婚約破棄?悪役令嬢の定休日を作ろうと思ってたんですが。

小梅りこ

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「……ニーナ。確認しますけれど、今日こそは私の『定休日』に相応しい、優雅で非生産的な午後を過ごせるのでしょうね?」


私は鏡の前で、領地の令嬢らしい落ち着いた、けれど隙のないドレスを整えながら問いかけた。


「お嬢様、ご安心ください。今日はお隣の領地から三人の令嬢をお招きしてのお茶会です。話題はもっぱら、最近のドレスの流行や、王都で流行っている甘菓子について。……仕事の『し』の字も出ないはずですよ」


「よろしい。今日こそは『効率』という言葉を脳内の辞書からデリートいたしますわ。ティーカップを掲げ、意味のない相槌を打ち、スコーンにクロテッドクリームを塗りたくる……。ああ、なんて無駄で、なんて贅沢な時間かしら!」


私は満足げに頷き、テラスへと向かった。
そこには、すでに三人の令嬢が着席しており、さらに……なぜかギルバートが当然のような顔をして、端の方で書類をめくっていた。


「……ギルバート様。なぜ貴方がここにいらっしゃるのかしら? これは淑女の社交場。貴方のような、歩く機密文書みたいな男が立ち入る場所ではありませんわ」


「お気になさらず。私はただ、領地間の親睦がどのように図られるかを記録するオブザーバーとして参加しているだけです。……どうぞ、私の存在を背景の木材か何かだと思って進めてください」


「木材にしては圧が強すぎますわよ。……まあいいわ。皆様、ようこそお越しくださいました。今日は心ゆくまで、無駄話を楽しみましょう」


私が席に着くと、令嬢の一人、クローディア様が目を輝かせて切り出した。


「ミカル様! 王都での婚約破棄のお話、伺いましたわ。なんてドラマチック! 殿下があのセシル様という娘に溺れて、ミカル様を……その、悪女呼ばわりしたとか!」


「ええ、そうですわ。その話なら三分で終わりますわよ。殿下が盲目になり、私がサインをした。以上です。……さあ、次の『無駄話』をどうぞ」


「えっ、あ、それだけ……? もっとこう、泣きながら縋ったとか、呪いの言葉を吐いたとか……」


「そんなカロリーの無駄遣いはいたしません。それよりクローディア様、貴女がお召しのそのドレス。素敵な刺繍ですけれど……この密度だと、職人が仕上げるのに相当な工数がかかったのではないかしら?」


私はつい、クローディア様の袖口を指差してしまった。


「え、ええ。東の村の刺繍職人に半年がかりで頼みましたの。お値段もかなり……」


「半年!? クローディア様、それは搾取されていますわ! このパターンなら、織り機を改良すれば一ヶ月で同等の品質が保てるはずです。半年も拘束される職人の機会損失を考えたことがありますの? その期間に彼らが他の製品を作れば、貴領のGDPはコンマ数パーセント上昇したはずですわよ!」


「じ、じーでぃーぴー……?」


令嬢たちが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
隣で「木材」になりきっていたギルバートが、スッとペンを動かした。


「ミカル様の仰る通りです。クローディア様の領地では、技術の属人化が激しすぎる。マニュアル化と分業を進めれば、刺繍製品の輸出額は三倍になるでしょう。……いい視点ですね、ミカル様」


「乗っかってこないで頂戴! ……コホン。失礼いたしましたわ。今はスローライフ、お茶会の時間でしたわね。……あ、このお菓子、美味しいですわね」


私は無理やり話題を変えるべく、小皿に乗った焼き菓子を口にした。


「これ、この領地の特産品なんですのよ。でも、なかなか王都までは流通しなくて……」


別の令嬢が寂しそうに笑う。
その瞬間、私の脳内で「流通ルートの最適化」という名のスイッチが、凄まじい音を立ててオンになった。


「……なぜ流通しないのです? この食感、保存性、そしてこの独特の甘み。王都のカフェで出せば、一袋金貨一枚でも飛ぶように売れるはずですわ。流通しない理由は、峠越えの輸送コストかしら? それとも中間業者のマージン?」


「え、ええと……山賊が出るという噂もありますし、馬車で行くには道が細すぎて……」


「山賊!? そんな非効率な存在、速やかに掃討すべきですわ! それに道が細いなら、広げればいいだけのこと。ギルバート様、例の村の舗装技術を転用すれば、王都までの最短ルートを三割短縮できるのではありませんか?」


「可能です。さらに、途中の詰め所に冷凍魔法を付与した倉庫を設置すれば、鮮度を保ったまま納品できます。……ミカル様、事業計画書を作成しましょうか?」


ギルバートが待ってましたと言わんばかりに、鞄から真っ白な紙を取り出した。


「お姉さま! 私もお手伝いしますわ! 私、王都の令嬢たちのネットワークを駆使して、マーケティング調査を担当します!」


いつの間にか背後にいたセシル様が、身を乗り出して叫ぶ。


「マーケティング……セシル様、貴女どこでそんな言葉を覚えたの!?」


「お姉さまの寝言ですわ!」


「私、そんな恐ろしい寝言を言っていますの……!? ……いいえ、待ちなさい。お茶会ですわ。これはあくまでお茶会! ……でも、このお菓子が売れないのは、この領地の経済にとって重大な損失ですわ。損失を見過ごすのは、悪役令嬢としてのプライドが許しません!」


私は立ち上がり、テラスのテーブルを力一杯叩いた。


「皆様! 無駄話は中止です! 今からこの場を『第一回・領地横断経済振興会議』といたしますわ! クローディア様は刺繍職人のリストを、ベアトリス様は焼き菓子の生産可能数を、それぞれ書き出しなさい! ニーナ、地図を持ってきて! ギルバート様、貴方は王宮の息がかかった商人の相場表を出しなさい!」


「はい、ミカル様。……実にいい『お茶会』になりそうですね」


「お姉さま、かっこいいですわーっ!」


令嬢たちは、最初こそ困惑していたものの、ミカルの圧倒的な熱量と、ギルバートが提示する具体的な「儲かる数字」に、次第に瞳を輝かせ始めた。


「……これ、お茶会じゃなくて、ただの戦略会議ですよね?」


ニーナの虚しいツッコミだけが、初夏の風に流されていった。


数時間後。
お茶会が終わったとき、令嬢たちの手には「次年度の事業計画書」が握られていた。
彼女たちは、恋バナをしていた時よりも遥かに晴れやかな顔で、軍隊のような迅速な足取りで帰路に就いた。


「……ふぅ。充実したお茶会でしたわね、ニーナ」


「お嬢様。お嬢様の定義する『優雅で非生産的な時間』が、この世から消滅した瞬間を見た気がします」


「何を仰るの。未来の利益を確定させることほど、優雅なことはありませんわ。オーホッホッホ!」


私の高笑いは、領地の空に高く響いた。
しかし、その声を聞きながら、ギルバートは私の顔をじっと見つめていた。


「ミカル様。先ほど、焼き菓子の利益率を計算している時の貴女……今までで一番、いい顔をしていましたよ」


「……うるさいわよ、仕事中毒!」


私は顔が赤くなるのを隠すように、冷めきった紅茶を飲み干した。
定休日は、いつの間にか「新規事業立ち上げ期間」へと、爆速で姿を変えていたのである。
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