え……? どういうことですのぉ?」
「簡単に言えば、貴女は死ぬまで『黒字』になることはありません。一生をかけて、私の計算した負債を完済していただくということですわ。……あ、安心してくださいな。利息は法定ギリギリの親切設計にしておきましたから」
ルルナの顔から、一気に血の気が引いていく。
それを見つめるカシアン様が、呆れたように口を開いた。
「……ウリエル。貴様、慈悲を見せるのかと思えば、死ぬまで徴収を続けるのか」
「当然ですわ、カシアン様。回収すべき債権を放棄するのは、経営者として最大の怠慢ですもの。……ルルナ様、そのパンの耳、しっかり味わって。それが貴女がこれからの人生で手に入れられる、数少ない『利益』ですわよ」
「嫌ぁぁぁ! こんなの、真実の愛の結末じゃないわぁぁぁ!」
ルルナの叫びが裏路地に虚しく響き渡る。
私は時計を確認し、優雅に背を向けた。
「さて、カシアン様。不採算個体の観察は終わりです。次は、王宮から回収した未稼働資産の競売(オークション)に向かいましょう。一分一秒が、金貨の音を奏でていますわ!」
「……。ああ、分かった。……。おい、ルルナ。パンの耳はよく噛んで食え。喉に詰めると医療費がかかるからな」
カシアン様の無慈悲なアドバイスと共に、私たちは路地を後にした。
真実の愛が破綻した後に残るのは、甘い思い出ではなく、冷酷なまでに正確な「請求書」だけなのだ。
かつて「真実の愛」を叫び、王宮の財政を食いつぶした男爵令嬢ルルナは、今や泥にまみれた安物の服を纏い、路肩に座り込んでいた。
「どうして……どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのぉ……っ」
彼女の目の前には、空になった財布と、数枚の「督促状」が転がっている。
そこへ、コツコツと小気味よい靴音が響いた。
「あら、ルルナ様。そんなところで何をしてらっしゃいますの? その場所、路面占有許可証は取っていますかしら?」
ルルナが顔を上げると、そこには非の打ち所がないほど完璧に整えられたドレス姿の私――ウリエルが立っていた。
隣には、相変わらず冷徹な威圧感を放つカシアン様が、私の日傘を差してくれている。
「ウ、ウリエル様!? ひどいわ、クロード様ったら私を追い出したのよ! 『お前が金を使いすぎるからだ』なんて、愛があればお金なんて関係ないって言ったくせに!」
「愛は無形資産ですが、支出は現金資産(キャッシュ)を減らす確定要素ですもの。愛でパンは買えませんわよ、ルルナ様」
私は扇を広げ、ルルナの惨めな姿を上から下までスキャンした。
「……ふむ。その服、以前私が『雑巾にしたほうがマシ』と申し上げた麻の端切れで作られた既製品ですね。当時の購入価格の〇・〇一パーセントの価値も残っていませんわ」
「そんな数字の話なんていいわよぉ! 私、お腹が空いて死にそうなの! お願い、昔のよしみで何か食べさせて!」
私はため息をつき、セバスに目配せをした。
セバスは無言で、茶色の紙袋をルルナに差し出した。
「……これ、なんですの?」
「パンの耳ですわ。今朝、市場のパン屋で『廃棄寸前のものを一括購入(バルク買い)』した際のおまけです。無償で差し上げるのは教育に悪いので、後で路地の掃除一時間分と相殺(バーター)しておきますわね」
ルルナは震える手でパンの耳を掴み、貪るように食べ始めた。
かつて王宮で最高級のフォアグラを突っついていた女の姿とは、到底思えない。
「……おいしい。おいしいわぁ……っ!」
「でしょうね。空腹は最高のスパイスと言いますが、正確には『欠乏状態における味覚の感度上昇による満足度の最大化』ですわ。……でも、ルルナ様。貴女は大切なことを忘れています」
私が冷たく告げると、ルルナがパンの耳を口に含んだまま固まった。
「貴女がこれまで浪費した金額、および王宮の備品を勝手に売り払った代金。それらはすべて『損害賠償金』として、貴女のこれからの労働賃金から天引きされるよう、ギルドに手配しておきましたわ」
「え……? どういうことですのぉ?」
「簡単に言えば、貴女は死ぬまで『黒字』になることはありません。一生をかけて、私の計算した負債を完済していただくということですわ。……あ、安心してくださいな。利息は法定ギリギリの親切設計にしておきましたから」
ルルナの顔から、一気に血の気が引いていく。
それを見つめるカシアン様が、呆れたように口を開いた。
「……ウリエル。貴様、慈悲を見せるのかと思えば、死ぬまで徴収を続けるのか」
「当然ですわ、カシアン様。回収すべき債権を放棄するのは、経営者として最大の怠慢ですもの。……ルルナ様、そのパンの耳、しっかり味わって。それが貴女がこれからの人生で手に入れられる、数少ない『利益』ですわよ」
「嫌ぁぁぁ! こんなの、真実の愛の結末じゃないわぁぁぁ!」
ルルナの叫びが裏路地に虚しく響き渡る。
私は時計を確認し、優雅に背を向けた。
「さて、カシアン様。不採算個体の観察は終わりです。次は、王宮から回収した未稼働資産の競売(オークション)に向かいましょう。一分一秒が、金貨の音を奏でていますわ!」
「……。ああ、分かった。……。おい、ルルナ。パンの耳はよく噛んで食え。喉に詰めると医療費がかかるからな」
カシアン様の無慈悲なアドバイスと共に、私たちは路地を後にした。
真実の愛が破綻した後に残るのは、甘い思い出ではなく、冷酷なまでに正確な「請求書」だけなのだ。
0
あなたにおすすめの小説
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~
鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。
私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。
公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。
だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読?
そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため!
王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。
アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる!
すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため――
「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは?
痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド!
破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。
ありま氷炎
恋愛
前世は余りにも夫が大好きで、愛が重すぎた。
だから捨てられた。
なので生まれ変わった今は、恋なんてするつもりはなかったのだけど……。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』
ふわふわ
恋愛
「君は優秀だが、王妃としては冷たい。正直に言えば――飾りとしては十分だった」
そう言って婚約者である王太子に公然と切り捨てられた、公爵令嬢アデルフィーナ。
さらに王太子は宣言する。
「王家は外部信用に頼らない」「王家が条文だ」と。
履行履歴も整えず、契約も軽視し、
新たな婚約者と共に“強い王家”を演出する王太子。
――ですが。
契約は宣言では動きません。
信用は履歴の上にしか立ちません。
王命が止まり、出荷が止まり、資材が止まり、
やがて止まったのは王太子の未来でした。
自ら押した承認印が、
自らの継承権を奪うことになるとも知らずに。
公然侮辱から始まる、徹底的な強ザマァ。
救済なし。
やり直しなし。
契約通りに処理しただけですのに――
なぜか王太子が廃嫡されました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる