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「お嬢様、また届きましたよ。王宮の紋章入りの、いかにも高級そうな封筒が。これで今週、五通目ですわ」
ニーナが銀のお盆に乗せて持ってきたのは、香水の匂いが微かに漂う、豪奢な手紙だった。
差出人の欄を見るまでもない。
これほどまでに「僕を見てくれ」という自己主張が激しい筆跡は、この国に一人しかいない。
「あら、また広告(DM)かしら? 最近のポスティング業者は熱心ですわね」
私は庭園で、新しく開発した「全自動・肥料散布機」の試運転を見守りながら、目もくれずに答えた。
「広告ではありません、リュカ殿下からの親展です。中身を透かして見ましたが、『あの時は言い過ぎた』とか『君のいない王宮は暗闇だ』とか、ポエムのような文言が並んでいますよ」
「ニーナ、貴女。主人の手紙を透視するのは感心しませんわね。……まあ、時間の節約になったから許しますけれど」
私はようやく顔を上げ、忌々しげにその手紙を指差した。
「捨てなさい。あるいは、そこのシュレッダーに放り込んで頂戴」
「お姉さま! シュレッダーは私がやりますわ! これ、回す時の手応えが癖になりますの!」
どこからともなく現れたセシル様が、目を輝かせてハンドル式の魔導シュレッダー(私が特注した、紙を爆速で裁断する機械だ)の前に陣取った。
「セシル様。元婚約者の謝罪文を粉砕することに、躊躇いはないのですか?」
「ありませんわ! お姉さまの貴重な読書時間を、殿下の支離滅裂な反省文で奪うなんて、国家的な損失ですもの! はい、行きますわよ! シュルシュルシュル――!!」
小気味よい音を立てて、王子の想いが詰まった手紙が、ただの紙吹雪へと変わっていく。
セシル様は、断罪パーティーの時よりもずっと楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「……ふぅ。これで視界がクリアになりましたわ。さて、次のタスクは……」
「ミカル様。その『ゴミ捨て』の判断、少し早すぎませんか?」
背後の木陰から、いつの間にか書類を抱えたギルバートが現れた。
彼は、セシル様が粉砕した紙屑の山を、憐れむような目で見つめている。
「あら、ギルバート様。まだこの領地にいらしたの? 貴方の国の業務はよろしいのかしら」
「私は現在、有給休暇の消化中です。……ところで、その粉砕された手紙ですが。殿下はあれを書くために、昨夜は一睡もせず、詩集を三冊も読破したそうですよ」
「一睡もせずにポエムを!? まあ、なんて非効率的な時間の使い方かしら! その時間があれば、遅れている街道の整備計画の一つでも承認できたはずですわ。彼の睡眠不足が国家の生産性を下げていると思うと、ゾッとしますわね」
私は心底嫌そうな顔をして、ギルバートに詰め寄った。
「ギルバート様。貴方からも殿下に仰って。私に手紙を書く暇があるなら、自分の机の上に積まれている『猿でもわかる公務マニュアル』を、第四巻まで読み進めなさいと」
「お伝えはしていますが……。殿下は『ミカルの返事がないと、次のページを捲る勇気が出ない』と、乙女のようなことを仰って、執務室に引きこもっておられます。おかげで、私の休暇もそろそろ強制終了させられそうです」
ギルバートが溜息をつきながら、私に一通の「実務的な」書類を差し出してきた。
「これは?」
「王立研究所からの問い合わせです。ミカル様が以前提案した『効率的な魔石の配置による、魔導コンロの出力安定化』について、詳細を聞きたいと。……これなら、ポエムよりは読む価値があるでしょう?」
「……っ! ようやく話のわかる相手からの連絡ですわね! いいでしょう、これなら私の『定休日』を五分だけ削って対応してあげてもよろしくてよ」
私はギルバートから書類をひったくると、テラスの椅子に座り、爆速で赤ペンを入れ始めた。
その姿を、ギルバートは満足げに、そしてどこか熱を帯びた瞳で見つめている。
「お姉さま……。お姉さまのペン運び、まるで戦場を駆ける名馬のようですわ……!」
