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「……やはり、王都の空気は不純物が多いですわね。肺の換気効率が三パーセントは低下しているのを感じますわ」
王宮の巨大な門をくぐりながら、私は馬車の窓から吐き捨てるように言った。
目の前に広がるのは、かつて私が「悪役」として闊歩していた懐かしくも忌々しい景色。
豪華絢爛、しかし動線設計が絶望的に甘い王宮の建物群が、夕闇の中にそびえ立っている。
「お姉さま、深呼吸は控えてくださいまし。ここには陰謀と加齢臭、そして非効率な虚栄心が充満しておりますわ!」
隣で、同じく窓の外を睨みつけているのはセシル様だ。
彼女は今、私の手によって『戦闘用令嬢』としての英才教育を完了し、かつての儚げな雰囲気はどこへやら、瞳には「敵陣視察」の冷徹な光が宿っている。
「……お嬢様。そろそろ会場です。準備はよろしいですか?」
ニーナが、私のドレスの最終チェックを行う。
今回の私の装いは、王都の流行とは一線を画すものだ。
装飾を一切削ぎ落とした、深い真夜中(ミッドナイトブルー)のシルクドレス。
フリルも、重たいパニエも、歩行を妨げる長い裾もない。
だが、そのカッティングは人体の構造をミリ単位で考慮した究極の「機能美」を体現している。
「ええ。このドレス、呼吸を妨げず、かつ急なダッシュや回し蹴りにも対応できる余裕(あそび)を持たせてありますの。まさに『殲滅(パーティー)』に相応しい戦闘服(ドレス)ですわ」
「……お姉さま、回し蹴りの予定があるのですか?」
「可能性はゼロではありませんわ。非論理的な輩には、物理的な衝撃を与えるのが最も爆速の解決策になる場合がありますもの」
馬車が止まり、ドアが開かれた。
エスコートのために手を差し出してきたのは、もちろんギルバート様だ。
彼はいつもの冷徹な表情を崩さないが、私の姿を見た瞬間、わずかに喉を鳴らした。
「……ミカル様。その『地味』を装った究極の機能美。皮肉なことに、会場のどの着飾った令嬢よりも、貴女は目立っていますよ」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。さあ、ギルバート様。我々の『最終報告会』を開始しましょう」
私は彼の手を取り、パーティー会場へと足を踏み入れた。
その瞬間。
騒がしかった大ホールが、冷水を浴びせられたように静まり返った。
「……あれ、ミカル・ド・ラ・ヴァリエールじゃないか?」
「殿下に捨てられて、領地で泣き暮らしていたという噂だったが……」
「なんだあのドレス、飾り一つない。やはり没落したのか?」
ひそひそと、しかし確実に耳に届く悪意のさざ波。
だが、彼らの嘲笑は長くは続かなかった。
ベールを外した私の素顔が、シャンデリアの光に晒されたからだ。
無駄な化粧を捨て、健康的な生活と「効率化」によって磨き上げられたその肌は、まるで発光しているかのように美しい。
「……っ!?」
「あんなに、綺麗だったか……?」
貴族たちの反応を「時間の無駄」と切り捨て、私は会場のレイアウトを脳内でスキャンした。
「……最悪ですわ。入り口付近にビュッフェ台を置くなんて、人の滞留(ボトルネック)を招くだけです。あそこの死角には、恐らく陰謀を企てている貴族たちが潜んでいるのでしょうが……隠れる場所の選定すら甘いですわね」
私は扇を広げず、ただ真っ直ぐにホールの中心へと歩を進めた。
「あらあら、ミカル様。お久しぶりですわね。そんな地味な格好で……やはり領地での生活は苦しいのかしら?」
行く手を阻むように現れたのは、かつて私を目の敵にしていた侯爵令嬢、ベアトリスだった。
彼女は、私の数倍はあろうかという巨大な扇をひけらかし、取り巻きたちとクスクスと笑い声を上げる。
