婚約破棄?悪役令嬢の定休日を作ろうと思ってたんですが。

小梅りこ

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「……あわわわ、ミカル! ギルバート! 二人であんなに顔を近づけて……! 不潔だ、不潔だぞ! 私の……私の許可なく国家の重要機密(とミカルの横顔)を共有するなど!」


パーティー会場の隅。
リュカ殿下が、今にも中央へ飛び出そうと身を乗り出した瞬間――。


ガシィッ!! という、およそ令嬢らしからぬ鈍い音とともに、彼の襟足が強引に引き戻された。


「どこへ行こうというのですか、殿下。貴方の現在の時速は、私の計算によれば『無駄な足掻き』の領域を脱していませんわ」


「ひっ……! セ、セシル!? 苦しい、首が締まっている!」


振り返った殿下の目に映ったのは、かつての「可憐で守ってあげたい男爵令嬢」の影も形もない。
そこにいたのは、瞳の奥に数式の嵐を宿した、若き『効率の番人』セシルであった。


「殿下。今の貴方の心拍数と血圧の推移を見るに、ミカルお姉さまに接触したところで、論理的に論破されて心臓が停止するリスクが八十パーセントを超えています。これは国家的な損失ですわ」


「そ、そんな正確な死亡推定時刻みたいな言い方をするな! 私はただ、ミカルに謝って、もう一度……」


「『もう一度』? 殿下、その言葉の発声にかかるエネルギー消費量は約三カロリー。ですが、それによって得られるリターンはマイナス無限大ですわ。お姉さまの現在の脳内リソースは、汚職貴族の殲滅という高付加価値なタスクに全振りされています。貴方のポエムが入る余地など、一ビットもありませんの!」


セシルは、懐から「ミカル直伝・殿下の失言ログ」という分厚い手帳を取り出し、パラパラと捲った。


「見てください、この統計を。殿下がミカルお姉さまの時間を奪った累計時間は、この三年間で二千八百時間を超えています。これだけの時間があれば、お姉さまはあと三つの言語をマスターし、王国の下水道を完全に自動化できていたはずです。……貴方は、人類の進歩を止めた大罪人なのですわよ?」


「じ、人類の進歩……!? 私はただ、婚約者として甘えたかっただけで……」


「甘えという名の、時間資源の横領ですわ! オーホッホッホ!」


セシルが高らかに笑う。その角度、声量、そして手の添え方は、まさにミカルの完コピであった。


「セシル……君、本当にどうしてしまったんだ。あの優しかった君はどこへ行ったんだ! 『リュカ様、お仕事頑張ってください』って、花を摘んでいた君は……!」


「花を摘む? そんな生産性のない行為、今の私には考えられませんわ。それよりも、花の光合成効率を最大化するための土壌改良について語り合う方が、よっぽど愛を感じます。……さあ、殿下。お姉さまの邪魔をしようとするなら、私がこの『愛の鉄拳(物理)』で、貴方の脳を強制再起動(リブート)して差し上げますわ!」


セシルが細い拳を握りしめると、ミシッという不穏な音が響いた。
彼女は、ミカルから「効率的な護身術(急所攻撃)」を徹底的に叩き込まれていたのである。


「……わ、わかった。わかったよ、行かない。行かないからその手を離してくれ……!」


「賢明な判断ですわ。……あ、お姉さま。こちらは片付きましたわよ!」


セシルは殿下を椅子に押し付けると、遠くで国王と対峙しているミカルに向かって、大きく手を振った。


「……流石ですわね、セシル様。あそこまで殿下を制御(コントロール)できるようになるとは」


玉座の前で、ミカルが満足げに頷く。


「ええ。セシル様という不確定要素を排除……いえ、味方に引き入れたことで、この会場の『ノイズ』は完全に消去されました。……さあ、ミカル様。仕上げを始めましょう」


ギルバートが静かに資料を広げる。


セシルは、その二人の背中を誇らしげに見守っていた。
彼女は今、ヒロインとしての役割を捨て、最強の「バックアップ(予備システム)」としての喜びに目覚めていたのだ。


「お姉さま! 私は、お姉さまが王都を爆速でクリーンアップする姿を、この目に焼き付けますわ!」


リュカ殿下は、隣で目を輝かせるセシルの気迫に押され、ただただ小さくなって震えるしかなかった。
かつてのヒロインは、今や悪役令嬢を支える最強の矛へと進化したのである。
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