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ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は手元の帳簿(アリステア様が移動中に渡してきた領地の概算データ)にペンを走らせていた。
「……素晴らしい。閣下、この領地の『城内維持費』、一般的な公爵家の三割以下ではありませんか」
「当然だ。磨けば光る大理石など、歩くのに滑るだけで何の役にも立たん。壁の絵画も、眺めている時間があるなら働いた方がマシだ」
向かいに座るアリステア様が、腕を組んで頷く。
彼の顔は相変わらず「今から数人処刑しに行く」かのような険しさだが、語っている内容は極めて健全な節約理論だ。
「気が合いますわね。私も実家のキラキラした壁紙を見るたびに、これ一枚で小麦が何袋買えるか計算して胃を痛めていたんですの」
「……お前、本当に公爵令嬢だったのか?」
「ええ、過去形ですけれど。さあ、見えてきましたわね。あれが閣下の……」
馬車の窓から見えたのは、漆黒の岩山の上にそびえ立つ、装飾を一切排除した要塞のような城だった。
尖塔(せんとう)には金細工もなく、彫刻一つない無骨な外観。
だが、その直線的なシルエットは、無駄なメンテナンス費用がかからないことを如実に物語っている。
「……なんて美しい。あれこそ、究極の機能美ですわ!」
「ほう、あの城を『美しい』と言った女は、お前が初めてだ。たいていの令嬢は『呪われてそう』と言って泣きながら帰るのだがな」
「そんなの、維持管理コストの概念がない無能な令嬢ですわ。あの壁の厚さなら断熱効果も高そうですし、冬の薪代(まきだい)も浮きそうですわね」
城の門をくぐると、そこには整列した使用人たちが待っていた。
しかし、彼らの顔色は一様に悪い。
アリステア様が馬車を降りるなり、彼らは地面に額を擦り付けんばかりの勢いで跪(ひざまず)いた。
「お、おかえりなさいませ、閣下ッ! 本日は……その、お客様を連れてこられたと……!」
「ああ。今日からここで家計管理を任せることになった、リウ・アルマンド嬢だ」
アリステア様に促され、私も馬車を降りた。
瞬間、使用人たちの間に戦慄が走るのがわかった。
「(ひそひそ)……おい、あの女……間違いない、隣国で有名な『氷の悪役令嬢』だぞ」
「(ひそひそ)……カイル王子を金の亡者だと罵(ののし)って、慰謝料をむしり取ったって噂だ」
「(ひそひそ)……閣下だけでも怖いのに、あんな魔女が来たら、俺たちの給料はどうなるんだ……!」
失礼ね。魔女じゃなくて「節約のスペシャリスト」と言ってほしいわ。
私は扇をバサリと広げ、悪役令嬢特有の「冷ややかな微笑」を浮かべた。
「皆様、初めまして。リウ・アルマンドです。今日から皆様の『無駄遣い』を徹底的に矯正(きょうせい)して差し上げますわ。覚悟してくださいませ」
「ひいいいいいっ!」
使用人たちが一斉にのけぞる。
ふふ、悪役のイメージは便利ね。これなら最初から厳しいルールを課しても、誰も逆らえないわ。
「さて、閣下。挨拶もほどほどに、まずは城内の『魔力消費量』を確認させていただけますか? 廊下の照明に魔法石を使っているようですが……」
「ああ。夜間は最低限の光量を保つようにしている」
「甘いですわ。夜中に廊下を歩く人なんて限られています。センサー式の魔法陣に切り替えるか、いっそ夜間の移動は各自に手持ちのランタンを支給した方が、年間で金貨十二枚の節約になります」
「……手持ちのランタンか。確かに、動かない壁を照らし続けるのは非効率的だな」
アリステア様が真剣な顔で顎(あご)をさする。
その後ろで、文官が必死にメモを取っているが、ペンを持つ手が震えていた。
「リウ様、閣下……。あ、あの、まずは長旅のお疲れを癒やすためにお食事を……」
恐る恐る声をかけてきたのは、料理長と思われる恰幅のいい男性だった。
「食事? ええ、いただきますわ。ただし、食材の産地と購入価格のリストを添えて出してください。あと、皮や骨などの『本来捨てる部分』をどう処理しているかも報告してくださいね」
「……しょ、食材の皮ですか?」
「ベジタブルブロス……つまり、出汁(だし)を取るのに使えます。捨てたら一金貨につき一発、私のフライパンが火を吹きますわよ?」
「ひええええええええ!」
料理長が脱兎(だっと)のごとく厨房へ逃げ帰っていく。
その様子を見て、アリステア様が低く笑った。
「……リウ。お前、本当に期待以上の働きをしてくれそうだな。俺の領民たちが、恐怖と感動で震え上がっているぞ」
「あら、恐怖は副作用ですわ。感動は……後からついてきます。領地の貯蓄額が増えた時の通帳の数字ほど、人を感動させるものはありませんもの」
「……通帳の数字、か。面白いな」
アリステア様は、初めて私の目を真っ直ぐに見つめた。
その眼光は鋭いが、そこには昨日までの拒絶や恐怖ではなく、純粋な「期待」と、少しばかりの「熱」がこもっているように見えた。
「よし。リウ、お前にこの城の全権を与える。まずはこの腐りかけた帳簿を、お前の好きなように染め上げてみろ」
「ええ、お任せくださいませ。一銅貨の隙間もない、完璧な黒字にしてみせますわ!」
私は高らかに宣言し、城の玄関ホールを歩き出した。