「あら、ベアトリス様。そのドレスのフリル、合計で三千枚ほど付いていますわね。それだけの重量を支えるために、貴女の脊椎にかかっている負荷を計算したことがありますの? 十数年後には、確実に腰痛を併発して生活効率が著しく低下しますわよ」
「な……っ、腰痛!? 何を不吉なことを!」
「それと、その香水。濃度が高すぎて、周囲三メートルの人間の嗅覚を一時的に麻痺させています。情報の入力(インプット)を妨害する行為は、社交において極めて非効率ですわ。今すぐ風下に移動することをお勧めします」
「ななな、なんですってー!?」
私が淡々と「事実」を指摘するだけで、ベアトリス様は顔を真っ赤にして退散していった。
「お姉さま、流石ですわ! 一分足らずで敵の戦意を喪失させるとは!」
セシル様が感嘆の声を上げるが、私の目的はこんな雑魚ではない。
「ギルバート様。ターゲットはあそこのバルコニー付近。汚職の主犯格たちが、国王陛下の登壇を前に最終確認をしているようですわ」
「ええ。……準備は整っています。殿下も、別の入り口から『証拠』として投入する準備ができていますよ」
「よろしい。……では、参りましょうか」
私は背筋を伸ばし、戦場(会場)の最深部へと足を踏み入れた。
私の「定休日」を完全に守り抜くための、最初で最後の総力戦が始まろうとしていた。
その時。
ホールの最奥、玉座の近くから、聞き覚えのある情けない声が響いた。
「ミ、ミカル……! 本当に来てくれたんだね! 見てくれ、私は君に言われた通り、三分で髭を剃り、五分で身支度を整えたよ!」
そこには、泥を落として王子としての輝きを(形だけは)取り戻したリュカ殿下が、希望に満ちた目でこちらに駆け寄ってくる姿があった。
「殿下。……五分もかかったのですか? まだまだ修行が足りませんわね」
私の冷たい一言に、殿下は喜び勇んで跪いた。
その様子を見ていた王都の貴族たちが、驚愕のあまり持っていたグラスを落としていく。
「えっ、殿下が……あの傲慢だった殿下が、ミカル様に跪いている……!?」
王都の常識が、私の「効率」の前に音を立てて崩れ始めていた。
王宮の巨大な門をくぐりながら、私は馬車の窓から吐き捨てるように言った。
目の前に広がるのは、かつて私が「悪役」として闊歩していた懐かしくも忌々しい景色。
豪華絢爛、しかし動線設計が絶望的に甘い王宮の建物群が、夕闇の中にそびえ立っている。
「お姉さま、深呼吸は控えてくださいまし。ここには陰謀と加齢臭、そして非効率な虚栄心が充満しておりますわ!」
隣で、同じく窓の外を睨みつけているのはセシル様だ。
彼女は今、私の手によって『戦闘用令嬢』としての英才教育を完了し、かつての儚げな雰囲気はどこへやら、瞳には「敵陣視察」の冷徹な光が宿っている。
「……お嬢様。そろそろ会場です。準備はよろしいですか?」
ニーナが、私のドレスの最終チェックを行う。
今回の私の装いは、王都の流行とは一線を画すものだ。
装飾を一切削ぎ落とした、深い真夜中(ミッドナイトブルー)のシルクドレス。
フリルも、重たいパニエも、歩行を妨げる長い裾もない。
だが、そのカッティングは人体の構造をミリ単位で考慮した究極の「機能美」を体現している。
「ええ。このドレス、呼吸を妨げず、かつ急なダッシュや回し蹴りにも対応できる余裕(あそび)を持たせてありますの。まさに『殲滅(パーティー)』に相応しい戦闘服(ドレス)ですわ」
「……お姉さま、回し蹴りの予定があるのですか?」
「可能性はゼロではありませんわ。非論理的な輩には、物理的な衝撃を与えるのが最も爆速の解決策になる場合がありますもの」
馬車が止まり、ドアが開かれた。
エスコートのために手を差し出してきたのは、もちろんギルバート様だ。
彼はいつもの冷徹な表情を崩さないが、私の姿を見た瞬間、わずかに喉を鳴らした。
