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「ミカル! ああ、ミカル! やはり君がいない王宮は、数式の入っていない計算書、あるいは芯の折れた鉛筆のようだ! 全く役に立たないし、心に穴が開いたような虚無感に襲われるんだ!」
跪いたまま、私のドレスの裾を掴まんばかりの勢いで叫ぶリュカ殿下。
その周囲には、驚愕と失笑、そして困惑の入り混じった貴族たちの視線が突き刺さっている。
かつて「真実の愛」を叫んで私を断罪した男が、今や衆人環視の中で元婚約者に縋り付いているのだ。
これほどまでに「投資対効果」の低い見世物(ショー)が他にあるかしら。
「殿下。まずは立ち上がりなさい。貴方のその姿勢、大腿四頭筋に無駄な負荷がかかっているだけでなく、床の埃で王室特注のズボンを汚していますわ。クリーニング代という名の国費を無駄にするおつもり?」
「ミカル……。君は、君はそんな時でも私の心配をしてくれるのか……!」
「いえ、単なる公金の損失に対する生理的な嫌悪感ですわ。……それと、殿下。先ほど仰った例え話ですが、修正させていただきますわ」
私は冷たく殿下を見下ろし、扇の代わりに手に持っていた「修正用赤ペン」で空を指した。
「君のいない王宮は、数式の入っていない計算書ではなく、『入力ミスを放置してシステムダウンしたサーバー』ですわ。貴方が私の代わりに仕事を溜め込み、処理能力を超えてパンクさせた。ただそれだけのこと。それを愛や虚無感という言葉で美化するのは、論理の飛躍も甚だしいですわね」
「そ、そんな……。私は、私は本当に後悔しているんだ! セシルに唆されたわけじゃない、いや、唆されたのかもしれないが、とにかく私の目は節穴だった! もう一度、もう一度だけチャンスをくれ!」
殿下は立ち上がると、今度は私の両肩を掴もうと手を伸ばしてきた。
だが、その手は空を切った。
私の前に、静かな、しかし絶対的な壁としてギルバート様が立ちはだかったからだ。
「殿下。公共の場での過度な身体接触は、王族としての品位を著しく損ないます。それに、ミカル様は現在、私の『特別顧問』としての契約下にある。勝手な交渉は控えていただきたい」
「ギルバート! 貴様、部下のくせに私の邪魔をするのか!?」
「部下ではありません、私はこの国の宰相です。国全体の最適化を優先するのが私の職務。……そして今の殿下は、国にとって明らかな『ボトルネック(停滞要因)』です」
ギルバート様は眼鏡をクイと押し上げ、氷のような微笑を浮かべた。
「ミカル、殿下に言ってやってください。貴女の心は、もう一度私と歩む準備ができていると!」
リュカ殿下が必死に私に呼びかける。
私は深いため息をつき、懐から一枚の小さなカードを取り出した。
「殿下。これをご覧ください」
「な、なんだ? 愛の証明書か?」
「いいえ。『契約解除に伴うクーリングオフ期間の終了通知』ですわ」
私はカードを殿下の鼻先に突きつけた。
「婚約破棄から、すでに二週間以上が経過しております。通常の商取引において、無条件で契約を元に戻せる期間はとっくに過ぎました。それ以降の再契約には、莫大な新規加入手数料、および過去の債務不履行(不倫疑惑)に対する損害賠償金が発生しますわ」
「く、くーりんぐおふ……?」
「ええ。今の殿下に、それを支払うだけの資産的・人間的価値があるとは思えません。……よって、殿下の『復縁リクエスト』は、システムによって自動的に却下(リジェクト)されました。以上ですわ」
「そんな……システムって何だ! 私の愛は、システムごときに負けるというのか!」
「殿下。システムとは論理の集大成ですわ。論理に勝てるのは、それ以上の圧倒的な実績のみ。……あ、セシル様。あとの処理はお願いしてよろしいかしら?」
「はい、お姉さま! 喜んで!」