カイル王子の国では「わがままな贅沢者」と呼ばれた私が、ここでは「救国の倹約家」になれるかもしれない。
自由と、節約。
私の本当の戦いは、ここから始まるのだ。
「……素晴らしい。閣下、この領地の『城内維持費』、一般的な公爵家の三割以下ではありませんか」
「当然だ。磨けば光る大理石など、歩くのに滑るだけで何の役にも立たん。壁の絵画も、眺めている時間があるなら働いた方がマシだ」
向かいに座るアリステア様が、腕を組んで頷く。
彼の顔は相変わらず「今から数人処刑しに行く」かのような険しさだが、語っている内容は極めて健全な節約理論だ。
「気が合いますわね。私も実家のキラキラした壁紙を見るたびに、これ一枚で小麦が何袋買えるか計算して胃を痛めていたんですの」
「……お前、本当に公爵令嬢だったのか?」
「ええ、過去形ですけれど。さあ、見えてきましたわね。あれが閣下の……」
馬車の窓から見えたのは、漆黒の岩山の上にそびえ立つ、装飾を一切排除した要塞のような城だった。
尖塔(せんとう)には金細工もなく、彫刻一つない無骨な外観。
だが、その直線的なシルエットは、無駄なメンテナンス費用がかからないことを如実に物語っている。
「……なんて美しい。あれこそ、究極の機能美ですわ!」
「ほう、あの城を『美しい』と言った女は、お前が初めてだ。たいていの令嬢は『呪われてそう』と言って泣きながら帰るのだがな」
「そんなの、維持管理コストの概念がない無能な令嬢ですわ。あの壁の厚さなら断熱効果も高そうですし、冬の薪代(まきだい)も浮きそうですわね」
城の門をくぐると、そこには整列した使用人たちが待っていた。
しかし、彼らの顔色は一様に悪い。
アリステア様が馬車を降りるなり、彼らは地面に額を擦り付けんばかりの勢いで跪(ひざまず)いた。
「お、おかえりなさいませ、閣下ッ! 本日は……その、お客様を連れてこられたと……!」
「ああ。今日からここで家計管理を任せることになった、リウ・アルマンド嬢だ」
アリステア様に促され、私も馬車を降りた。
瞬間、使用人たちの間に戦慄が走るのがわかった。
「(ひそひそ)……おい、あの女……間違いない、隣国で有名な『氷の悪役令嬢』だぞ」
「(ひそひそ)……カイル王子を金の亡者だと罵(ののし)って、慰謝料をむしり取ったって噂だ」
「(ひそひそ)……閣下だけでも怖いのに、あんな魔女が来たら、俺たちの給料はどうなるんだ……!」
失礼ね。魔女じゃなくて「節約のスペシャリスト」と言ってほしいわ。
私は扇をバサリと広げ、悪役令嬢特有の「冷ややかな微笑」を浮かべた。
「皆様、初めまして。リウ・アルマンドです。今日から皆様の『無駄遣い』を徹底的に矯正(きょうせい)して差し上げますわ。覚悟してくださいませ」
「ひいいいいいっ!」
使用人たちが一斉にのけぞる。
ふふ、悪役のイメージは便利ね。これなら最初から厳しいルールを課しても、誰も逆らえないわ。
「さて、閣下。挨拶もほどほどに、まずは城内の『魔力消費量』を確認させていただけますか? 廊下の照明に魔法石を使っているようですが……」
「ああ。夜間は最低限の光量を保つようにしている」
「甘いですわ。夜中に廊下を歩く人なんて限られています。センサー式の魔法陣に切り替えるか、いっそ夜間の移動は各自に手持ちのランタンを支給した方が、年間で金貨十二枚の節約になります」
「……手持ちのランタンか。確かに、動かない壁を照らし続けるのは非効率的だな」
アリステア様が真剣な顔で顎(あご)をさする。
その後ろで、文官が必死にメモを取っているが、ペンを持つ手が震えていた。
「リウ様、閣下……。あ、あの、まずは長旅のお疲れを癒やすためにお食事を……」
恐る恐る声をかけてきたのは、料理長と思われる恰幅のいい男性だった。
「食事? ええ、いただきますわ。ただし、食材の産地と購入価格のリストを添えて出してください。あと、皮や骨などの『本来捨てる部分』をどう処理しているかも報告してくださいね」
「……しょ、食材の皮ですか?」
「ベジタブルブロス……つまり、出汁(だし)を取るのに使えます。捨てたら一金貨につき一発、私のフライパンが火を吹きますわよ?」
「ひええええええええ!」
料理長が脱兎(だっと)のごとく厨房へ逃げ帰っていく。
その様子を見て、アリステア様が低く笑った。
「……リウ。お前、本当に期待以上の働きをしてくれそうだな。俺の領民たちが、恐怖と感動で震え上がっているぞ」
「あら、恐怖は副作用ですわ。感動は……後からついてきます。領地の貯蓄額が増えた時の通帳の数字ほど、人を感動させるものはありませんもの」
「……通帳の数字、か。面白いな」
アリステア様は、初めて私の目を真っ直ぐに見つめた。
その眼光は鋭いが、そこには昨日までの拒絶や恐怖ではなく、純粋な「期待」と、少しばかりの「熱」がこもっているように見えた。
「よし。リウ、お前にこの城の全権を与える。まずはこの腐りかけた帳簿を、お前の好きなように染め上げてみろ」
「ええ、お任せくださいませ。一銅貨の隙間もない、完璧な黒字にしてみせますわ!」
私は高らかに宣言し、城の玄関ホールを歩き出した。
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