婚約破棄?悪役令嬢の定休日を作ろうと思ってたんですが。

小梅りこ

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「……皆様、何をそんなに呆然と立ち尽くしていらっしゃいますの? ゴミ掃除が終われば、あとは換気をして残務処理を進めるだけ。至極当然のプロセスではなくて?」


汚職貴族たちが引き立てられた後の静寂を、私の冷ややかな声が切り裂いた。


会場に残された貴族たちは、まるで嵐が過ぎ去るのを待つ小動物のように、遠巻きに私とギルバート様を見つめている。
だが、その視線の中には、まだ「納得がいかない」という顔をした不平分子が混じっていた。


「……ふん、やり方は鮮やかだが、結局は冷酷なやり口だ」


不意に、バルカス侯爵の遠縁にあたる中年貴族、ドラン伯爵が吐き捨てるように言った。


「ミカル・ド・ラ・ヴァリエール。貴様、これだけの騒ぎを起こして、自分が無傷で済むと思っているのか? そんな氷のような女、たとえ有能でも誰が愛するものか! 女の価値は慎ましさと、男を立てる包容力にあるのだ!」


周囲から、同調するような小さなざわめきが起こる。
旧態依然とした価値観にしがみつく者たちにとって、私の「効率」は何よりの毒なのだろう。


私は扇をパチンと閉じ、ゆっくりとドラン伯爵の方へ歩み寄った。


「慎ましさ、ですか。……ドラン伯爵、貴方が仰るその『慎ましさ』を維持するために、貴方の夫人がどれほどの化粧品代と社交費を浪費しているか、ご存じかしら?」


「な、何だと!?」


「貴方の領地の昨年度の収支報告によれば、夫人の『慎ましいお茶会』の費用だけで、村の農業用水路の修繕費の二倍に達していますわ。夫を立てるために家計を圧迫する……。それは包容力ではなく、単なる『家計管理能力の欠如』と呼びますの。計算機も叩けない女性を尊ぶのは、貴方の脳が退化している証拠ですわよ」


「貴様……っ、無礼な! これだから、殿下に捨てられるのだ!」


怒りに震えたドラン伯爵が、私の頬を叩こうと無防備に手を振り上げた。


その瞬間。
私はドレスの裾をわずかに持ち上げ、最小限の予備動作で、彼の鳩尾へ向かって鋭い蹴りを叩き込んだ。


「ぐふっ……!?」


「……護身ですわ。貴方の腕の振り、筋肉の収縮から着弾地点まで三秒もかかっていましたわね。それだけ時間があれば、私なら紅茶を一杯淹れて、飲み干した後に反撃できますわ」


悶絶して床に転がる伯爵。
私はさらに、彼の襟首を掴むと、驚くべき怪力(効率的な体重移動の結果ですわ)で、会場の出口に向かって彼を「スライド」させた。


「衛兵! このゴミ……失礼、この『非効率な思想の塊』を外へ。あ、ついでに彼の家計簿の特別監査もスケジュールに入れておきなさい。一銭のズレも許しませんわよ」


「は、はいっ!」


衛兵たちが、引きずられる伯爵を慌てて運び出していく。


「……お姉さま! 今の回し蹴り、角度が四十五度で完璧でしたわ! まさに『最短距離での制裁』!」


セシル様がキラキラとした目で駆け寄ってくる。


「あら、見ていましたのね。……セシル様、力任せに殴るのは非効率ですわ。相手の重心がどこにあるかを見極め、最小限の力で最大の衝撃を与える。これぞ、淑女の嗜みですわ」


「勉強になります! お姉さま、次の方も私が蹴り飛ばしましょうか!?」


「……セシル様。貴女はいつの間に、そんなに武闘派になったのですか」


ギルバート様が、呆れたように、しかしどこか楽しそうに口を挟んだ。


「ミカル様。……貴女が本領を発揮すると、この国の騎士団すら不要になりそうですね。計算もできて、武力による排除も爆速。……ますます、私の妻に相応しい」


「貴方はまず、その『何でもかんでも結婚に結びつける思考回路』を最適化しなさいな。……陛下、お見苦しいところをお見せしましたわ」


私は玉座を振り返り、優雅にカーテシー(もちろん、膝への負担を最小限にした完璧なフォームですわ)を披露した。


「……いや。ミカル、お前の言う通りだ。感情で国は救えん。必要なのは、膿を切り裂く刃のような理性だ。……お前を、ただの『悪役令嬢』として葬り去ろうとした我が息子の愚かさを、改めて痛感したよ」


国王陛下が深く溜息をつき、リュカ殿下を鋭く一瞥した。
殿下は椅子の隅で、もはや透明人間にでもなったかのように気配を消そうとしている。


「さて、皆様。パーティーはまだ終わっていませんわよ?」


私は会場全体を見渡した。


「これより、この場を『王国再建のための緊急効率化会議』に切り替えますわ。今夜中に、皆様の領地の無駄遣いをすべて自己申告なさい。正直に話した方は、制裁を十パーセント軽減してあげてもよろしくてよ。……さあ、筆記用具の用意はできていますわね?」


私の宣言に、貴族たちが悲鳴を上げながら、一斉にメモを取り始めた。


華やかなはずの建国記念パーティーは、いつの間にか「恐怖の確定申告会」へと姿を変えたのである。


「……ミカル様。貴女は本当に、世界を自分の色に染めるのがお上手だ」


「あら、私はただ、皆様を『正しい数字』へ導いているだけですわ。……さあ、ギルバート様。次は貴方の持っている、物流ルートの改善案を提示なさい。今夜は、一秒も寝かせませんわよ?」


「……望むところだ」


二人の有能すぎる仕事中毒者が、不敵な笑みを交わす。
王都の夜は、本当の意味で、今始まったばかりだった。
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