私の後ろから、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべたセシル様が躍り出た。
彼女は殿下の腕をガシリと掴むと、そのまま会場の端へと引きずり込み始めた。
「さあ、殿下! お姉さまが仰った『過去の債務不履行』について、私の手元にある日記帳(証拠資料)を元に、じっくりと三時間ほど事情聴取させていただきますわよ! 逃げようなんて思わないでくださいね!」
「ひ、ひいいいっ! セシル! 君、キャラが変わっていないか!? もっとふわふわしていただろう!?」
「お姉さまの教育のおかげで、私は『爆速の尋問官』として目覚めましたの! さあ、あちらの個室へ!」
殿下の悲鳴が遠ざかっていく。
ようやく静かになった私の隣で、ギルバート様が小さく吹き出した。
「……お見事です、ミカル様。クーリングオフとは、また斬新な断り方だ」
「事実を述べたまでですわ。……さて、ギルバート様。ゴミ処理(殿下の対応)は終わりました。次はいよいよ、あそこのバルコニーで震えている『本当の害虫』たちの駆除にかかりますわよ」
私は視線を、会場の奥でこちらを怯えたように見ている汚職貴族たちに向けた。
彼らの顔色は、すでに私たちが持っている「証拠の山」を予見しているかのように真っ青だ。
「ええ。……ミカル様、一つだけよろしいですか?」
「なんですの?」
「先ほどの『新規加入手数料』を払えば、再契約の交渉テーブルに着けるという話……。あれ、私にも適用されますか?」
ギルバート様が、私の耳元で囁く。
その低い声に、私の心臓がまたしても計算外の早鐘を打つ。
「……貴方は、すでに特権階級の『プレミアム会員』でしょうに。これ以上の優待を求めるのは、強欲というものですわよ」
「……くくっ。プレミアム会員、ですか。それは光栄だ。……では、その権利を行使して、この後の断罪劇を特等席で味あわせてもらうとしましょう」
私たちは、誰よりも優雅に、そして誰よりも冷徹な足取りで、国王陛下が待つ玉座へと歩みを進めた。
王都の夜は、これからが本番だ。
悪役令嬢による「国家の大掃除」という名のプレゼンテーションが、今、始まる。
跪いたまま、私のドレスの裾を掴まんばかりの勢いで叫ぶリュカ殿下。
その周囲には、驚愕と失笑、そして困惑の入り混じった貴族たちの視線が突き刺さっている。
かつて「真実の愛」を叫んで私を断罪した男が、今や衆人環視の中で元婚約者に縋り付いているのだ。
これほどまでに「投資対効果」の低い見世物(ショー)が他にあるかしら。
「殿下。まずは立ち上がりなさい。貴方のその姿勢、大腿四頭筋に無駄な負荷がかかっているだけでなく、床の埃で王室特注のズボンを汚していますわ。クリーニング代という名の国費を無駄にするおつもり?」
「ミカル……。君は、君はそんな時でも私の心配をしてくれるのか……!」
「いえ、単なる公金の損失に対する生理的な嫌悪感ですわ。……それと、殿下。先ほど仰った例え話ですが、修正させていただきますわ」
私は冷たく殿下を見下ろし、扇の代わりに手に持っていた「修正用赤ペン」で空を指した。
「君のいない王宮は、数式の入っていない計算書ではなく、『入力ミスを放置してシステムダウンしたサーバー』ですわ。貴方が私の代わりに仕事を溜め込み、処理能力を超えてパンクさせた。ただそれだけのこと。それを愛や虚無感という言葉で美化するのは、論理の飛躍も甚だしいですわね」
「そ、そんな……。私は、私は本当に後悔しているんだ! セシルに唆されたわけじゃない、いや、唆されたのかもしれないが、とにかく私の目は節穴だった! もう一度、もう一度だけチャンスをくれ!」
殿下は立ち上がると、今度は私の両肩を掴もうと手を伸ばしてきた。
だが、その手は空を切った。
私の前に、静かな、しかし絶対的な壁としてギルバート様が立ちはだかったからだ。
「殿下。公共の場での過度な身体接触は、王族としての品位を著しく損ないます。それに、ミカル様は現在、私の『特別顧問』としての契約下にある。勝手な交渉は控えていただきたい」