「セシル様、それは褒め言葉として受け取っておきますわね。……はい、できましたわ。ここ。熱効率の計算が三桁間違っています。これではコンロではなく爆弾ですわ。修正案を同封しておきなさい」
私は書類をギルバートに突き返した。
その際、彼の手が私の指先に軽く触れた。
「……ありがとうございます、ミカル様。貴女が修正すると、どんな複雑な問題も、パズルのピースが嵌まるように解決していく。……やはり、貴女をこの領地に閉じ込めておくのは、もったいない」
「あら、閉じ込められているのではなく、私が自主的に『定休日』を謳歌しているのですわよ。勘違いしないで頂戴」
「ええ、分かっています。……ですが、殿下からの謝罪文をシュレッダーにかける貴女の横顔があまりにも冷酷で……そして理性的で、見惚れてしまいました」
ギルバートは、私の耳元で囁くように言った。
いつもは冷静な彼の声が、少しだけ低く響く。
「……っ!? な、何を仰るの、この仕事中毒! ほら、早くその書類を王立研究所に送りなさい! 郵便馬車の出発まであと十二分しかありませんわよ!」
「心得ています。……では、また明日の『お茶会』で」
ギルバートは優雅に一礼し、風のように去っていった。
残された私は、心臓の鼓動が少しだけ、計算外の速さで刻まれていることに気づき、慌てて扇で顔を煽った。
「お姉さま。お顔が赤いですわよ? ギルバート様の『効率的な愛の告白』に、ついに防壁が突破されましたの?」
「うるさいですわ、セシル様! これは……ええと、日光による熱伝導の影響ですわ! ほら、貴女も次のシュレッダーのハンドルを回しなさい! いい運動になりますわよ!」
私は、粉々になった王子の手紙を眺めながら、心の中で毒づいた。
(全く……。謝罪文だのポエムだの、そんな無駄なものに心を割く暇はありませんの。私の『定休日』は、もっと論理的で、もっと有意義なはずなんですもの……!)
しかし、私の手帳の「本日の予定」の最後には、いつの間にかギルバートの筆跡で『午後八時・月の観測(デート)』という、極めて非効率で、かつ魅力的な項目が書き加えられていたのである。
ニーナが銀のお盆に乗せて持ってきたのは、香水の匂いが微かに漂う、豪奢な手紙だった。
差出人の欄を見るまでもない。
これほどまでに「僕を見てくれ」という自己主張が激しい筆跡は、この国に一人しかいない。
「あら、また広告(DM)かしら? 最近のポスティング業者は熱心ですわね」
私は庭園で、新しく開発した「全自動・肥料散布機」の試運転を見守りながら、目もくれずに答えた。
「広告ではありません、リュカ殿下からの親展です。中身を透かして見ましたが、『あの時は言い過ぎた』とか『君のいない王宮は暗闇だ』とか、ポエムのような文言が並んでいますよ」
「ニーナ、貴女。主人の手紙を透視するのは感心しませんわね。……まあ、時間の節約になったから許しますけれど」
私はようやく顔を上げ、忌々しげにその手紙を指差した。
「捨てなさい。あるいは、そこのシュレッダーに放り込んで頂戴」
「お姉さま! シュレッダーは私がやりますわ! これ、回す時の手応えが癖になりますの!」
どこからともなく現れたセシル様が、目を輝かせてハンドル式の魔導シュレッダー(私が特注した、紙を爆速で裁断する機械だ)の前に陣取った。
「セシル様。元婚約者の謝罪文を粉砕することに、躊躇いはないのですか?」
「ありませんわ! お姉さまの貴重な読書時間を、殿下の支離滅裂な反省文で奪うなんて、国家的な損失ですもの! はい、行きますわよ! シュルシュルシュル――!!」
小気味よい音を立てて、王子の想いが詰まった手紙が、ただの紙吹雪へと変わっていく。
セシル様は、断罪パーティーの時よりもずっと楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「……ふぅ。これで視界がクリアになりましたわ。さて、次のタスクは……」
「ミカル様。その『ゴミ捨て』の判断、少し早すぎませんか?」
背後の木陰から、いつの間にか書類を抱えたギルバートが現れた。
彼は、セシル様が粉砕した紙屑の山を、憐れむような目で見つめている。
