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「……さて。昨夜の爆速パーティーから一夜明け、私の脳内メモリも完全にリフレッシュされましたわ。これより、本遠征の最終タスク――『リュカ殿下との関係性の最終処理』を開始いたします」
王宮の一室。朝日が差し込む円卓で、私は一枚の分厚い書類を広げた。
正面には、目の下に濃い隈を作り、すっかり精根尽き果てた様子のリュカ殿下が座っている。
「ミカル……。関係性の『処理』だなんて、そんな事務的な言い方……。せめて『二人の未来についての話し合い』とか言えないのかい?」
「殿下。定義の曖昧な言葉は、議論の迷走を招く最大の要因ですわ。……ギルバート様、例のブツを」
「はい。こちらがミカル様監修、リュカ殿下専用の『自由への最終合意書・兼・友人関係移行契約書』です」
隣に控えるギルバート様が、これまた分厚い合意書を殿下の前に差し出した。
殿下は震える手でそれを捲り、数秒で絶叫した。
「……っ!? なんだこの項目は! 第一条『深夜のポエム付き手紙の送付を永久に禁ずる。違反一回につき、王室予算から十万レアルを公共事業へ強制寄付するものとする』!?」
「当然ですわ。貴方の乏しい語彙力を解読するために奪われる私の時間は、国家的な損失に相当しますもの。金銭的なペナルティ(罰則)を課すのが最も合理的な抑止力となりますわ」
「第十五条『偶然を装った街角での遭遇を禁止する。半径五十メートル以内にミカルが接近した際、殿下は速やかに三十度以上の角度で回れ右をし、倍速で立ち去ること』! これでは、私は王都の半分を歩けなくなるじゃないか!」
「計算してくださいませ。私と貴方が遭遇して、実りのない会話を五分交わす確率。その間に発生する周囲の野次馬の停滞コスト。……私の計算によれば、殿下が立ち去る方が、王都の経済流動性は三パーセント向上しますわよ」
私は冷たく言い放ち、手元の赤ペンを回した。
「ミカルお姉さま! 第二十八条の『友人としての相互不可侵および緊急時バックアップ条項』についても説明した方がよろしいのでは?」
背後で、すっかり有能な秘書官のような顔つきになったセシル様が補足する。
「ええ。殿下、よくお聞きなさい。私は貴方を、一人の男性としては完全に『不採用(リジェクト)』いたしました。ですが、この国の王子という『機能』としては、まだ改善の余地があると考えておりますわ」
「機能……? 私は……機械なのか?」
「そうですわ。それも、メンテナンスを怠るとすぐにオーバーヒートして迷走する、非常に扱いにくい旧式のエンジンです。……ですから、今後は『元婚約者』という重荷を捨て、『良き協力者(友人)』として、私のアドバイスを優先的に受け入れる権利を差し上げますわ。これが、私なりの最後の手向け(アフターサービス)です」
殿下は、合意書の最後の一枚に目を落とした。
そこには、ミカルがこれまでに作成した「リュカ殿下・更生ロードマップ」が詳細なグラフとともに記されていた。
「……ミカル。君は、こんなに私のことを……。いや、私の『機能』を、より良くしようと考えてくれていたんだね」
「勘違いしないでくださいませ。貴方が無能な王になれば、私の領地の経営に支障が出る。それを防ぐためのリスクヘッジに過ぎませんわ」
「……いや、いいんだ。これこそが、君の愛……いや、君の『最適化された誠実さ』なのだと、今の私ならわかる。……わかった。サインしよう。私は今日、愛する女性を失い、最強の『家庭教師兼・友人』を手に入れるというわけだね」
殿下は自嘲気味に笑い、羽ペンを走らせた。
迷いのない、彼にしては珍しく「爆速」な署名だった。
「よし、処理完了ですわ! これにて、私と殿下の間の『婚約破棄プロジェクト』は、全ての精算を終えて完全クローズとなりました! おめでとうございます、殿下。貴方は今、私の『監視対象』という名の自由を手に入れましたわよ!」
私は立ち上がり、殿下に向かって形式的な右手を差し出した。
