婚約破棄?悪役令嬢の定休日を作ろうと思ってたんですが。

小梅りこ

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「一時間……! ギルバート様、その情報は確定事項ですのね!?」


私は庭園のベンチから飛び上がり、手元の懐中時計を叩くようにして確認した。
秒針が刻む一刻一刻が、今はまるで爆弾のカウントダウンのように感じられる。


「ええ。殿下は『愛の力で馬を走らせる』と豪語しておられましたが、実際には馬のスタミナ配分を無視した暴走です。到着時には馬が三頭は潰れているでしょうね。実に非効率な移動です」


ギルバート様は、泥を拭う暇も惜しんで、懐から一束の紙を取り出した。


「これが殿下の作成した『復縁プレゼン』の草案の写しです。スパイ……いえ、私の部下に命じて事前に回収させました。全八十ページ、そのほとんどが『自分とミカル様の思い出』という名の自分語りです」


「八十ページ!? 読むだけで三時間は奪われる計算ですわ! そんな拷問、国際条約で禁止されているはずですわよ!」


私は震える手でその草案をパラパラと捲った。
そこには『第一章:君の瞳に乾杯したあの日』『第二章:叱ってくれる君の美しさ』など、目次を見るだけで脳が拒絶反応を起こすタイトルが並んでいる。


「セシル様! ニーナ! 迎撃準備ですわ! 残り五十五分で、殿下の心をへし折り、二度とこの領地に足を踏み入れたくないと思わせる『絶望の却下通知プレゼン』を構築いたしますわよ!」


「お任せください、お姉さま! 私、殿下の『話が長い時に出る癖』のリストを作成しますわ! そこを突けば、殿下の論理は三秒で崩壊します!」


「私は冷たいお茶と、殿下が座り心地の悪さで集中力を欠くような、硬い椅子を用意しておきますね」


チーム・ミカルが、かつてない結束力で動き出した。


私は屋敷の執務室に駆け込み、大きな黒板を引き寄せた。
チョークを手に取り、ものすごい速さでグラフを書き殴っていく。


「いいですか、まずは費用対効果(コストパフォーマンス)の観点から攻めますわ! 私との復縁がいかに王室の予算を圧迫するか、そして私がいかに『王妃としての公務』を時給換算で高く見積もっているか……。殿下の乏しい経済観念に直接叩き込みますの!」


「ミカル様。あそこの、殿下の過去の失言データのクロス集計も入れるべきでは?」


ギルバート様が、私の背後からスッと身を乗り出した。
彼の長い指が、黒板の一角を指し示す。


「……っ。ギルバート様、近いですわよ」


「失礼。ですが、この数値……。貴女が弾き出した殿下の『浪費癖による将来的な負債額』、実に素晴らしい精度だ。これを見せられたら、私ならその場で退職届を書きますね」


ギルバート様の視線が、黒板ではなく、私の横顔に注がれている。
その眼差しは、鋭い観察眼と、どこか深い感嘆が混ざり合った不思議な色をしていた。


「……何を見ているのですか。今は作業に集中してくださいませ」


「見ていますよ。貴女が、誰かのために……いえ、自分の平穏を守るために、これほどまでに熱を出し、脳をフル回転させている姿を。……不謹慎ながら、殿下が嫉妬するのも無理はないと思ってしまいましたよ」


ギルバート様の声が、いつになく低い。
作業の音で騒がしいはずの執務室で、その声だけが私の耳に鮮明に届いた。


「し、嫉妬……? 殿下が私に? あり得ませんわ。殿下は私のことを『感情のない計算機』だと思っていたはずですもの」


「計算機を愛でる趣味の男もいますよ。……少なくとも、私は貴女という計算機が導き出す答えに、いつも心を動かされている」


彼は私の手からチョークをひょいと取り上げると、空いたスペースに補足の数式を書き加えた。


「……完成です。これで、殿下は開始五分で戦意を喪失するでしょう。残り時間は十五分。……少し、休憩しませんか」


「休憩……? そんな無駄な――」


「脳の過熱はミスを誘発します。これは『効率的な準備』の一環です。……ほら、ニーナが淹れた最高に香りのいいお茶が来ましたよ」


ギルバート様に促され、私は渋々椅子に座った。
窓の外からは、遠くからこちらに向かってくる馬の蹄の音が微かに聞こえ始めている。


「……ギルバート様。貴方は、なぜここまで私を助けてくださるのですか? 王宮に戻れば、貴方はもっと楽に仕事ができるはずでしょうに」


「楽な仕事に興味はありません。私は、最も困難で、かつ最もリターンの大きいプロジェクトに関わりたいだけです。……つまり、貴女を私の隣に据えるという、史上最大のミッションにね」


ギルバート様は、ティーカップを口に運び、不敵に笑った。
その視線は、もはや隠そうともしない熱を帯びている。


「……っ。……全く、貴方という人は。殿下よりずっと、タチが悪いですわ」


「最高の褒め言葉です」


「お姉さまー! 殿下の馬車が、領主館の門を突き破る勢いで入ってきましたわー! あ、本当に馬がバテてますわ! 非効率ー!」


セシル様の叫び声が響き渡る。


私は最後の一口でお茶を飲み干すと、ベールを深く被り直し、背筋をピンと伸ばした。


「さあ、定休日の邪魔をする不法侵入者を、論理の刃で切り刻んであげますわ! 皆様、配置について!」


「了解、お姉さま!」


「楽しみですね、ミカル様」


ギルバート様が私の隣に立ち、軽く私の肩に手を置いた。
その一瞬の重みが、なぜか今の私には、どんな盾よりも心強く感じられた。


午後二時ちょうど。
執務室の扉が、壊れんばかりの勢いで開け放たれた。


「ミカルゥゥゥ! 会いたかった! 君の愛の説教が聞こえない王宮は、まるで見出しのない目次のようなものだ!」


バラの花束を抱え、涙目で絶叫するリュカ殿下。
対する私は、冷徹な微笑みを浮かべ、手元の指示棒を黒板に叩きつけた。


「お静かに、殿下。貴方の持ち時間は、質疑応答を含めて七分四十五秒です。……始めなさい」


悪役令嬢による「防衛プレゼン」という名の処刑劇が、今、幕を開けた。
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