婚約破棄、万々歳!隣国の強面公爵(節約家)に拾われました

小梅りこ

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王城から公爵邸への帰路、私は馬車の中で一人、ニヤニヤが止まらなかった。


「ああ、素晴らしい。この馬車の維持費も、今日で最後ね」


私は馬車のふかふかのクッションを撫でる。
このクッション一つで、庶民の家庭が一ヶ月は贅沢できる値段だ。
実にもったいない。
明日からは硬い荷馬車の板の上でも、私はきっと笑っていられるだろう。


公爵邸の大きな門をくぐると、玄関前には父であるアルマンド公爵が、今にも卒倒しそうな顔で待ち構えていた。
隣には私の侍女のニーナも、ハンカチを握りしめて涙ぐんでいる。


「リウ……! 話は聞いたぞ! あの大馬鹿王子……カイル殿下が、夜会の席で婚約破棄を宣言したそうだな!」


父が私の肩を掴み、激しく揺さぶる。


「大丈夫だ、我が娘よ! たとえ王家に疎まれようと、我が家はお前を守り抜く! たとえ爵位を返上してでも……!」


「あらお父様、ちょうど良かったですわ。そのお話、少し詳しく聞かせてください」


私は父の手を優しく、しかし確実に振り払った。


「えっ?」


「爵位を返上するということは、この広大すぎる屋敷の固定資産税……いえ、維持管理費も払わなくて済むということですね? 素晴らしい決断です。早速、不要な家具の査定を始めましょう」


「リ、リウ様……? ショックのあまり、お頭が……」


ニーナが震える声で私を見る。
彼女の目には、私が現実逃避をしている哀れな女に映っているらしい。


「失礼ね、ニーナ。私は至って冷静よ。さあ、立ち止まっている暇はありませんわ。明日にはこの家を出るつもりですから」


私はドレスの裾をまくり上げ、鼻歌混じりに自分の部屋へと向かった。
父とニーナが呆然と立ち尽くす中、私は部屋に到着するなり、クローゼットの扉を派手に開け放った。


「さて、まずはこの『着るだけで肩が凝るドレス』たちから片付けましょうか」


「お、お待ちくださいリウ様! そのドレスは昨年の誕生日に公爵様が贈られた、一点物のシルクではありませんか!」


追いついてきたニーナが悲鳴を上げる。


「一点物だからこそ、コレクターが高値で買ってくれるのよ。見て、この無駄な刺繍。糸に銀が練り込まれているわね。糸を解いて地金として売るか、ドレスとして売るか……うん、今のトレンドならこのままの方が利益が出るわ」


「利益……!?」


「ニーナ、そこに立っているなら手を貸して。このドレスたちを『売却用』『リメイク用』『雑巾用』に仕分けるわよ。あ、その宝石箱も持ってきて」


私はテキパキと、まるで熟練の商人のような手つきで資産の仕分けを始めた。
キラキラと輝くダイヤモンドのネックレスや、ルビーのイヤリング。
かつては「悪役令嬢」としての威厳を保つために必要だった装備品だが、今の私にはただの『現金への引換券』にしか見えない。


「これは合成石……いえ、本物ね。鑑定書はどこ? ……あったわ。お父様、この真珠のティアラ、質に入れたらどれくらいになりますかしら?」


「……リウ。お前、本当に泣かなくていいのか? 悲しくないのか?」


父が心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。


「悲しい? お父様、何を仰いますの」


私は最高に晴れやかな笑顔を向けた。


「三年間、あの浪費家王子の隣で『贅沢するのが義務』みたいな顔をして過ごすのが、どれだけ苦痛だったか! 流行のドレスを数回着ただけで捨てる罪悪感で、夜も眠れなかったんですのよ!」


「……ええ?」


「これからは、自分の意思で一銅貨の重みを噛み締めて生きていける。こんなに幸せなことが他にあるでしょうか! さあ、お父様もボサッとしていないで、書斎の『一度も読まれていない豪華装丁本』を持ってきてください。古本屋に一括査定を出しますわ!」


「わ、私のコレクションが……!」


「埃を被っているだけなら資源の無駄です! さあ、行動開始よ!」


私の号令とともに、公爵邸はかつてない活気に包まれた。
……と言えば聞こえはいいが、実際は「令嬢による、実家の組織的な資産現金化」である。


夜が更ける頃には、私の部屋はもぬけの殻になっていた。
代わりに残されたのは、ぎっしりと数字が書き込まれた家計簿と、換金予定リストの束。


「ふう、いい仕事をしたわ。ニーナ、お茶を。……あ、茶葉は三煎目まで使った出がらしでいいわよ。まだ味はするでしょう?」


「リウ様、そこまで落ちぶれた生活を強いるつもりはございません……。ちゃんと新しいお茶を淹れますから!」


ニーナが涙ながらにキッチンへ走っていく。
私は窓の外を見上げた。
王都の夜景は美しいが、街灯の魔法石一つにいくらかかっているのかを考えると、やはりゾッとする。


「婚約破棄、万々歳ね……」


私は手元のメモに、大きく『自由』と書き込んだ。
だが、この時の私はまだ知らなかった。
明日、私が立ち寄る安売りの市場で、一玉の卵を巡って「運命のライバル」と出会うことになるなんて。


そして、そのライバルがこの国の誰よりも恐れられている、隣国の公爵だということも。
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