「……ああ。ありがとう、ミカル。……いつか、私がこのロードマップを完遂したとき。その時は、一人の男として、君と普通にお茶を飲む権利を……その、申請してもいいかな?」
「申請は自由ですわ。……ただし、承認されるまでの待機期間は、最短でも三十年とお考えくださいませ」
「三十年!? ……長すぎる……!」
「オーホッホッホ! その間に、貴方がどれほど効率的に成長するか楽しみにしておりますわよ!」
私は高笑いとともに、翻したドレスの裾で風を起こしながら、部屋を後にした。
背後でギルバート様が、「殿下、三十年後の予約表に記入しておきましたよ」と、これまた容赦ない追い打ちをかける声が聞こえた。
廊下に出た私の足取りは、羽が生えたように軽かった。
わだかまりも、後悔も、端数一つ残っていない。
「……お姉さま! 今の握手、友情の成立速度としては大陸記録更新ですわ!」
「当然ですわ、セシル様。過去を清算するのに時間をかけるのは、人生のメモリの無駄遣いですもの。……さて、ニーナ。次の予定は?」
「お嬢様。……予定表には、『自由を祝う爆速の帰省準備』とあります。ですが、その前に……」
ニーナが、ニヤニヤしながら隣のギルバート様を指差した。
「ギルバート様から、『友人関係移行』ではなく『新規交際契約』についての最終プレゼンがあるそうですよ」
「……っ! ギルバート様、まだそんなことを仰っているのですか!?」
「当然です、ミカル様。殿下が脱落した今、私の前を阻む障害物(バグ)は一切存在しない。……さあ、領地へ帰る馬車の中で、じっくりと将来の収支報告……いえ、人生の共同設計について語り合いましょうか」
ギルバート様が私の腰に手を回し、有無を言わさぬ速度で出口へとエスコートし始めた。
「ちょ、ちょっと! 待ってくださいませ! 私の『定休日』はまだ終わって――」
「終わらせませんよ。……貴女の人生という名の最高機密、私が一生をかけて管理(愛)させていただきますから」
私の自由は、どうやら王子の手を離れた瞬間、もっと強引で有能な「独占禁止法違反」な男の手の中に収まってしまったようだ。
だが、不思議と不快感はない。
むしろ、これからの加速していく日々を想像して、私の心拍数はまたしても論理の限界を超えて上昇していくのだった。
王宮の一室。朝日が差し込む円卓で、私は一枚の分厚い書類を広げた。
正面には、目の下に濃い隈を作り、すっかり精根尽き果てた様子のリュカ殿下が座っている。
「ミカル……。関係性の『処理』だなんて、そんな事務的な言い方……。せめて『二人の未来についての話し合い』とか言えないのかい?」
「殿下。定義の曖昧な言葉は、議論の迷走を招く最大の要因ですわ。……ギルバート様、例のブツを」
「はい。こちらがミカル様監修、リュカ殿下専用の『自由への最終合意書・兼・友人関係移行契約書』です」
隣に控えるギルバート様が、これまた分厚い合意書を殿下の前に差し出した。
殿下は震える手でそれを捲り、数秒で絶叫した。
「……っ!? なんだこの項目は! 第一条『深夜のポエム付き手紙の送付を永久に禁ずる。違反一回につき、王室予算から十万レアルを公共事業へ強制寄付するものとする』!?」
「当然ですわ。貴方の乏しい語彙力を解読するために奪われる私の時間は、国家的な損失に相当しますもの。金銭的なペナルティ(罰則)を課すのが最も合理的な抑止力となりますわ」
「第十五条『偶然を装った街角での遭遇を禁止する。半径五十メートル以内にミカルが接近した際、殿下は速やかに三十度以上の角度で回れ右をし、倍速で立ち去ること』! これでは、私は王都の半分を歩けなくなるじゃないか!」
「計算してくださいませ。私と貴方が遭遇して、実りのない会話を五分交わす確率。その間に発生する周囲の野次馬の停滞コスト。……私の計算によれば、殿下が立ち去る方が、王都の経済流動性は三パーセント向上しますわよ」
私は冷たく言い放ち、手元の赤ペンを回した。
「ミカルお姉さま! 第二十八条の『友人としての相互不可侵および緊急時バックアップ条項』についても説明した方がよろしいのでは?」
