婚約破棄、感謝いたしますわ!節約狂いの悪役令嬢、浮いた婚約維持費で領地を救う

小梅りこ

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「……いいですか、アリエル。一〇ゴールドをただ貯金箱に入れるのは『停滞』です。それを種籾に変えて土に植えれば、秋には一〇〇ゴールドの『成長』になります。どちらがワクワクするか、数字で答えなさい」

「ええっと……お母様。九〇ゴールド分のワクワクです!」

「正解ですわ! さすがは我がグロスタ・ノックス家の跡取り、資産価値の把握が早くて助かりますわね」

私は、数年前に新築した(もちろん、地元産の建材を格安で調達した)領主邸のテラスで、愛息子のアリエルに英才教育を施していた。
窓の外に広がるのは、かつての荒野ではない。
黄金色に輝く麦畑、煙突から活気ある煙を上げる醸造所、そして楽しげに笑いながら行き交う領民たちの姿だ。

そこへ、公務を終えたカシアン様が、少しだけ落ち着いた大人の色香を漂わせて戻ってきた。

「ウリエル。また息子を『計算狂い』に仕込んでいるのか? 少しは子供らしく、庭で剣の稽古でもさせたらどうだ」

「あら、カシアン様。剣で領民の腹は膨れませんが、計算能力は国を救いますのよ。……。それに、アリエルの今日の家庭学習一時間に対する機会損失を考えれば、剣を振るよりこちらの方が利回りが良いのです」

「……。相変わらずだな、貴様は。……。だが、その徹底した管理のおかげで、この領地は今や王国一の納税額を誇る『金の成る地』になった。国王陛下も、貴様を追放したことを今でも悔やんでおられるらしいぞ」

カシアン様は私の隣に座り、セバスが淹れた(今では最高級の茶葉を自家栽培している)紅茶を一口啜った。

「悔やんでも後の祭りですわ。今の私を買い戻そうと思ったら、国家予算の半分を積んでいただかないと。……。ところで、例の『更生施設』の報告はどうなっていて?」

「ああ、クロードのことか。……。彼は今、炭鉱の現場監督として、若手作業員たちの兄貴分になっているよ。一ペニーの重さを知った彼は、以前のような虚飾を嫌い、『労働の汗こそが最高の宝石だ』などと抜かしているらしい」

「……。あら。あの薄っぺらな王子様が、随分と重厚な資産に成長したものですわね」

「ルルナも、今や王都で『節約生活のカリスマ』として主婦たちのリーダー的存在だそうだ。……。パンの耳を使ったフルコース料理で、貴族時代の贅沢を再現しているとか」

私は思わず吹き出した。
人生の貸借対照表は、どこでどう転ぶか分からないから面白い。
不採算部門だった彼らも、適切な「経営(教育)」さえあれば、立派な社会資産に変わるのだ。

「カシアン様。……。こうして振り返ってみると、あの断罪パーティでの婚約破棄こそ、私の人生最大の『コストカット』でしたわね」

「……。ああ。貴様を放り出してくれたおかげで、私は世界一の宝を手に入れることができた。……。感謝の印に、クロードには来月の石炭ボーナスを一割上乗せしてやろう」

「一割!? カシアン様、それは甘やかしすぎですわ! 五%で十分……」

私が反論しようとした口を、カシアン様の優しい指先が塞いだ。
彼は私の腰を抱き寄せ、耳元で囁く。

「……ウリエル。たまには数字以外の話をしよう。……。私の胸の内に積もり続けている、貴様への『愛』。これの決算をしたいのだが」

「……。カシアン様。愛は不確かな流動資産ですから、決算なんて不可能ですわ」

「いいや、確定させたい。……。貴様という存在がある限り、私の心は常に黒字だ。……。一生かけても、この幸せの利息を貴様に返しきれる自信がない」

カシアン様の瞳に宿る熱は、出会ったあの頃よりもずっと深く、濃くなっている。
私の脳内にある精密な計算機が、またしても「エラー」を吐き出していた。
愛。
これだけは、どれだけ消費しても目減りせず、むしろ使えば使うほど雪だるま式に膨らんでいく、経済学の法則を無視した最強の資産。

「……。分かりましたわ、カシアン様。……。では、今夜はその利息の支払いに、じっくりと付き合っていただきますわよ。……。一分一秒の遅刻も許しませんから」

「……。ああ、望むところだ」

アリエルが「またお父様とお母様が難しい話をしてる!」と笑いながら庭へ駆けていく。
私たちは、黒字に満ちた自分たちの帝国を見つめながら、静かに唇を重ねた。

愛は裏切るかもしれない。
けれど、二人で築き上げたこの「富(きずな)」は、どんな恐慌が来ようとも、一円の揺らぎも、一分の狂いもない。

私たちの人生という名の事業計画書。
その最終ページには、金色のインクでこう記されていた。

――利益確定:永遠の幸福(ハッピーエンド)。

私のそろばんの音が、幸せな家族の笑い声と共に、黄金色の領地にどこまでも響き渡っていった。
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