「ギルバート! 貴様、部下のくせに私の邪魔をするのか!?」
「部下ではありません、私はこの国の宰相です。国全体の最適化を優先するのが私の職務。……そして今の殿下は、国にとって明らかな『ボトルネック(停滞要因)』です」
ギルバート様は眼鏡をクイと押し上げ、氷のような微笑を浮かべた。
「ミカル、殿下に言ってやってください。貴女の心は、もう一度私と歩む準備ができていると!」
リュカ殿下が必死に私に呼びかける。
私は深いため息をつき、懐から一枚の小さなカードを取り出した。
「殿下。これをご覧ください」
「な、なんだ? 愛の証明書か?」
「いいえ。『契約解除に伴うクーリングオフ期間の終了通知』ですわ」
私はカードを殿下の鼻先に突きつけた。
「婚約破棄から、すでに二週間以上が経過しております。通常の商取引において、無条件で契約を元に戻せる期間はとっくに過ぎました。それ以降の再契約には、莫大な新規加入手数料、および過去の債務不履行(不倫疑惑)に対する損害賠償金が発生しますわ」
「く、くーりんぐおふ……?」
「ええ。今の殿下に、それを支払うだけの資産的・人間的価値があるとは思えません。……よって、殿下の『復縁リクエスト』は、システムによって自動的に却下(リジェクト)されました。以上ですわ」
「そんな……システムって何だ! 私の愛は、システムごときに負けるというのか!」
「殿下。システムとは論理の集大成ですわ。論理に勝てるのは、それ以上の圧倒的な実績のみ。……あ、セシル様。あとの処理はお願いしてよろしいかしら?」
「はい、お姉さま! 喜んで!」
私の後ろから、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべたセシル様が躍り出た。
彼女は殿下の腕をガシリと掴むと、そのまま会場の端へと引きずり込み始めた。
「さあ、殿下! お姉さまが仰った『過去の債務不履行』について、私の手元にある日記帳(証拠資料)を元に、じっくりと三時間ほど事情聴取させていただきますわよ! 逃げようなんて思わないでくださいね!」
「ひ、ひいいいっ! セシル! 君、キャラが変わっていないか!? もっとふわふわしていただろう!?」
「お姉さまの教育のおかげで、私は『爆速の尋問官』として目覚めましたの! さあ、あちらの個室へ!」
殿下の悲鳴が遠ざかっていく。
ようやく静かになった私の隣で、ギルバート様が小さく吹き出した。
「……お見事です、ミカル様。クーリングオフとは、また斬新な断り方だ」
「事実を述べたまでですわ。……さて、ギルバート様。ゴミ処理(殿下の対応)は終わりました。次はいよいよ、あそこのバルコニーで震えている『本当の害虫』たちの駆除にかかりますわよ」
私は視線を、会場の奥でこちらを怯えたように見ている汚職貴族たちに向けた。
彼らの顔色は、すでに私たちが持っている「証拠の山」を予見しているかのように真っ青だ。
「ええ。……ミカル様、一つだけよろしいですか?」
「なんですの?」
「先ほどの『新規加入手数料』を払えば、再契約の交渉テーブルに着けるという話……。あれ、私にも適用されますか?」
ギルバート様が、私の耳元で囁く。
その低い声に、私の心臓がまたしても計算外の早鐘を打つ。
「……貴方は、すでに特権階級の『プレミアム会員』でしょうに。これ以上の優待を求めるのは、強欲というものですわよ」
「……くくっ。プレミアム会員、ですか。それは光栄だ。……では、その権利を行使して、この後の断罪劇を特等席で味あわせてもらうとしましょう」
私たちは、誰よりも優雅に、そして誰よりも冷徹な足取りで、国王陛下が待つ玉座へと歩みを進めた。
王都の夜は、これからが本番だ。
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