「あら、ギルバート様。まだこの領地にいらしたの? 貴方の国の業務はよろしいのかしら」
「私は現在、有給休暇の消化中です。……ところで、その粉砕された手紙ですが。殿下はあれを書くために、昨夜は一睡もせず、詩集を三冊も読破したそうですよ」
「一睡もせずにポエムを!? まあ、なんて非効率的な時間の使い方かしら! その時間があれば、遅れている街道の整備計画の一つでも承認できたはずですわ。彼の睡眠不足が国家の生産性を下げていると思うと、ゾッとしますわね」
私は心底嫌そうな顔をして、ギルバートに詰め寄った。
「ギルバート様。貴方からも殿下に仰って。私に手紙を書く暇があるなら、自分の机の上に積まれている『猿でもわかる公務マニュアル』を、第四巻まで読み進めなさいと」
「お伝えはしていますが……。殿下は『ミカルの返事がないと、次のページを捲る勇気が出ない』と、乙女のようなことを仰って、執務室に引きこもっておられます。おかげで、私の休暇もそろそろ強制終了させられそうです」
ギルバートが溜息をつきながら、私に一通の「実務的な」書類を差し出してきた。
「これは?」
「王立研究所からの問い合わせです。ミカル様が以前提案した『効率的な魔石の配置による、魔導コンロの出力安定化』について、詳細を聞きたいと。……これなら、ポエムよりは読む価値があるでしょう?」
「……っ! ようやく話のわかる相手からの連絡ですわね! いいでしょう、これなら私の『定休日』を五分だけ削って対応してあげてもよろしくてよ」
私はギルバートから書類をひったくると、テラスの椅子に座り、爆速で赤ペンを入れ始めた。
その姿を、ギルバートは満足げに、そしてどこか熱を帯びた瞳で見つめている。
「お姉さま……。お姉さまのペン運び、まるで戦場を駆ける名馬のようですわ……!」
「セシル様、それは褒め言葉として受け取っておきますわね。……はい、できましたわ。ここ。熱効率の計算が三桁間違っています。これではコンロではなく爆弾ですわ。修正案を同封しておきなさい」
私は書類をギルバートに突き返した。
その際、彼の手が私の指先に軽く触れた。
「……ありがとうございます、ミカル様。貴女が修正すると、どんな複雑な問題も、パズルのピースが嵌まるように解決していく。……やはり、貴女をこの領地に閉じ込めておくのは、もったいない」
「あら、閉じ込められているのではなく、私が自主的に『定休日』を謳歌しているのですわよ。勘違いしないで頂戴」
「ええ、分かっています。……ですが、殿下からの謝罪文をシュレッダーにかける貴女の横顔があまりにも冷酷で……そして理性的で、見惚れてしまいました」
ギルバートは、私の耳元で囁くように言った。
いつもは冷静な彼の声が、少しだけ低く響く。
「……っ!? な、何を仰るの、この仕事中毒! ほら、早くその書類を王立研究所に送りなさい! 郵便馬車の出発まであと十二分しかありませんわよ!」
「心得ています。……では、また明日の『お茶会』で」
ギルバートは優雅に一礼し、風のように去っていった。
残された私は、心臓の鼓動が少しだけ、計算外の速さで刻まれていることに気づき、慌てて扇で顔を煽った。
「お姉さま。お顔が赤いですわよ? ギルバート様の『効率的な愛の告白』に、ついに防壁が突破されましたの?」
「うるさいですわ、セシル様! これは……ええと、日光による熱伝導の影響ですわ! ほら、貴女も次のシュレッダーのハンドルを回しなさい! いい運動になりますわよ!」
私は、粉々になった王子の手紙を眺めながら、心の中で毒づいた。
(全く……。謝罪文だのポエムだの、そんな無駄なものに心を割く暇はありませんの。私の『定休日』は、もっと論理的で、もっと有意義なはずなんですもの……!)
しかし、私の手帳の「本日の予定」の最後には、いつの間にかギルバートの筆跡で『午後八時・月の観測(デート)』という、極めて非効率で、かつ魅力的な項目が書き加えられていたのである。
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