背後で、すっかり有能な秘書官のような顔つきになったセシル様が補足する。
「ええ。殿下、よくお聞きなさい。私は貴方を、一人の男性としては完全に『不採用(リジェクト)』いたしました。ですが、この国の王子という『機能』としては、まだ改善の余地があると考えておりますわ」
「機能……? 私は……機械なのか?」
「そうですわ。それも、メンテナンスを怠るとすぐにオーバーヒートして迷走する、非常に扱いにくい旧式のエンジンです。……ですから、今後は『元婚約者』という重荷を捨て、『良き協力者(友人)』として、私のアドバイスを優先的に受け入れる権利を差し上げますわ。これが、私なりの最後の手向け(アフターサービス)です」
殿下は、合意書の最後の一枚に目を落とした。
そこには、ミカルがこれまでに作成した「リュカ殿下・更生ロードマップ」が詳細なグラフとともに記されていた。
「……ミカル。君は、こんなに私のことを……。いや、私の『機能』を、より良くしようと考えてくれていたんだね」
「勘違いしないでくださいませ。貴方が無能な王になれば、私の領地の経営に支障が出る。それを防ぐためのリスクヘッジに過ぎませんわ」
「……いや、いいんだ。これこそが、君の愛……いや、君の『最適化された誠実さ』なのだと、今の私ならわかる。……わかった。サインしよう。私は今日、愛する女性を失い、最強の『家庭教師兼・友人』を手に入れるというわけだね」
殿下は自嘲気味に笑い、羽ペンを走らせた。
迷いのない、彼にしては珍しく「爆速」な署名だった。
「よし、処理完了ですわ! これにて、私と殿下の間の『婚約破棄プロジェクト』は、全ての精算を終えて完全クローズとなりました! おめでとうございます、殿下。貴方は今、私の『監視対象』という名の自由を手に入れましたわよ!」
私は立ち上がり、殿下に向かって形式的な右手を差し出した。
「……ああ。ありがとう、ミカル。……いつか、私がこのロードマップを完遂したとき。その時は、一人の男として、君と普通にお茶を飲む権利を……その、申請してもいいかな?」
「申請は自由ですわ。……ただし、承認されるまでの待機期間は、最短でも三十年とお考えくださいませ」
「三十年!? ……長すぎる……!」
「オーホッホッホ! その間に、貴方がどれほど効率的に成長するか楽しみにしておりますわよ!」
私は高笑いとともに、翻したドレスの裾で風を起こしながら、部屋を後にした。
背後でギルバート様が、「殿下、三十年後の予約表に記入しておきましたよ」と、これまた容赦ない追い打ちをかける声が聞こえた。
廊下に出た私の足取りは、羽が生えたように軽かった。
わだかまりも、後悔も、端数一つ残っていない。
「……お姉さま! 今の握手、友情の成立速度としては大陸記録更新ですわ!」
「当然ですわ、セシル様。過去を清算するのに時間をかけるのは、人生のメモリの無駄遣いですもの。……さて、ニーナ。次の予定は?」
「お嬢様。……予定表には、『自由を祝う爆速の帰省準備』とあります。ですが、その前に……」
ニーナが、ニヤニヤしながら隣のギルバート様を指差した。
「ギルバート様から、『友人関係移行』ではなく『新規交際契約』についての最終プレゼンがあるそうですよ」
「……っ! ギルバート様、まだそんなことを仰っているのですか!?」
「当然です、ミカル様。殿下が脱落した今、私の前を阻む障害物(バグ)は一切存在しない。……さあ、領地へ帰る馬車の中で、じっくりと将来の収支報告……いえ、人生の共同設計について語り合いましょうか」
ギルバート様が私の腰に手を回し、有無を言わさぬ速度で出口へとエスコートし始めた。
「ちょ、ちょっと! 待ってくださいませ! 私の『定休日』はまだ終わって――」
「終わらせませんよ。……貴女の人生という名の最高機密、私が一生をかけて管理(愛)させていただきますから」
私の自由は、どうやら王子の手を離れた瞬間、もっと強引で有能な「独占禁止法違反」な男の手の中に収まってしまったようだ。
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