「……ミカル様。その『地味』を装った究極の機能美。皮肉なことに、会場のどの着飾った令嬢よりも、貴女は目立っていますよ」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。さあ、ギルバート様。我々の『最終報告会』を開始しましょう」
私は彼の手を取り、パーティー会場へと足を踏み入れた。
その瞬間。
騒がしかった大ホールが、冷水を浴びせられたように静まり返った。
「……あれ、ミカル・ド・ラ・ヴァリエールじゃないか?」
「殿下に捨てられて、領地で泣き暮らしていたという噂だったが……」
「なんだあのドレス、飾り一つない。やはり没落したのか?」
ひそひそと、しかし確実に耳に届く悪意のさざ波。
だが、彼らの嘲笑は長くは続かなかった。
ベールを外した私の素顔が、シャンデリアの光に晒されたからだ。
無駄な化粧を捨て、健康的な生活と「効率化」によって磨き上げられたその肌は、まるで発光しているかのように美しい。
「……っ!?」
「あんなに、綺麗だったか……?」
貴族たちの反応を「時間の無駄」と切り捨て、私は会場のレイアウトを脳内でスキャンした。
「……最悪ですわ。入り口付近にビュッフェ台を置くなんて、人の滞留(ボトルネック)を招くだけです。あそこの死角には、恐らく陰謀を企てている貴族たちが潜んでいるのでしょうが……隠れる場所の選定すら甘いですわね」
私は扇を広げず、ただ真っ直ぐにホールの中心へと歩を進めた。
「あらあら、ミカル様。お久しぶりですわね。そんな地味な格好で……やはり領地での生活は苦しいのかしら?」
行く手を阻むように現れたのは、かつて私を目の敵にしていた侯爵令嬢、ベアトリスだった。
彼女は、私の数倍はあろうかという巨大な扇をひけらかし、取り巻きたちとクスクスと笑い声を上げる。
「あら、ベアトリス様。そのドレスのフリル、合計で三千枚ほど付いていますわね。それだけの重量を支えるために、貴女の脊椎にかかっている負荷を計算したことがありますの? 十数年後には、確実に腰痛を併発して生活効率が著しく低下しますわよ」
「な……っ、腰痛!? 何を不吉なことを!」
「それと、その香水。濃度が高すぎて、周囲三メートルの人間の嗅覚を一時的に麻痺させています。情報の入力(インプット)を妨害する行為は、社交において極めて非効率ですわ。今すぐ風下に移動することをお勧めします」
「ななな、なんですってー!?」
私が淡々と「事実」を指摘するだけで、ベアトリス様は顔を真っ赤にして退散していった。
「お姉さま、流石ですわ! 一分足らずで敵の戦意を喪失させるとは!」
セシル様が感嘆の声を上げるが、私の目的はこんな雑魚ではない。
「ギルバート様。ターゲットはあそこのバルコニー付近。汚職の主犯格たちが、国王陛下の登壇を前に最終確認をしているようですわ」
「ええ。……準備は整っています。殿下も、別の入り口から『証拠』として投入する準備ができていますよ」
「よろしい。……では、参りましょうか」
私は背筋を伸ばし、戦場(会場)の最深部へと足を踏み入れた。
私の「定休日」を完全に守り抜くための、最初で最後の総力戦が始まろうとしていた。
その時。
ホールの最奥、玉座の近くから、聞き覚えのある情けない声が響いた。
「ミ、ミカル……! 本当に来てくれたんだね! 見てくれ、私は君に言われた通り、三分で髭を剃り、五分で身支度を整えたよ!」
そこには、泥を落として王子としての輝きを(形だけは)取り戻したリュカ殿下が、希望に満ちた目でこちらに駆け寄ってくる姿があった。
「殿下。……五分もかかったのですか? まだまだ修行が足りませんわね」
私の冷たい一言に、殿下は喜び勇んで跪いた。
その様子を見ていた王都の貴族たちが、驚愕のあまり持っていたグラスを落としていく。
「えっ、殿下が……あの傲慢だった殿下が、ミカル様に跪いている……!?」
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